14-5 海はお前を知らない
新しい地域、新しい種族。どうぞ「海はあなたを知らない」をお楽しみください。
記憶の潮から離れて一週間。
海は、やっとただの海ではなくなった。
最初に気づいたのは、あたしの鼻だった。
海の中に、別の匂いが混じり始めたのだ。湿っていて、ほんのり甘い。それに、砕いた石の粉みたいな匂いと、深い水の底にしかないような冷たい苔の匂いが重なっている。
生きた石。
うまく言えない。ただの石じゃない。海の底で、ずっと向こうで、何かが息をしているみたいな感じだ。
水手たちが、少しずつ緊張し始めた。
暗水獣が来る時の緊張とは違う。もっと静かだ。動きが軽くなり、口数が減る。歩く時ですら、靴底をそっと置く。何かを踏み壊さないようにしているみたいに。
克萊吉恩が減帆を命じた。
速度が落ちる。余暉号は、走るのをやめて歩き始めたみたいだった。
一人の古い水手が、食べ残した魚の骨を手に取り、舷側へ歩いていって、海へそっと返した。口の中で、何かを小さく呟く。
あたしには聞き取れなかった。
横にいた竺靡恩が、あたしの顔を見て近づいてきた。
「借りて通る。盗んで通らない。」
「どういう意味?」
「巨大群礁は、海図の上の場所じゃない。」
彼は声を落とした。
「生きてる場所だ。」
あたしは彼の顔を見た。冗談を言っているようには見えなかった。
突然、船底から温度が伝わってきた。
船の骨組みを伝って、じわりと上がってくる。余暉号の竜骨が、一瞬だけ熱を帯びた。その熱が木板を通り抜け、あたしの足裏まで届く。
海龍王の銘文。
光は見えなかった。少なくとも、甲板に立っているあたしには見えない。でも、温度ははっきりしていた。船そのものが、何かに見分けられているみたいだった。
……
最初は、小さなものからだった。
船べりの近くを、一群の魚が通り過ぎた。体は透明で、薄い水晶片みたいだった。その中を、青緑の光点が泳いでいる。光を反射しているんじゃない。自分で光っているのだ。
何十匹も、何百匹も。流れる蛍の帯みたいだった。
帕夫が舷側に腹ばいになって、水面すれすれまで鼻を近づけていた。四匹の小松鼠も一列に並んで、前脚を木板の端に乗せ、五つの毛玉がそろって覗き込んでいる。
それから、影。
巨大な影だ。
水面の下で、何かが泳いでいる。とてもゆっくりだ。海そのものが動いているみたいに広い。
それが余暉号の下を通り過ぎた。
船体が、ほんの少し持ち上がる。下から、やさしく押されたみたいに。それからまた落ちる。誰もが、近くにあるものを掴んだ。
扎卡が船べりに立って、喉を鳴らした。
「あれ、食えるか?」
克萊吉恩が横目で見た。
「下に降りて聞いてこい。」
扎卡は真面目に少し考えた。
「やめとく。あれ、肉が古そうだ。」
……
次に現れたものは、もっと綺麗だった。
でも、もっと危ない。
一群の——何と呼べばいいのか分からないものが、波の中から跳び出した。魚みたいで、魚じゃない。背鰭が広がると、濡れた色布みたいに透けていて、その上を虹みたいな筋が流れている。空中を長く滑り、尾で水の線を引きながら落ち、水面に触れた瞬間、細かな光を散らした。
「虹翼飛鰩!」誰かが叫んだ。
艾琳の目が輝いた。杖を抜こうとする。
凡スが弓に手をかけた。だが、狙っていたのは飛鰩じゃない。後ろのものを見たからだ。
飛鰩の群れの最後の一匹が、突然見えなくなった。
そして、水面が炸裂した。
水の中から、黒い縄みたいなものが跳ね上がる。表面はぬるぬるしていて、白い尖った歯がびっしり生えている。裂牙海鱔だ。最後の一匹に食らいつき、半身を海面に出しながら、口の中の飛鰩はまだもがいていた。翅の虹色の光が、どんどん暗くなっていく。
海鱔は船にはぶつからなかった。
でも、水に戻る時、尾で海面を強く打った。
その波が、直接甲板にかかった。
あたしは全身びしょ濡れになった。
「毛抜けの!」
……
午後。
海の色が、層になり始めた。
船に近いところはまだ深い青だ。でも先を見ると、遠くの海面は翡翠色、孔雀緑、珊瑚の桃色へと変わり、その色が何層にも重なっている。まるで誰かが海の底に大きな毛布を敷いたみたいだった。
陸地には見えない。でも、地平線はある。
最初は雲の影かと思った。
でも、その色の正体が見えた時——
珊瑚だ。
海面の下。海底には、大きな珊瑚礁が広がっていた。海の中に沈んだ森みたいに、密集している。小さいものじゃない。礁の輪郭の中には、余暉号より大きいものまである。柱みたいなもの、アーチみたいなもの、城壁みたいなもの、山脈みたいなもの。
近づくほど、ひどくなる。
いくつかの珊瑚の柱は、ついに海面を突き破った。色の尖塔が水から生えて、波がそこに打ちつけられ、白い泡が表面の穴を伝って落ちていく。その音がした。
低くて、途切れず、笛みたいな音。
この海域全体が、低く鳴っていた。
「魔力の流れ……」艾琳が船首に立ち、杖を胸に抱いたまま、眉を固く寄せていた。
「濃すぎる。」
凡スがその後ろに立って、続けた。
「それに、歓迎されていない。」
あたしの手が、腰帯の袋に触れた。
水珠が熱い。
いつもの「体温より少し温かい」じゃない。本当に熱い。中の水が煮えているみたいだ。
取り出した。水晶の壁に指が触れた瞬間、少し痛い。
中の水が動いている。ある方向へ、水晶壁に貼りつくみたいに。縮んでいるみたいに。
隠れているみたいに。
ここを知ってるの?
返事はない。
水は壁に貼りついたまま、動かなくなった。
……
余暉号は、異様に静かな海域へ入った。
波がない。
風もない。
帆は垂れた。でも船は進み続けている——船底の銘文が発光し続けていて、木板の隙間から、淡い青い光が水線の下で流れているのが見えた。銘文が動力なのだ。
この静けさは、どんな嵐より怖かった。
水手たちは黙った。咳ひとつするのも我慢している。克萊吉恩は舵のそばに立ち、十本の指で舵輪を掴んでいて、関節が白くなっていた。
珊瑚の低い鳴りも止まった。
何の音もしない。
亞倫が舷側に立っていた。
彼は、とても静かだった。
いつもの、観察している時の静けさじゃない。別のものだ。もう次に何が起こるか分かっていて、それを待っているみたいな。
彼は「戦闘準備」とは言わなかった。
ただ一言。
「先に手を出すな。」
扎卡がすぐに彼を見た。背毛はもう立ち上がっている。
「何かいるのか?」
亞倫は海面を見つめた。
「主がいる。」
そして、海面が持ち上がった。
水そのものが立ち上がるみたいに。
船の両脇から、数十本の水柱が同時に噴き上がった。整然としていて、等間隔で、海の中から柵が生えてくるみたいだった。それぞれの水柱の中に、ぼんやりした輪郭がある。
人の形だ。
人より大きい。
長い髪が海藻みたいに水の中で揺れ、手には武器を持っている——戟、長槍、曲がった刃。
匂いがする。
塩。血。珊瑚。冷えた深海。
それから、名前の付けようのないもの——古い、圧のある匂い。海底の一番深いところから押し出されてきたみたいな。
海靈族。
彼らは喋らなかった。
水柱はそのまま保たれた。輪郭が、水の中で少しずつはっきりしていく。肌は灰青色で、薄い鱗の模様がある。目は大きく、白目がない。全部が濃い色で、磨いた黒石みたいだった。
一人が口を開いた。
その声は水の中から響いてきた。いくつもの声が、同じ言葉を同時に言っているみたいな共鳴がある。
「陸の魚。」
もう一人が続ける。
「海はお前たちを知らない。」
克萊吉恩が両手を上げた。掌を前へ向ける。
「余暉号には海龍王の銘文がある。」声は落ち着いていた——でも脚は震えていた。
「贈り物を届けに来た。」
海靈たちは彼を見なかった。
彼らは亞倫を見ていた。
あらゆる視線——白目のない、濃い色の、深海そのものに見られているみたいな視線——が、舷側に立つその人へ向いている。
空気が変わった。
先に鼻が捉えた。海靈族の匂いが強くなる。
一瞬で押し寄せる。塩っぽくて、苦くて、金属みたいな質感がある。潮が鼻腔へそのまま流れ込んできたみたいだった。
敵意。
扎卡の背毛が総立ちになった。もう手は腰の刀の柄にかかっている。
海靈族の隊列が縮まる。水柱が内側へ一歩寄った。武器の角度が変わる。見せるための向きから、狙うための向きへ。
亞倫へ向けて。
先頭の一人は——他の海靈より少し大きく、長い髪に光る欠片が絡んでいる——水面から浮かび上がった。上半身を完全にさらしている。灰青色の肌には、珊瑚の粉で刻んだみたいな刺青がびっしり入っていた。
彼は亞倫を見た。
「この匂い。」
低い声だった。船の上の誰かに言っているのではない。確認しているのだ。
「海に拒まれた匂い。」
亞倫は動かなかった。
舷側の縁に立ったまま。刀にも触れない。退かない。
「海龍王に説明してこい。」
その一言が出た瞬間、あたしは殺気を嗅いだ。
何か言わなきゃ、と思った。
水面が炸裂した。
深い青の戟が、海から射出された。
速い。
投げられたというより、海水そのものが吐き出したみたいに速い。
亞倫を貫いた。
右肋から入って、左肩から抜けた。
木板が砕ける音。
血が、あたしの顔に飛んだ。
温かい。塩っぽい。鉄の味。
彼の体はその力に引っ張られ、後ろへ折れた。ほとんど真っ二つになりそうなほど。舷側の端に縫い止められる。戟の先は木板に刺さり、彼をそこへ固定した。
船が止まった。
全員。全ての音。
扎卡が吼えた。
胸の底から噴き出すみたいな、人の声じゃない叫び。もう身体は走り出していた。
亞倫が片手を上げる。
海靈たちを止めるためじゃない。
扎卡を止めるためだ。
彼は血を咳き込んだ。暗赤色の血が、口元から流れ、首を伝って甲板に落ちる。
声は小さい。
「動くな。」
海靈族の首領は、水面に浮いたまま亞倫を見ていた。
顔色ひとつ変えない。
「海はお前を嫌っている。」
「破滅者。」
お読みいただきありがとうございます。
ここにあるものは、どれも殺傷力があります。海霊族も、例外ではありません。
彼らの着想元は皆さんもよくご存じのとおり、マーメイドです。ですが、この世界の彼らは、それよりもずっと好戦的で、ずっと直接的な存在のようです。物語や幻想の中にいるだけの存在というより、本当に海で生きる戦士に近いのかもしれません。
亞倫は貫かれてしまいました。ここからどう展開していくのか、ぜひ見守ってください。
——次回、第六節「退潮」




