6-1 翠緑の松海
黑稻相癸です。第六章「松林血夜」。
高原を抜けた先に待っていたのは、松の香りと暗い緑の海。
ざくざくした風とひび割れた石の代わりに、今度はやわらかい腐葉土と、密な木漏れ日。
新しい環境、新しい生態。まずはその扉を開けるところから。
そして——今日は二節同時に更新です。
続きはすぐそこにあります。
レノたちと別れた三日目の夜、高原の風がようやく疲れ果てたように凪いだ。
あたしたちは風を遮る巨大な風化岩の下で野営した。焚き火が揺れる中、亜倫は火明かりの届かない陰の中に一人座り、膝の上に日焼けした小さな手帳を広げていた。手に炭筆を持ち、書き記された一行の上に、そっと横線を引いた。
動作はとても軽く、怒りも、震えもなかった。肩の埃をろくに払うような、何気ない仕草だった。
「何個目?」あたしは足の裏を守る薬膏を磨り潰しながら、ついつい小声で聞いた。
「数えていない」亜倫が手帳を閉じ、大切そうに懐にしまった。
「百かもしれないし、それ以上かもしれない。どの座標も、かつてある種族の『希望』だった。今はただの地図の上の墨点だ」
あたしはその平静な横顔を見ながら、心の中で悟った。あの手帳は宝の地図などではなく、一冊の墓誌銘なのだ。
その後の二日間、足元の感触が変わり始めた。
砕石と乾いた硬い土を踏む「ガリッ」という音が次第に消え、代わりに弾力のある感触が生まれた。地面に大きな群落となって**鉄線草**が現れ始めた。根が深く、葉が鋼線のように硬いこの植物は、まだ高原の植生ではあるものの、水分の増加を告げていた。
「この匂い……」先頭を歩くザカが突然足を止め、鼻翼を激しく動かした。豹の耳が敏感に東南の風口へと向いた。
「風の中に松脂の匂いがする。湿り気もある。匂いは嘘をつかない」
「地勢が下がっていく」亜倫が眉骨に手をかざし、突然途切れた地平線の先を見渡した。
「もうすぐこの**大地の背骨**を抜け出せる」
実際に高原の縁に立って眼下を見下ろした時、それでも眼前の光景に思わず息をのんだ。
足元の崖は垂直に切り落ちてはなく、東南へ向かって傾斜した巨大な斜面として続いていた。視線の果て、枯れた単調な高原の色彩が、深い墨緑色の海に飲み込まれていた。紅樹林で見た鮮やかな緑でも、巨影紅杉の天を覆うような暗紅でもない。層を重ね、針を突き合わせるような、冷たい緑だ。
あれが**森葉林**だ。
「先祖の牙よ……」ザカが背の荷を締め直し、口元に猟師特有の笑みを浮かべた。
「この地形の方が爪を磨ける。平地を歩くよりずっとましだ」
下山の過程は登山より筋肉を試された。高度が下がるにつれて、最も顕著に変わったのは景色ではなく、耳だった。
「ポン」
あたしはごくりと唾を飲み込んだ。鼓膜が一度鳴り、締まった感覚が消え、周囲の音が異常に鮮明になった——針葉を抜ける風の笛の音、虫の声、遠くの谷川のせせらぎまで。
空気が湿って重く、一呼吸ごとに肺に酸素が満ちる充足感があった。あたしの尻尾の先が無意識に軽く揺れた。この湿度は紅樹林ほどではないが、猫獣人には十分心地よかった。
植生の変化は、開かれた植物図鑑のようだった。
一番上は地面を這う苔と地衣類。数百メートル下ると、低くうねった**老偃松**が現れた。老いた人間が這いつくばるように、岩の割れ目に頑固にしがみついている。さらに下ると、木々が背筋を伸ばし、高くまっすぐな**頂葉杉**と**银针杉**になっていく。
「この針葉に気をつけろ、珂拉」亜倫が道をふさいでいた枝を払い、ぶら下がる透明な一滴を指した。
「**杉の涙**だ。粘着性がとても強く、毛髪につくと洗い落とすのが大変だが、着火剤としては優秀だし、傷口を塞くのにも使える」
あたしは頷き、慎重に避けた。薬草師として、ここの生態が紅樹林とは全く違うと感じた。紅樹林の植物は淡水を奪い合うために凶暴になっていた。ここの植物は寒風と積雪に抗うために、堅く、鋭くなっていた。
夕方になって、あたしたちはようやく森葉林の外縁に足を踏み入れた。
地面は厚い枯れ葉松の落ち葉で覆われ、踏むとふかふかして、何百枚もの絨毯の上を歩くようだった。日光が密集した針葉に細かく切り取られ、光の斑点となって落ちている。空気には濃い松の香りと腐植土の匂いが漂っていた。
「ここで休もう」ザカが平らな木の根地を見つけ、足で土の締まり具合を確かめた。
「木が密すぎる。暗くなると方角を見失う。それに……この辺りには野獣の縄張りの痕がない。今のところ安全だ」
亜倫は乾いた松の皮をいくつか拾い、ほんの一粒の火花だけで、焚き火を「パチパチ」と燃え上がらせた。松脂が燃える香りが、たちまち林間の湿った冷気を追い払った。
あたしは木の幹に寄りかかり、頭上の、剣のように天を指す梢を見上げた。高原のあの絶望的な広大さと死の静寂を経て、生命に満ちたこの森があたしに久しぶりの安心感を与えてくれた。
でも、その時のあたしは知らなかった。この平和に見える墨緑の松海の奥深くに、人の心が時として高原の風より乾き、岩の割れ目の蠍より毒を持つことを。
亜倫は焚き火のそばに座り、木の枝を削りながら、時折森の奥の暗い影へ目を走らせていた。その目に、高原で星を眺めていた時の弛緩はなく、代わりに微かな、見つけにくい警戒の色があった。
お読みいただきありがとうございます。
亜倫が夜、手帳に横線を引いたシーン。あの手帳には何十、何百という「かつての誰かの希望」が記されていて、彼はただ静かに線を引く。怒りもなく、震えもなく。
彼はいつからこんなに慣れてしまったのでしょう。
——第二節、すぐです。




