19-2 また道へ
アーロンは、実はとても自分勝手です。
本人がどう言うのか、聞いてみましょう。
馬車の一番後ろにもたれ、風にずっとめくれている後ろの幕を持ち上げた。
鉄港は、もう見えない。
残っているのは、長い道だけだ。
道の横の景色は、ずっと変わっていく。
畑。
原っぱ。
林。
湖。
時々、低い山をいくつか越える。
それからまた畑。
何もかも、ひどく普通だった。
巨大な獣はいない。
光る森もない。
変な重力もない。
海から何かが急に出てくることもない。
ただ普通の世界だ。
長いこと見ていて、急に気づいた。
こんな景色を見るのは、ずいぶん久しぶりだ。
旅へ出て二年になる。
よく考えると、ずっと一度も本当に止まらなかった気がする。
何度か死にかけた。
本当に帰れないと思ったこともある。
とてもいい人たちにも、たくさん会った。
助けてくれた人がいる。
あたしたちが助けた人もいる。
もちろん。
もっと多くは、喧嘩していた。
でも、今は家へ帰る。
そう思うと、なぜか思ったほど嬉しくない。
嬉しくないわけじゃない。
ただ……少し変だった。
「どうした?」
横から急に声がした。
「子猫も憂鬱になるのか?」
顔を向ける。
アーロンがいつの間にか隣へ座っていた。
殴りたい。
手を上げて肩を叩こうとすると、アーロンは急に人差し指を口元へ当てた。
「静かに」
手を止める。
彼は後ろを見た。
あたしも見る。
エイリンはまだ寝ていた。
ヴァンスも。
この人、昼間に寝るんだ。
ザカは小さな寝息まで立てている。
仕方なく拳を下ろした。
覚えておく。
アーロンは車の板にもたれ、声も低くした。
「それで」
「何を考えてる?」
外を見る。
「この二年」
アーロンは何も言わない。
「あたしたち、ほとんど止まってないよね」
「ああ」
「ずっと歩く」
「ずっと何かに出会う」
「それから、またずっと歩く」
彼を見る。
「前のあなたも、こうだった?」
アーロンは、さっきまで少し笑っていた。
今度は止まった。
珍しい。
あたしが何を聞こうとしたか、すぐにはわからなかったらしい。
しばらくして、かすかに笑う。
「それか……」
あたしを見る。
「ようやく俺のことも考え始めてくれたんだな。嬉しいよ」
……
やっぱり、先に一発殴るべきだった。
腕へ拳を出す。
アーロンは手を伸ばして止めた。
「静かに」
「自業自得」
「わかってる」
「じゃあ止めないで」
「それは駄目だ」
二人で少し固まった。
先に手を引いたのは、あたしだった。
アーロンは、また外を見る。
「むしろ」
「歩き続ける方が楽だ」
「楽?」
「ああ」
少し止まる。
「余計なことを考えずに済む」
眉を寄せた。
車の中を一度見る。
「みんな、こんなに疲れてるのに」
彼もつられて見る。
帰ってきてから、みんな前より眠りやすくなったみたいだ。
アーロンだけは、朝からずっと起きている。
今日だけじゃない。
前からそうだった。
「あなたは疲れないの?」
「疲れない」
彼を見る。
アーロンは一度、手を広げた。
「この祝福は、あまり俺を疲れさせない」
とても困った習慣を話すみたいな声だった。
「じゃあ、疲れないの?」
「体は?」
「うん」
「難しい」
「難しいって何?」
「寝ようと思えば寝られる」
「でも体が持たなくて寝るんじゃない」
急に思い出す。
この人は、本当に「疲れた」と言わない。
至頂群峰のような場所でも。みんなが死にそうなくらい疲れていても、彼は同じだった。
「食べないのは?」
アーロンがあたしを見る。
「急にどうして聞く?」
「答えて」
「長く食べなくても平気だ」
「どれくらい?」
「わからない」
目を細める。
「絶対、試したでしょ」
アーロンは少し黙った。
「数か月」
聞き間違いかと思った。
「数か月?」
「ああ」
「腹、減らないの?」
「食べたくはなる」
「でも死なない」
彼は普通に言った。
あたしには、まるで普通じゃない。
アーロンは、また車の板にもたれた。
「前に俺へ、自分勝手になれと言っただろう」
少し驚く。
繁茂仙境を離れるときの話だ。
「うん」
アーロンは、後ろで眠っているみんなを見た。
しばらく静かだった。
「俺はもう、十分自分勝手だ」
彼の視線を追う。
「おまえたちが必要なんだ」
「自分がまだ人間だと、覚えているために」
……
すぐにはわからなかった。
言葉の意味はわかる。
でも、それがどんな感じなのかはわからない。
自分が人間だと忘れる?
アーロンは外を見る。
「最初に、祝福を解く方法があるかもしれないと知ったとき」
「俺はひどく興奮した」
至頂群峰を思い出す。
「でも今は?」
アーロンは小さく息を吐く。
「まだ遠い」
馬車が揺れた。
木の車輪が石を踏み、車体が少し跳ね上がる。
アーロンは動かない。
彼の言う遠いは、距離のことじゃないとわかった。
この、死なない自分を終わらせたい。
少し黙ってから聞いた。
「前にも、諦めたことがあるんでしょ?」
アーロンがあたしを見る。
「言ってた」
「大災厄のあと」
彼は否定しなかった。
「最初はな」
今度の声は、さっきよりもっと低い。
「もう動けないティナを見て」
「何をしても死なない自分を見た」
少し止まった。
「あのときは、ほかのことを考えるのが難しかった」
あたしは口を挟まない。
アーロンも、あたしを見なかった。
「俺は彼女を引いて歩いた」
「群峰から」
「エルフのいるところまで、ずっと」
至頂群峰の、ほとんど道のない地形を思い出す。
「一人で?」
「ああ」
「ティナを引いて?」
「ああ」
「どれくらい?」
アーロンは考えた。
「数か月だろうな」
数か月。
数日でも言うように、彼は話す。
「その間、食べなかった?」
「食べなかった」
「寝もしなかった?」
「寝た」
「時々」
あたしは彼を見る。
それは旅じゃない。
でも、何と呼べばいいのかもわからない。
「最初は、食べ物を探していた」
アーロンが言う。
「途中で、食べなくても変わらないとわかった」
「傷も勝手に治る」
「寝ても寝なくても、大して変わらない」
「寒さ」
「暑さ」
「飢え」
「どれも、本当に俺をどうにかはしない」
膝に置いた手は、静かだった。
「歩いているうちに」
「少しずつ思った」
「俺はもう、人間じゃないんだろうって」
すぐ言った。
「人間だよ」
アーロンが振り向く。
自分でも、あんなに早く答えるとは思わなかった。
「あなたは人間」
彼は二呼吸、あたしを見た。
それから少し笑う。
いつもの、わざとからかう笑いじゃない。
「そうか?」
「そう」
「でも、あのころは」
「みんな、そう思わなかった」
彼が前に話したことを思い出す。
大災厄のあと。
生き残った人たち。
家族を失った人たち。
そして彼。
どれだけ殺しても死なない人。
「捕まったときの話?」
アーロンはうなずいた。
「ああ」
「あのとき、俺は集落で縛られていた」
「逃げようとも思わなかった」
眉を寄せる。
「どうして?」
「どこへ行けばいいかわからなかった」
「行くのも面倒だった」
「気分の悪い奴がいる」
「俺を殴りに来る」
「家族を失った奴がいる」
「そいつも俺を殴りに来る」
少し笑った。
「死なない殴り袋が、ちょうどあった」
あたしは、まったく笑えない。
前にも聞いた話だった。
でも、こんな細かくは話していなかった。
「ずっと殴られたの?」
「全員じゃない」
「罵るだけの奴もいた」
「唾を吐く奴もいた」
「そっちの方が楽だからな」
……
どうしてこの人は、まだ冗談を言えるんだろう。
「抵抗しなかったの?」
「しなかった」
「どうして?」
アーロンは前を見る。
「あのころは考えていた」
「いつか本当に死ねるかもしれないって」
声には、少しも揺れがない。
その方が、あたしには嫌だった。
「でも、死ななかった」
「ああ」
「死ななかった」
アーロンは少し止まる。
「ある日」
「子供が来た」
顔を上げた。
「子供?」
「エルフだ」
「小さかった」
「どれくらい?」
「たぶん……」
手で大きさを示し、少し考える。
「とにかく、今のエイリンよりずっと静かだった」
後ろから、小さな声がした。
「ねえ」
あたしとアーロンは同時に振り返る。
エイリンは、まだ目を閉じていた。
……
起きている。
アーロンは、少しも悪びれない。
「寝てろ」
エイリンは動かなかった。
でも耳は、はっきりこっちを向いている。
ヴァンスも目を開けない。
ただ、たぶんずっと起きていた。
アーロンは話を続けた。
「あの子は俺を怖がらなかった」
「みんなは俺を怪物だと言った」
「あの子は信じなかった」
「初めて来たとき」
「果実を一つ持ってきた」
聞く。
「そのとき、食べる必要あったの?」
「なかった」
「でも食べた」
「どうして?」
「ずっと見ていた」
アーロンは少し笑う。
「食べなければ、泣きそうだった」
急に、目に浮かんだ。
縛られている。
傷だらけ。
生きる気もない人。
その横に、ちいさなエルフがしゃがんで、果実を食べろと言い張っている。
「それから?」
「毎日来た」
「最初は話すだけ」
「そのうちある日」
「俺を逃がすと言った」
少し驚く。
「子供が?」
「ああ」
アーロンを見る。
「うまくいくとは思えない」
「俺もそう言った」
「それで?」
「怒った」
「俺が役に立たないと言った」
アーロンは自分の手を見る。
「あの日、本当に縄を解きに来た」
「解けなかった」
「石で叩いた」
「ずっと叩いた」
「手が破れた」
「もういいと言った」
「聞かなかった」
「そのうち、本当に一本切れた」
「それから俺を引き始めた」
「引いた?」
「ああ」
「俺は動きたくなかった」
「寝たままでいた」
「あの子は俺の手をつかんだ」
「ずっと引いた」
ここまで話して、アーロンは自分でも少し笑った。
「三歩くらい引いた」
「それで疲れて倒れた」
「最後には、俺が自分で立った」
「あの子について行った」
「それで逃げられたの?」
「だいたいな」
「誰も止めなかった?」
「止めた」
「それで?」
アーロンがあたしを見る。
「俺は死なない」
……
うん。
答えは簡単だった。
「そのあと?」
「しばらく、一緒にいた」
「あの子の知っている場所へ連れていかれた」
「果実を探すときもあった」
「人の物を盗むときもあった」
「あの子、盗みもしたの?」
「子供も食べなきゃならない」
「あなたは探さなかったの?」
「あのころの俺は、役に立たなかった」
自分で認めるのは、ずいぶん早い。
「小さな天使だった」
アーロンの声が少し遅くなる。
「うるさくて」
「面倒で」
「何でも知りたがった」
「ティナの生まれ変わりかもしれないと思った」
言うと、自分で先に少し笑った。
「でもあのころは」
「本気で、そう思っていた」
その先を聞いていいのか、急にわからなくなった。
その子が今も生きているなら、アーロンはこんな声をしない。
やはり、笑いはゆっくり消えた。
「あの日々は」
「自分を取り戻しかけていると思った」
「何を?」
「わからない」
「生きる理由、かな」
アーロンは、とても小さく言った。
「でも長くはなかった」
馬車の外では、麦畑がゆっくり後ろへ流れていく。
風が通ると、一面が一緒に倒れた。
「ある日」
「あの子は近くへ果実を採りに行った」
「なかなか帰らなかった」
耳が、ゆっくり後ろへ伏せる。
「俺は探しに行った」
「最初は、また遠くまで走ったんだと思った」
「あの子は、よくそうした」
「日が落ちた」
「そこで、おかしいと思い始めた」
アーロンの指が、かすかに動く。
「長く探した」
「それから」
止まる。
今度の沈黙は、これまでより長かった。
「最後に見つけたのは、あの子だけだった」
ほかの言葉はなかった。
でも意味はわかる。
冷たい。
もう話さない。
あの子。
口を開きかけた。
何も言わなかった。
後ろのエイリンも、完全に静かだ。
「ならず者だった」
アーロンが言う。
「エルフの子供を見た」
「たぶん、連れていきたかった」
「あの子は逃げた」
「逃げ切れなかった」
……
いつの間にか、爪は手のひらへ食い込んでいた。
「そいつらは見つけた?」
「見つけた」
答えが早すぎた。
この先は、聞かなくてもわかる。
それでも聞いた。
「それで?」
「殺した」
感情はない。
二文字だけ。
「最初は」
「あの何人かを殺したかっただけだ」
「そのあと、似たような奴にも会った」
「奴隷商人」
「食料を奪う奴」
「混乱に紛れて人を殺す奴」
「人の子供を食べ物と替える奴」
「たくさんいた」
アーロンは外の原っぱを見ている。
「あのとき初めて、本当に見た」
「この世界が、どれほどひどいか」
「歩き始めた」
「最初は、あんな連中を殺し尽くしたかっただけだ」
訂正しなかった。
自分だったら、たぶん同じだと思う。
「それから?」
「殺しすぎた」
「覚えられないほど」
「それでも、あまり良くならなかった」
「あの子は帰らなかった」
「ティナも帰らなかった」
「殺した連中も」
「世界を急によくはしなかった」
声は、ゆっくり平らになった。
「だから考えた」
「せめて、別のことをしよう」
「救えるものは救う」
「直せるものは直す」
「止められるものは止める」
「間に合わないこともある」
「そのときは、次へ行く」
彼の言う、歩き続ける方が楽だという言葉が、初めて軽いものには思えなかった。
アーロンが急に少し笑う。
「時々、思う」
「あのとき」
「あの集落で寝たまま死ぬのを待たなかったら」
「あの子は今ごろ、大人になっていたかな」
何も言わない。
「エルフだからな」
「今でも、ひどく若いだろう」
後ろで服が擦れる音がした。
次の瞬間、二本の腕が後ろからアーロンを抱いた。
エイリンだ。
顎を彼の肩のそばへ乗せる。
いつものうるさい言葉は、何も言わない。
小さく一言だけ。
「あたしたちが手伝う」
アーロンは少し驚いた。
それから笑う。
「ヴァンスが睨んでる」
エイリンはすぐ顔を上げた。
ヴァンスはいつの間にか目を開け、本当に見ている。
ヴァンスが聞いた。
「どこまで行く気だ?」
アーロンは、すぐ答えなかった。
アーロンは少し止まった。
本当に考えているみたいだった。
エイリンは座り直す。
ヴァンスも待っている。
ザカは目を開けた。
あたしはアーロンを見る。
最後に彼は少し笑った。
「俺を少し、自分勝手にさせてくれ」
膝へ手を置き、車の幕の外を見る。
「ティナを見つけるまで」
車の中が静かになった。
簡単な言葉に聞こえる。
でも、どれほどかかるかは誰にもわからない。
一年。
十年。
百年。
もしかしたら、永遠に見つからない。
少しして、ザカが先に言った。
「俺たちは、おまえと一部しか歩けない」
アーロンが彼を見る。
ザカは説明しない。
どれだけ長い道にも、歩き終える日はある。
アーロンはうなずいた。
「それで足りる」
エイリンがすぐ言う。
「あたしは長くいられるよ」
ヴァンスが彼女を見る。
「次に物へ手を出して、生き延びてから言え」
「いつも触ってない」
あたし、ヴァンス、アーロン、ザカが一緒に見る。
エイリンは止まった。
「……時々」
車の中に、やっと少し笑いが戻った。
重いものは消えていない。
ただ、横へ置いた。
後ろの幕をまた開ける。
道は外で後ろへ流れている。
変わらず普通だった。
なぜか、またきれいに見えた。
……
夕方、車隊は小さな村へ止まった。
本当の駅ではない。
この道に、水を足し、物を買い、馬を休ませられる場所があるだけだ。
村は小さい。
端から端まで、たぶん一目で見える。
道が数本。
家が数十軒。
真ん中に井戸。
食べるところが二軒。
それから小さな市がある。
御者は、今夜はここへ泊まり、明朝また出ると言った。
最初に車を下りたのはザカだ。
アーロンが聞く。
「どこへ行く?」
「肉」
うん。
まったく考えなくていい。
あたしとエイリンも、歩きに下りた。
一日座っていたから、脚が少し固い。
村には人が多かった。
村の者だけじゃない。
あたしたちのように、足を止めた商隊も何組かいる。
道端ではパンを売っている。
干した果実を売る者もいる。
年寄りが小さな車で、焼いた根菜を売っていた。
いい匂いだ。
一つ買った。
かじる。
甘い。
普通だ。
好きだった。
少し離れたところで、村の者たちが家の前に座り、話していた。
声は小さくない。
「聞いたか?」
「何を?」
「南のベクイン」
「ベク何だって?」
「ベクイン」
「海岸の町か」
もう一人が、そこで思い出した。
「ああ」
「獣人の多いところ?」
「そう」
「最近ずっと、人を町へ入れてるらしい」
「どういうこと?」
「住ませるんだ」
「金まで出すらしい」
何人かが一緒にそちらを見る。
「金?」
「本当か?」
「本当だ」
「叔母のところの誰かが行った」
「移ればもらえるのか?」
誰かが笑った。
「金でも掘り当てたか?」
「知らない」
「そんなうまい話があるかよ」
別の人が言う。
「人手が足りないんじゃないか」
「海辺の小さな町が、何に人手を使う?」
「俺が知るか」
話はすぐ、今年の麦の値段へ移った。
それ以上、誰も追わない。
あたしは覚えておいた。
振り返ると、アーロンが露店の前で物を選んでいる。
そばへ行った。
「ベクインって聞いたことある?」
「ああ」
「どこ?」
「南の海岸」
「獣人と半獣人の町だ」
「大きい?」
「大きくない」
「どんなところ?」
アーロンは少し考える。
「人懐こい」
それから一言足した。
「人は食わない」
睨む。
「あたしだって食べない」
エイリンがちょうど来て、後半だけ聞いた。
「誰が人を食べないの?」
「何でもない」
すぐ言う。
「ベクインは最近、金を出して人を移らせてるらしい」
エイリンが少し驚く。
「金を?」
「うん」
いつの間にかザカも戻っていた。手にはもう干し肉の包みがある。
「なぜ?」
「知らない」
「人手がいるんじゃないか」
アーロンが何気なく言った。
ザカは肉を噛む。
「ならドワーフを探す」
少し考えた。
「ゴブリンも」
エイリンが聞く。
「どうして?」
「頭の回る奴が要る」
エイリンが吹き出す。
「はは、そうだね」
ザカは彼女を見る。
何も言わない。
エイリンは笑いながら、ゆっくり止まった。
「待って」
「誰の頭が回らないって?」
ザカはもう背を向けていた。
「補給を買う」
エイリンが追いかける。
「今、あたしのこと言った?」
「言ってない」
「間を置いた!」
「置いてない」
「置いたよ!」
アーロンがあたしの肩を叩く。
「行こう」
「ここには肉がある」
彼を見る。
「あなたもそれだけ?」
「ザカは食べるのが早い」
「先に買わないと」
「すぐなくなる」
たしかに。
……
村は本当に小さい。
少し歩けば終わりだ。
薬草屋はない。
雑貨屋が一軒あるだけで、ありふれた干し薬が少し置いてあった。
品は普通。
少し見たが、買わなかった。
道では子供が走り回る。
年寄り二人が家の前で盤を囲む。
黄色い犬が井戸のそばに寝ていた。
目を開けるのも面倒そうだ。
屋根を直す者がいる。
一日干した服をしまう者がいる。
食事の匂いが、家ごとにゆっくり出てくる。
何も起きない。
怪物もいない。
助けを呼ぶ声もない。
ただ暮らしている。
こういうのも、いいと思った。
エイリンは、一つの露店の前で長く止まっていた。
見に行く。
ガラス玉が山になっていた。
「何してるの?」
「きれい」
「ただのガラス」
「知ってる」
青い一粒を選び、夕日にかざす。
「今は、こういうものも前と違って見える」
その目を思い出した。
「何が見えるの?」
「いろいろ」
「たとえば?」
エイリンは数息黙った。
「すごくきれい」
……
やっぱり答えになっていない。
結局、彼女はそのガラス玉を買った。
ヴァンスが戻ると、手の中のものを見た。
「ごみを買ってどうする?」
エイリンはすぐポケットへしまう。
「好きなの」
ヴァンスは少し止まった。
「そうか」
それ以上は言わない。
少ししてから、彼は自分であの露店へ戻った。
見えた。
でも言わなかった。
……
夜、みんなは村の外の車隊のそばで休んだ。
天気がいいから、天幕はいらない。
車の下で寝る者もいる。
あたしも寝やすい場所を見つけた。
……
翌朝、ザカが戻ってきた。
正確には、何かを引いて戻ってきた。
鹿が二頭。
地面の鹿を見て、ザカを見る。
「昨日、肉を買ったよね?」
「食べた」
……
もう、少しも驚かなかった。
ザカは手慣れた様子で鹿をさばく。
肉を分ける。
包む。
干せるものは干す。
干せないものは、今日食べる用にする。
御者たちも見て、少し固まった。
最後にはザカから肉を一塊買った。
全部を積み終えると、また車へ乗る。
ザカの横には、また大きな肉袋が一つ増えた。
見つめる。
「太らないの?」
ザカはあたしを見る。
「太らない」
「どうして?」
「動くから」
あたしは、自分の腰より太い二本の腕を見た。
うん。
言い返しにくい。
アーロンは前に座っていたが、急に聞いた。
「森で何か見たか?」
ザカは肉袋を縛っている。
「見てない」
「鹿は多かった」
「だから二頭獲った」
アーロンはうなずいた。
……
それだけ?
アーロンを見る。
ザカも見る。
二人の言葉には、あたしに聞こえないものがある気がした。
エイリンが急に耳元へ寄ってきた。
「アーロンが何を思ってるか、当てようとしてる?」
少し驚いて彼女を見る。
うなずく。
エイリンも、ひどく真面目にアーロンを見た。
それから近づき、声を落とす。
「たぶん」
待つ。
「あの人も鹿肉を食べたい」
……
拳を握った。
エイリンはすぐ手を押さえた。
「待って」
「まだ終わってない」
「もう十分」
「まだあるの」
今度は少し真面目になり、窓の外を見る。
「あたしは思うんだけど」
「大地が、また生き返ってきてる」
止まる。
「生き返る?」
「うん」
エイリンは外を見る。
「魔力」
それは彼女にしか見えないものだ。
遠くを指さす。
「薄いの」
「一か所だけ強いんじゃない」
「どこにでも少しある」
「土」
「木」
「水にも」
聞く。
「前はなかった?」
「あった」
「でも、もっと少なかった」
少し考える。
「たとえば……」
「前は、ここに小さな水たまり」
「あそこに小さな水たまり」
「今は雨が降ったあとみたい」
たぶんわかった。
アーロンも聞いていた。
「理由はわかるか?」
エイリンは首を振る。
「わからない」
アーロンはすぐ答えなかった。
外を見る。
それからザカの鹿を一度見る。
そして黙る。
しばらく待っても、まだ考えている。
とうとう言った。
「思いついたなら、言って」
アーロンは急に呼ばれ、本当に少し驚いた。
「何?」
「絶対、何か思いついた」
「言って」
彼はしばらくあたしを見た。
「確かじゃない」
「先に言って」
また外を見る。
「餘燼竜かもしれない」
エイリンが一瞬で背を伸ばした。
「餘燼竜!?」
声が大きすぎて、前の御者まで振り返った。
ザカも顔を上げる。
エイリンは気づいたらしい。
さっきは飛び出して探しに行きそうだったのに、今は少なくとも、神霊だと覚えている。
急に思い出した。
「待って」
アーロンを見る。
「前に会った、あれ?」
アーロンはうなずく。
エイリンが、まるごとこちらを向いた。
「会ったの!?」
飛びつきそうになる。
「会ってない」
急いで言う。
「痕跡だけ」
エイリンの顔の光が、すぐ消えた。
「ああ」
がっかりがわかりやすすぎる。
思わず聞いた。
「そんなに竜を見たいの?」
エイリンが言う。
「見たい」
ヴァンスが付け加える。
「とても」
エイリンは否定しない。
アーロンはまた外を見た。
「餘燼竜は移動する」
「一つの場所には長くいない」
「あれが通った場所は」
「時々、とても生き物が増える」
エイリンがすぐ聞く。
「どうして?」
「魔力?」
「一部は」
「ほかは?」
「わからない」
エイリンは止まる。
「それだけ?」
「ああ」
明らかに不満そうだ。
アーロンが続けた。
「でも、生き物だけじゃない」
「死ぬものもある」
エイリンは、そこで少し静かになった。
「死ぬ?」
「あれは竜の群れだ」
「食べる必要もある」
「動物が増えすぎる場所がある」
「草を食い尽くす」
「森の若木が育たない」
「最後には、みんな一緒に倒れる」
「餘燼竜が通る」
「そのうち一部を食べる」
「残ったものは、かえってよく生きられる」
エイリンは外を見る。
「荒れた土地にも、また物が育つ?」
「時々」
急に聞きたくなった。
「でも、どうして餘燼竜かもしれないってわかるの?」
アーロンはザカを指した。
「鹿が多い」
それから外を指す。
「魔力が均等だ」
そして遠くを見る。
「最近の風が暖かすぎる」
あたしは、まったく気づかなかった。
ザカは一度うなずく。
「夜も暖かい」
あの人にも、感じていたらしい。
あとでエイリンはたくさん聞いた。
でもアーロンは、知っていることしか答えなかった。
餘燼竜は白い。
腹が減れば、何でも食べる。
それだけ。
……
エイリンは車の壁へ寄りかかった。
「あなた、役に立たない」
アーロンはうなずく。
「ありがとう」
ヴァンスが横で言った。
「少なくとも二つは知ってる」
エイリンが彼を見る。
「どうしてあんたが助けるの?」
「数えてるだけだ」
少しして、エイリンはまた背を起こした。
「群れって、何頭?」
アーロンが言う。
「わからない」
「どれくらい飛ぶ?」
「わからない」
「話せる?」
「話せる」
「本当に?」
「話したことはない」
「魔法は使う?」
「使う」
エイリンの目がまた明るくなる。
やっと一つ、答えがあった。
「どんな魔法?」
アーロンは黙った。
「わからない」
エイリンは、また壁へ倒れた。
アーロンが、本当にほとんどの答えを知らないものに出会ったのは、あたしには少しおかしかった。
……
馬車は進む。
村はもう見えない。
午後、空の様子が変わり始めた。
遠くに、大きな黒雲が出ている。
あたしは小さく笑った。
もう何でも見てきた。
ただの黒雲だ。
死なない者にとっても、こうしたことに向き合うのは、やはり少し重いことなのでしょう。
……
最近、何かがおかしいようです。
世界が変わり始めています。
どうやら、北で何かが起きたようです。
魔力濃度が上がることは、いったい何を意味するのでしょうか?
けれどその前に、まずは一つの「小雨」と向き合わなければなりません。
どうぞ第三節「南へ」をお楽しみに。




