17-7 雨の樹海
あの大蜘蛛を、覚えていますか?
よかった。ひとまず無事です。
そろそろ、外へ出ましょう。
あたしたちは板根の中に、長いこと隠れていた。
外の巨葉伏蛛は、すぐには離れなかった。脚が樹皮を削る音が近くなったり遠くなったりする。時々、蜘蛛糸が張る細い響きもした。その音が洞口に近づくたび、みんな自然に話すのをやめた。
ロイでさえ、背負い袋を一つなくしたことに文句を言わなかった。
ザカは木壁にもたれ、自分の槍先を見下ろしていた。
「あの鹿、跳びすぎだ」
あたしは洞の外、葉影に切り刻まれた天光を見る。
「ここの地面が軽いから」
「それだけじゃない」
ザカは言った。
彼は手を上げ、冠躍鹿がさっき跳んだ高さを示した。
「あの脚に、そこまでの力はない」
アーロンはすぐには答えず、洞口の外に幾層も重なる枝葉を見ていた。
あたしもつられて見る。
この林の木は、どれも上へ光を奪い合っている。高く伸びられず、樹冠を広げられないものは、影さえ残せない。藤蔓も一本一本、高い方へ絡みついている。鹿がずっと地面にいたら、湿った草と、誰かが落とした種くらいしか食べられないのだろう。
そして、蜘蛛の背にある巨葉みたいな硬い殻。
ああ育ったのが先なのか、この場所がそう育てたのか。
誰に分かる。
板根の外に、急に水滴が一つ落ちた。
ぱつ。
もう一滴。
雨はゆっくり来た。
初めは高い葉面を叩く細い音だけで、遠くの誰かが豆を一握り撒いたみたいだった。しばらくすると音は一面につながり、空気がすぐ冷えた。強い風はない。雨も大きくない。樹冠の隙間にはまだ光があり、ただ雨に洗われて柔らかくなっている。
水滴は光柱を通るたび、一瞬だけ光った。
高いところから、透明な珠がたくさんゆっくり落ちてくるみたいに。
外の引っかく音が止まった。
雨だけになった。
あたしたちはさらにしばらく待ってから、慎重に板根の外へ這い出した。雨水は冠躍鹿の血の匂いを薄めていた。高いところで吊られていた場所は枝葉に隠れ、巨葉伏蛛の姿もない。小川は先ほど赤く染まった泥を越え、血色を薄い線に引き伸ばし、ゆっくり運び去っていく。
森は別の姿になっていた。
巨葉の表面には雨水が溜まり、光が水面と霧の間で折れたり戻ったりする。もともと暗かった林の下には、緑金色の微光が薄く浮かび、明るくなったり暗くなったりしていた。小獣が板根の隙間から走り出し、流れ落ちたばかりの樹液を舐める。細長い蛙は藤蔓の下で雨を受け、透明な飛虫は水簾のそばに集まり、翅をちかちか光らせていた。
あたしたちは獣道を進み、大蜘蛛の巣域から少しでも遠い場所で夜を越そうとした。
エイリンが急に高いところを指す。
「あれ、何?」
人の形に少し似た影がいくつか、太い藤の間を揺れ渡っていた。全身は深褐色の短い毛に覆われ、腕の長さがおかしい。ほとんど体と同じくらいある。濡れて滑る藤蔓が掌の下で揺れているのに、あいつらはしっかりつかんでいた。
「藤臂獼」
エイリンが小さく言った。
そのうち何匹かは果実、虫の死骸、それからあたしには何か分からない植物の塊を抱えて、一本の覆天木の樹洞そばへ移動した。食べない。逆に、それらを一つずつ洞へ投げ入れている。
アーロンが手を上げた。
あたしたちはすぐ声を低くした。
ザカは目を細め、さらに高い場所を見る。
「あの大物だ」
雨水が、葉の形をした背甲を滑り落ちた。
巨葉伏蛛が枝と葉の間に伏せていた。動かなければ、やっぱり普通の巨葉に見える。少なくとも動かなければ。藤臂獼を追うこともなく、前脚を上げもしなかった。
けれど樹洞の中に動きがあった。
一匹。
また一匹。
掌ほどの幼蜘蛛が次々這い出してくる。中には小犬くらい大きいものもいた。あいつらは藤臂獼が残したものを洞の中へ引き込み、八本の細い脚を忙しく動かした。成体の大蜘蛛は一度だけ脚を上げ、洞口の縁に触れた。
藤臂獼は逃げない。
むしろ少し離れた藤に座り、幼蜘蛛が果実を引きずっていくのを待っていた。
あたしには分からない。
でも、一つだけ分かる。
こういう大物には子どもがいる。
子どものいるものは、たいてい余計に手を出してはいけない。
あたしたちは雨音に足音を隠して離れた。誰も、藤臂獼が次にあたしたちを樹洞へ投げ入れられるものとして見るかどうか、知りたがらなかった。
雨は確かに助けになった。
その後しばらく、出会う小さなものは、あたしたちに気づくとすぐ板根や藤蔓や小川へ潜った。ハーンとロイは、先に仕留めた冠躍鹿を分けて処理した。ハーンは筋腱を丸ごと残し、細縄にできるか見ると言った。ロイは切り分けた鹿肉を背負い、さっき焼けていない骨甲狼の肉でも飲み込んだみたいな顔をしている。
「背負い袋、失ったばかりなんだけど」
彼は言った。
「今は空きが減った」
ハーンが言った。
「慰めじゃない」
林の間に、急に羽音が響いた。
最初は遠い。
次の瞬間には頭上に来た。
顔を上げると、巨大な飛虫が数匹、雨幕を抜けていた。一匹一匹があたしの半身ほどあり、濡れて光る腹が飛ぶたび縮む。翅は細雨をほとんど気にしていない。頭の前には長い黒い口器が伸び、短刀より長かった。
ご先祖さま。
小さな吸血虫は人を苛つかせるだけだ。
ここまで大きくなったら、森ごと燃やしたくなる。
一匹がロイへ急降下した。口器が彼の背中の鹿皮をかすめ、その外側をあっさり貫く。
「血を吸うやつ!」
あたしは叫んだ。
エイリンはもう杖を上げていた。
「ᚾᚢᛚ-ᚡᛖᚪ ᚺᚪᚱ!」
気流があたしたちの中央から上へ爆ぜた。巨虫は群れごと高いところへ吹き飛ばされ、葉と藤にぶつかり、翅音が一気に乱れる。
あたしたちはすぐ、倒れた太枝の後ろへ身を隠した。
あの連中は遠くへは飛ばなかった。
すぐ翅を立て直したが、先に見つけたのは移動中の別の藤臂獼の群れだった。
藤臂獼は四散しない。枝を振り回しながら、さっきの樹洞へ後退していく。巨虫が何匹か追って近づき、口器を何度も前へ探らせた。
次の瞬間、幼蜘蛛が洞から湧いた。
洞口、枝、藤蔓の間から同時に蜘蛛糸が射出される。巨虫の一匹はまず翅を絡め取られ、次に体ごと樹洞へ引かれた。幼蜘蛛がその腹へ這い上がり、口器と関節を素早く巻きつける。
巨虫は雨の中で甲高い羽音を上げた。
藤臂獼は少し遠い藤に立ち、相手のもがき方が小さくなってから、ようやく近づいて落とした果実と枝を拾った。
エイリンはもう羊皮紙を取り出していた。
「つまり蜘蛛が猿を助けて、猿も蜘蛛を助けてる」
ヴァンスが手を上げ、彼女の頭をとても軽く叩いた。
エイリンは頭を押さえる。
「何するの?」
ヴァンスは、まだ洞へ引きずり込まれている巨虫を見た。
「先に離れる」
今回はあたしも彼に賛成だった。
さっきの口器が本当に人の体に刺さっていたら、たぶん少し血を吸われるだけでは済まない。
夕方前、あたしたちは野営できる板根を見つけた。ハーンは先に、近くに新しい蜘蛛糸がないか、大型生物が長く樹皮を擦った痕がないかを確かめてから、みんなを止めた。
ここは完全に塞がった洞ではない。板根の外側に天然の排水溝が何本かあり、雨水は両側を流れていく。あたしたちが眠る場所へ直接流れ込むことはなかった。
小さな火が起きた。
冠躍鹿の肉が鍋のそばで焼かれ、脂が火へ落ちる。ようやく雨水と湿った土の匂いを少しだけ押しのけた。ハーンは物資を数え、ロイは空になった背負い紐を苦しそうな顔で見ている。
水はまだ足りる。
乾糧は少し減った。
鹿肉と果実があるから、しばらく飢えることはない。
本当に厄介なのは方向だった。
巨葉が空をびっしり覆い、獣道は板根と小川をずっと迂回している。ここを歩いていると、前へ進んでいるつもりで、実際は大きく一周しているだけということが簡単に起きる。
ハーンがエイリンを見る。
「方向は合ってるのか?」
「合ってるよ」
彼女はすぐ答えた。
みんなが彼女を見た。
エイリンは、この問いがどれほど大事か分かっていないようだった。森の奥を見つめる目がきらきらしている。
「進むほど、空気の魔力が濃くなってる」
また顔を下げ、小さく独り言を言う。
「どうしてこんなに濃いんだろう」
「遠古の精霊がここに集まってるのかな?」
アーロンは彼女に答えず、あたしを見た。
「薬はあるか?」
あたしは昼に採った見知らぬ草を数株取り出した。
葉は細長く、表面に光はない。けれど雨滴が近づくたび、水がかすかに震える。水晶球の中の水精霊も、ずっとそれらがある方へ張りついていた。
エイリンがすぐ飛びついてくる。
「これは――」
あたしは手を伸ばして彼女の顔を押さえ、草を遠ざけた。
「まだ試してない」
「でも魔力がある」
彼女はそのまま噛みつきたそうだった。
ヴァンスが後ろから彼女の腰に腕を回し、引きずって離した。
「食べるな」
「食べようとしてない」
「口が開いていた」
アーロンが小鍋をあたしへ渡す。
「先に煮ろ」
あたしは水と少しの塩、それから毒がないと確認済みの草根を入れ、見知らぬ草葉を小さく一切れだけ加えた。熱が入ると、葉脈の間にとても淡い青光がゆっくり浮かぶ。
エイリンは横で伏せるように記録していた。
「蘊魔草」
アーロンは鍋の草湯を見ている。
「この土地を離れたら、同じ効果が残るとは限らない」
エイリンはすぐ名前の横に一行足した。
土地を離れると失効する可能性。
あたしは青みを帯びた鍋の水を見た。
「あたしに効くの?」
「たぶんな」
アーロンが言った。
「俺たちは自分で魔力を生めない。だが外から来たものを短く留めることはできる」
「長くは留まらない」
「どうして知ってるの?」
アーロンは少し沈黙した。
火の光が彼の顔を揺らした。
「ティナも、昔、俺に魔法を教えようとした」
その時どう教えたのか、彼は言わなかった。
ただ、人の体には魔力があまり残らない、と教えてくれただけだった。
あたしは草湯を小さく一口すくった。
苦い。
渋い。
熟していない樹皮と雨水を一緒に煮たみたいだ。
少しして、雨の匂いにもう一層増えた。
新しい匂いじゃない。
何もなかったはずの場所を、急にたくさんの小さなものが通り過ぎていくような感じだった。水晶球の中の水も、おかしいほどはっきりしている。まるで直接、掌に触れているみたいに。
数呼吸のあと、その感覚はゆっくり薄れた。
効いたかどうかは言わなかった。
ただ時間、分量、さっき嗅いだものを書きつけた。
その夜、雨音は高い葉面に安定して落ち続けた。
森は珍しく、眠るのに向いていた。
翌朝、雨はかなり弱くなっていた。
荷物をまとめる時、ハーンは前方にまだ果ての見えない巨葉冠林を見ていた。顔色はさっきの空より沈んでいる。
「この速さだと、まだ相当歩くぞ」
誰も反論しなかった。
地面では大きなものにいきなり襲われることは少ない。けれど板根、小川、獣道、どこから落ちるか分からない水がある。少し歩くたび、迂回しなければならない。
エイリンが高いところを指した。
一本の滝が、地面の谷間から上へ昇っている。水は傾いた幹と霧に沿って樹冠へ飛び、最後には巨葉の間へ消えた。
「あれに沿って行ける」
彼女は言った。
全員が彼女を見る。
「水は必ずどこかへ行く」
エイリンが言った。
「しかも上へ」
アーロンは顔を上げた。高い枝葉の間には、まだ蜘蛛の巣、爪痕、何か分からない生き物が動いた跡が残っている。
「樹上の方が、人を食いたがるものは多い」
ハーンもうなずいた。
「登ったら、枝と枝の落差が城壁より高いかもしれねえ」
地面を歩くのは遅い。
木へ登るのは危険。
逆向きの滝に沿って上へ行けば、どこへ着くのか誰にも分からない。
まだ結論が出ないうちに、上から低い打撃音が届いた。
鳥の翼ではない。
濡れた帆の大きな布が、風に張られたみたいな音だ。
高いところの光がふいに暗くなった。
巨葉に見えるものが数枚、樹冠の間からゆっくり降りてくる。まっすぐ落ちるのではなく、逆向きの滝のそばにある上昇する水霧に沿って旋回し、沈んだり、また支えられたりしていた。
そのうち一匹が葉層を抜けた。
そこでようやく、あれが巨大な生き物だと分かった。
小屋ほどの大きさがある。四肢は腹の下へ収められ、前肢と体側の間には幅広い葉形の膜翼が張っていた。雨水が翼膜から滑り落ち、縁には半透明の緑光が浮かぶ。
そいつは水霧に沿って降りてきた。
最後に、あたしたちの前の太い板根へ着地する。
膜翼はゆっくり畳まれ、背を覆った。そうなると、垂れた巨葉が二枚あるように見える。
同じ影が、まだいくつも高いところを旋回していた。
エイリンは顔を上げている。
その目が、少しずつ明るくなっていった。
人の半分ほどもある吸血虫、想像できますか?
小さな蚊だけでも十分に厄介なのに、あんな大きさですから……。
虫の話は、もうやめておきましょう。
藤臂獼と蜘蛛の共生という仕組み、面白かったでしょうか。私は、生き物たちの行動がこうして互いに絡み合っていく感じがとても好きです。
我ながら、なかなかです。ははは。
けれど、今はそんなに気楽ではいられないようです。
あの巨鳥が、もう皆の目の前まで来ています。
どうぞ第八節「風の道」をお楽しみに。




