第9章 「定例会乙号事件」②
○月○日、天気晴れ
本日は定例会の日だ。実に三ヶ月ぶりの参加である。
爽やかに晴れ上がった空を私は見上げた。
雲一つない絶好のフライト日和の艦砲日和。私の心は正直踊っていた。
例によって私は板橋にあるファミレスの前で小川さんとカネコさんが来るのを待っていた。
今までは余り無かったのだが、いかんせん二人に合うのは久し振りなので気持ちは完全に舞い上がっていた。
例によって重いトートバッグを右に左にかけ直しながら、二人が来るのを待った。
私がスマホで時間を見てる時に、足音が聞こえたのでそちらを思わず見た。
しかし、それは小川さんではなく営業職っぽい男性だった。
彼は私の前を足早に通り過ぎていく。
「ふぅ」
思わず溜め息をついてしまった。
「まだ、辛いダカ」
私が声をした方に顔を向けると、心配そうに私の顔を見上げる男性がいた。
「あ、小川さん」
私はポツリと呟くように彼の名を呼んだ。
しかし、その呼び方に妙な違和感を感じた。
なんというか、冷めてしまったのだ。
先程まであれほど定例会のメンバーと会うのを楽しみにしていたのに、いざ彼を目の前にすると、潮が引くように私の心は冷めてしまったのだ。
私だけなのだろうか?気づかった言葉をかけてもらったにも関わらず、ナゼかその言葉は私の心に響かなかった。
これを小川さんに対する違和感で片付けて良いものかどうか、自分のなかで沸々と煮え切らない感情が沸き上がってきていた。
「カネコさんが定時に来る事は無いから先に中に入ってまってヨウ」
小川さんはそういうとファミレスの入り口に身体を向けた。
私がその動作に合わせようとした瞬間、雷のような音が私達の耳を貫いた。
そしてそれは歩道に乗り上げ、私達のいるファミレスの入口の前で停まった。
グルルルとまるで肉食獣が喉をならすような威圧的な音が下っ腹に響く。
私にはそれが何か解るまで少々時間がかかったが、二輪車。バイクである事は解った。
しかし、デカイ。明るい緑色の塗装の膨張効果もあるからだろうか?バイクというものが解らない私にもそれが相当なモノだと、うかがい知れる。
それに跨がる人物にも目がいった。
顔全体を覆い尽くすヘルメットの襟足から、茶色の髪がはみ出ていた。
それに気付いた時に野獣の喉鳴らしは止んだ。辺りに静寂が訪れる。
それに跨がる人物はヘルメットの顎紐を慣れた手つきで解いた。そして脱いだ。
「ふぅ~」
そのバイクが持つ威圧的な雰囲気とは対照的になんとも気の抜けた声が私と小川さんの耳に入った。
「あー!カネコさん今日はバイクで来たノカ!?」
「んぁ」
「え!?カネコさんバイクの免許持ってたの!?」
「んぁ。一応、今日は時間ヤバかったからバイクですっ飛んで来た」
「しかし、デカイバイクだナ」
「んぁ。カワサキの1200cc。ZX-12Rてーの」
「1200!?え?川崎?」
「んぁ。ヤッパ隊長はそこに引っ掛かるのな」
「川崎ってあの?」
「んぁ。あのカワサキ」
「川崎重工ダナ」
「へぇ~」
「んぁ。へぇ~って随分だな。隊長が好きな戦闘機、飛燕の末裔だぞ」
「え?えぇ、あぁ、うん」
「んぁ。なんか威勢がないな。いつもなら。『このバイクからは飛燕のようなエレガントさは感じないワ』とか言いそうなのに」
「貴様!歴史的名機とそんな野蛮な乗り物と一緒にするな!とかカ?」
「んぁはっはっはっ。それな!」
小川さんとカネコさんは笑い合う。しかしそれに加われない自分がいた。それに気付く二人。
「んぁ。立ち話も何だし中入ンべ」
カネコさんの一声で私達は入店した。
何かよそよそしい雰囲気で久し振りの定例会は幕を開けた。
いつもの窓際のテーブル席についても私はボーっとしていた。
「隊長。雑誌の用意してもらっていいカナ?」
と、小川さんに促されて雑誌○をトートバッグより慌て取り出した。
小川さんは割り印を確認すると封筒を引き破き、中にある三冊に結束された雑誌○を取り上げ、結束を解いた。
そして三人の前に置く。
「…」
私は無言でその置かれた雑誌のページを捲った。
「んぁ。隊長、号令なし?」
カネコさんに問われてハッとするが
「号令?」
と聞き返してしまった。
「用意。テッ!ってやつダヨ」
「んぁ」
「あぁ、ごめんなさい。用意、テッ」
「…んぁ」
「んん…」
小川さんとカネコさんは一旦顔を見合わせて雑誌のページを捲る。
三人が黙々と無言で雑誌を見ていると、その間に小川さんが注文したコーヒーがテーブルの上に置かれた。
「んぁ~」
カネコさんが顔をあげ、背伸びをしながら口を開いた。テーブルのコーヒーからまだ湯気がたっている。
「なんか、あれだな。今日はもうお開きにすんべぇ」
「んダナ」
「え!?なんで?」
「んぁ。なんか噛み合わねェんだよ」
「そうダナ」
「噛み合わない?」
「まだ、隊長疲れてるんじゃ無いノカ?」
「そ、そんな事全然無い!二月ぶりの会合よ!なんだったら場所を変えて…」
と、私が席を立とうとした瞬間賑やかな集団が入店してきた。
そしてその集団は私達の隣のテーブル席に案内された。
「とりあえずお疲れ~」
背中越しに聞き覚えのある声が私の耳に入った。
その瞬間に背筋に何か得体の知れないゾワっとした感触が走り抜けた。
いわゆる、冷や汗なのだろうか?浮かしかけた腰を再びシートに落ち着かせた。
しかし、自分の後ろにいる集団が気になってしょうがない。
「んぁ。板橋が似つかわしくない客だな」
カネコさんがコーヒーの入ったカップを取手を使わず取り上げる。
「そーダナ」
と小川さんもその集団に視線を注ぐ。
「今日のロケハンはこれで終了だから、少し早いけどお昼にして、あとは編集部に戻って打ち合わせね」
女性の声で午後からの仕事の段取りを決めていたのが聞こえる。
「んぁ。あいつら出版関係か?」
「ダナ、板橋は大きい印刷工場があるから、出版社関係の人はよく来るけど、その人達はどちらかといえば、高島平より志村のほうダナ」
「んぁ。確かにそうだな」
「…」
「んぁ。隊長黙りこくってどうしたよ」
「気分でも悪いダカ?」
「い、いえ…そ、それより場所変えない?」
「んぁ。なんで?」
「あーっ!」
小川さんが突然スッ頓狂な声をあげる
「あの女性、ファッション雑誌の編集長ダヨ!」
そう。私達の隣の席にいるのはJ&J編集部の一団で、一際目立つ存在の女性は久我山編集長だ。




