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ワタクシ。Ritaであります!  作者: リノキ ユキガヒ
第9章 「定例会乙号事件」
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第9章 「定例会乙号事件」①

 「ごめんなさい」

 夕暮れの板橋区、私はカネコさんに頭を垂れた。

「んぁ、しゃーねーべ」

 彼はそう言いながら雑誌○が、三冊入った茶封筒を受けとる。そして愛車アルファロメオのボンネットに腰を落とした。車体全体からほんの少し軋む音が漏れ聞こえてくる。

 なんというか非常にセンチメンタルな言い方だが、まるで車が定例会の中止を残念がって泣いてるようにワタシには聞こえた。

「本当にごめんなさい」

 私は再び、謝ってしまった。

「んぁ。気にしてねーよ、それによ。自営業なんて忙しくてナンボだべ。稼げる時に稼いどく方がイイぜ」

 くわえ煙草でカネコさんは気を使った返事をくれた。

「そう言ってもらえると少し気が楽になるわ」

 私はそこで彼にようやく笑顔を見せる事ができた。

 駅前のロータリーにそって彼の愛車は停めてある。そう長々と話す訳にはいかない。その傍らに私たちはいる訳だ。

 カネコさんは

「んぁ、まぁ身体に気ィつけてな」

 と言いながらオークリーのサングラスをかけると運転席に乗り込んだ。

 キュルルとセルモーターの作動音がエンジンのクランキングを促すと辺りに爆音のような排気音が響いた。

 私はその音に少しばかり恐怖というか、怒りのようなものを投げつけられたように感じた。

 なんというか、態度、言葉にしないが心の奥底に溜まっていくわだかまりのような、ドロリとした感情。

 非常に薄くはあるが私と二人。小川さんとカネコさんとの間に壁のようなものの存在ができていく感触。

 駅前ロータリーをゆっくり旋回するカネコさんの深紅のオープンカー。それを傍観者のように視界に捉え続ける自分。

 あれだけ「固守」ではなく「死守」と言っておきながらその最終防衛線は簡単に突破されてしまった。

 実にあっさり。

 自分で言うのもなんだが、このような例えが正しいかどうか解らない。

 そう、「マジノ線」のように。

 アルデンヌの森をドイツの機甲師団はあっさりと突破して来た。

 言い訳がましいが、私自身それは不可抗力だと言いたくなる位に仕事量が激増したのだ。

 勿論、マネージャーさんは訳も聞かず私の指定した日にちをオフにしようと必死にスケジュールの調整をしてくれた。

 しかし、出版業界といわずどのような業種、職種においても仕事にはトラブルは付きものだ。

 いや、むしろスケジュールどうりに事が進む事の方が珍しい。

 自分の趣味がバレるまででもそれなりに忙しい身分ではあったが、それでもスケジュール事態に多少のアソビはあった。

 そのアソビである程度は突発的な事項は回避できた。

 しかし、本当にスケジュールがキツキツに詰まってしまうと、一つの原因で、日程はどんどん狂っていく。

 そのため、他の仕事をどうにかしなければならない。

 そうやってドミノ倒しのようにずれていくスケジュールは、私一人の力ではどうにもならないのだ。


 だがしかし、いままで定例会に中止が無かった訳ではない。

 学生の頃であれば試験、受験が絡めばそちらを優先した。

 そして、社会人となり皆それぞれに仕事を抱え始める。

 カネコさんは自営業で自動車関係の仕事をしていてお客の都合や突発的なレッカー、出張修理なんかで欠席や退席する事もある。

 小川さんは大手チェーン書店の雇われ店長をしているのでお店にトラブルがあった場合は顔を出せない時もある。他店舗のイベントやらのヘルプで欠席なんかもある。

 勿論私も海外ロケなど、どうしようもない場合は欠席をする。

 しかしその頻度は、精々各個人で一年で一、二回程度だ。

 日にちを変える事で解決できるのであればそうするのだが、私のスケジュールが簡単にはいじれないので、大概は一名欠員で会は執り行われる。

 定例会でいじれる日時は精々、午前中の開始を午後にするとか位だ。

 しかし、二回連続で定例会が中止になったのは会が発足して以来初めての異例の事態なのだ。

 このような事は今まで無かった。運がよかったといえばそれまでかもしれないが。

 大体、三人しかいない会なので二名の欠員が出た時点で自動的に中止は決定される。

 よくあるパターンというか、会にとって鬼門となるのが年末、年度末で、私と小川さんは年末はどうしても忙しくなりがちで、年度末は自営業者である私とカネコさんは確定申告の時期なので煩雑な事務作業が増える。

 特に年度末は二人して書類仕事が苦手な為、滑り込みで税務署に書類を提出する。

 しかし、そこには銘々に仕方がないという感情があった。

 しかし今回は違う。主たる原因は私にあるのだ。

 それも二回連続で定例会の中止は決定された。

 一回目はカネコさんの配慮によるものだ。

 私のスケジュールが殺人的に変貌したのを察して

「んぁ。隊長が頑張っているのに俺ら二人が楽しむなんてネーんじゃねーの」

 と言う意見があったからだ。その一声で中止は決定した。

 そして二回目だが、こちらは実にタイミングが悪い。運命のイタズラとしか言い様のない事だ。

 余りの殺人的スケジュールの為、遂に私はダウンしてしまった。簡単にいうと過労の為に現場で倒れてしまったのだ。

 一週間のドクターストップ。

 その間に定例会は流れてしまった。

 勿論、出欠の有無を確認する間もなく、一時的にではあるが私は音信不通になったのだ。

 因みに私が過労でダウンした事を小川さんとカネコさんはネットニュースで知ったらしい。

 二人から心配するメールが来たのは知っていたが、返信事態はしていない。彼らは私の回復をまたネットニュースで知る事となる。

 つまり大事があったのに私の口から二人に対しては何も言ってないのだ。

 今思えば、ここから不気味な不協和音が私達の間には発生し始めた。それはまるでローレライの歌声のように。

 疑心暗鬼のハーモニーは三人の心の隙間に入り込みその妖しい歌声を響かせていく。

 増幅されたそれは徐々に三人の間にある羅針盤を狂わせる。

 やがて海図が信じられなくなる。

 そうなると計算が合わなくなっていく。

 全ての計器が誤作動をおこしてる気がする。

 現在地を見失う。

 舵が定まらない。

 そして最後は自分が信じられなくなる。

 それは即ち、仲間を信じられなくなるのと同義だ。

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