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080 その人達は今

2016. 1. 10

「通算五十回目の召喚。おめでと~っ」

「っサヤカ姉さん……っなに数えてんっすかっ!!」


今回、銀次が召喚されたのは、深い森の中の神殿。


小さな、幼い少女一人によって呼び出されていた。その少女へと目を向けたサヤカが呆れたように言う。


「その上、こんな小さな子に……節操ないなぁ」

「っ、選んでねぇっすよっ!」


目の前で繰り広げられる銀次とサヤカの会話に、少女は呆然とその場に座り込んでいた。


サヤカは笑みを浮かべると、屈み込んでその少女へと語りかける。


「あ、ごめんね。それで、お嬢ちゃんは、このお兄ちゃんに何をして欲しいのかな?」

「え……あ、お、おかぁさんをげんきにしてくださいっ」


言わなくてはと思ったのだろう。それだけを一心に願って、誰か助けてくれと、少女はこの打ち捨てられた神殿で丸一日祈り続けていたのだ。


「お母さん、病気なの?」


これに、不貞腐れていじけている銀次にちらりと目を向けてサヤカが尋ねる。


「はい……ったすけてくださいっ」

「うんうんっ。ほら、銀次。この健気な子を助けなくちゃ。行くわよっ」

「なっ、ちょっ、サヤカ姉さん、迎えに来てくれたんじゃ……」


いつもは、迎えに来てくれた魔女達が速攻で地球へと連れ戻してくれるのだ。


理修が嫁いでしまってから、来るのは魔女の中でもサヤカが一番多い。


見た目の年齢が近い分、とても話やすいのだが、たまに突拍子もないことを始めるので、注意だと銀次は常々思っていた。


「あんたバカ?こんな小さい子が助けて欲しいって言ってるんだよ?それでも勇者か」

「うっ……いや、えっと、それを認めた事は一度もないっす……」


何度召喚されても、銀次は勇者であることを自分から認めたことはない。


「往生際の悪い男だねぇ。そんなだからリズちゃんにふられんのよ」

「ふっ、ふられてないっすよっ!!」

「あぁ、ごめん。告白もできない腑抜けだったね」

「……っ」


ついに理修への想いを告げる事が出来なかった銀次。


シャドーフィールドでは、隙があればこれをネタに銀次をからかおうとする者が多い。


「さぁ、お嬢ちゃん。お母さんを元気にしようね」

「っうんっ!」


嬉しそうに立ち上がる少女は、サヤカの差し出した手を取ろうと手を伸ばす。


だが、長く同じ体勢でいたことと、食事も碌に摂っていなかったのだろう。不意にその体が傾いだ。


「危ねぇな。大丈夫か?」

「あ、おにぃさん……」


意識が飛びそうになる感覚など、初めて味わったようだ。その瞳には恐怖の色が見えた。それを無視できる銀次ではない。だから、その小さな体を支えた。


「ったく、しゃぁねぇな」

「わっ」


見兼ねた銀次が、少女を軽々と抱き抱える。


「ほれ、家はどこだよ」

「あ……あっち」


少し恥ずかしそうに頬を染めた少女は、銀次の首に咄嗟に腕を回し、家の方を指さした。


「よし、行くぞ」


そう言って、銀次は朽ち果てた神殿を出る。それを追うサヤカは、銀次に見せないように密かに優しい笑みを浮かべていた。


なんだかんだ言って、銀次は勇者。助けを求める者を放っておけないのだ。


「ふふっ」

「な、なんだよ、サヤカ姉さん……」


甘い子だなと思わず笑ってしまったサヤカに、銀次は少しだけ振り向いて嫌そうな顔をした。


「うん?ふふっ、このスケコマシ」

「っ、なんでだよっ」

「そんな小さな子までたらし込もうなんて、サイテー」

「おいっ、なんでそうなるっ⁉︎」

「やだ、自覚がないのっ?やるわねぇ。姐さん達に報告しとくわ」

「だから、なんでだよっ」


こうして銀次は、勇者として喚び出され、魔女達に遊ばれる楽しい日々を送っているのだ。


◆ ◆ ◆


シャドーフィールドの総帥、オルバルトの第一秘書である氷坂真子は、関口総合病院に来ていた。


「マコちゃんが風邪をひくなんて、何十年振りかの?」


昨晩から体調がおかしいと思い、氷坂真子は昼前にようやくこの、人以外でも診察可能な関口正に診てもらいに来たのだ。


「申し訳ありません、マサ先生……」

「ええよ。気になさんな。けど、雪女ってぇのはおもしろいねぇ。夏だから良かったものの、周りが冷えて大変じゃわい」

「本当……すみません……」


雪女である真子は、極力周りへと影響を与えないように厚着をしていた。


そして、その前に座る正も、真夏だというのに防寒具をきっちり着込み、部屋のエアコンを冷房から暖房に切り替えていた。


「不思議じゃなぁ。熱が出るのではなく、マイナスまで体温が下がってしまうとは……それも周りの温度を氷点下近くまで下げる程の影響力……お前さん。風邪をひいたこと、気付かんかっただろ」

「面目ありません……」

「午前中に何人か、仮死状態に近いシャドーの社員が運ばれて来おったぞ」

「はい……」


自分では周りの温度が下がっている事に気付かないのだ。その為、午前中に仕事をしている間、その影響を受けて数人の姿が消えていたことにも気づかなかった。


「総帥に言われて気づきましたので……」

「この暑さじゃぁ、外に出ると白い冷気が見えた筈じゃがな」

「日が上る時分に出社しましたので……気付かず申し訳ありません……」


日中は暑いが、まだ、朝方はそれ程でもないのだ。薄明かりの中を歩いたので、気付けなかったのだろう。


「気を付けんとダメじゃぞ。ほれ、部屋を用意してやるから、そこで完治するまで動くんじゃないぞぇ」

「……全力で治します……」


残して来た仕事を思いながら、真子はここから丸一日。周りの人達の安全の為、部屋に監禁されるのだった。


◆ ◆ ◆


「おい、ミヤビ、時間切れじゃぞ」


そう今日も可愛らしいワンピースを着て白いパラソルをさしながら宙に浮いて現れたのはナキだ。


これに答えるのは古稀を迎えた頃に見える男性。深月雅。


「マジかよ。あとちょいなんだがなぁ。ってか、今日はサヤカじゃねぇんだな」


いつもとは違う迎えに、雅は何かあったのかと眉を寄せる。


「あやつは今、尻軽勇者のお迎えじゃ」

「……ほんと、あの坊主は節操ねぇな……」


理修への断ち切れない想いが鍵だと思うのだが、そうとは教えてやれない。傷付き、悩むのはわかっているからだ。だから、からかう。笑い半分に自覚を促すのだが、今の所、その成果は出ていなかった。


「今回で五十回目だとか言っておったぞ。帰ったらパーティじゃ」

「そりゃぁ、楽しそうだ……お〜い、アヤメ。終わりそうか?」

「うん。あと三分待って。青華姉さぁ〜んっ」


雅の孫の綾愛が、後ろに広がる森へと大きな声を発した。


「なんじゃ。青華は手伝っておるのではないのか?」


てっきり、二人の付き人として着いて来ているものだと思っていた青華がいない事で、ナキは首を傾げる。


「うん。青華姉さんは、あたし達に着いて修行してるの。ナキちゃんなら知ってるもんだと思ってた」


綾愛は、ナキの年齢や魔女としての実力を知っていても、ナキの事を『ナキちゃん』と呼ぶ。


ナキ自身がそう呼べと誰もに言うのだが、素直にこう呼んでいるのは綾愛だけだ。ここが綾愛の凄いところでもある。


「さすがに、あれの行動まで把握しようとは思わんからのぉ。あれか?リズリールの事、まだ諦めておらんのか?」

「みたい」


青華は、理修を主人として仕える事を目標としていた。それは、理修がトゥルーベルに嫁いでいってしまってからも変わらず青華の目指とすべきものだった。


「お待たせいたしました」


突如として現れた青華に、ナキでさえ目を見開いた。


「腕を上げたのぉ……」

「本当……最近の青華姉さんは人の粋を超えちゃってるね……」

「うむ……魔術が使えないのが惜しいのぉ。立派な魔女になれただろうに……」


その身体能力は、誰もが称賛する程高い。着実に超人の粋さえも越えようとしている。


「ナキ様にまでそのような事を言っていただけるとは……恐れ入ります」


微妙に褒めていないのだが、青華はこれで充分なようだ。


「諦めておらんのだな」

「はいっ。理修様のお役に立てるように、精進あるのみ。魔族の方や魔術師の方にも負けぬ力と自信を手に入れたなら、理修様の下へ馳せ参じる所存でおります」


熱いその思いに、ナキも綾愛も、雅でさえ遠い所へと視線を投げることしかできなかった。


「ほ、ほどほどにね……」

「懐かしく思うのは気のせいではないようだのぉ……あやつの父やその父もリュートリールに仕えるのだと息巻いておったわ……」


これは、一族の悲願だと、青華に気合いが入るのも仕方がないのだ。


「ほれ、そろそろ帰るぞ」


呆れながらも、雅が促す。


「おぉ。そうじゃった。では、行くぞ」


こうして地球へと帰還するのだ。


◆ ◆ ◆


「ねぇ、ウィル」

「なんだ?」


理修は、ウィルバートと城のテラスでお茶を楽しんでいた。


「今日ね、夢を見たの。じぃ様が出てきたわ。今よりももっと幸せな日があった……」

「リズ……」


労わるよな目を、ウィルバートが理修へと向けた。


それに理修は笑みを深めて言った。


「大丈夫よ。夢よりももっと私たちは幸せになれるわ。じぃ様が思わずあの世から戻って来たいと思う程、きっと楽しい日々がこれから待ってる」


自分と、愛するウィルバートがいて、幸せでない筈がない。そう理修は確信していた。


「そうか。そうだな。今度、二人で父上や母上に会いに行こう。それで、久しぶりに墓参りをしなくてはな」

「ええ」


そう言って微笑む理修の顔は、ウィルバートを心から癒していく。


出会った当初は、ウィルバートもこうして夫婦になる事など予想できなかった。


これからも、多くの予想できない事が待っているだろう。


ずっと先の未来まで、二人は寄り添って生きていく。


これが伝説の魔術師リュートリールの後継。リズリールの長い人生のほんの小さなひとコマだった。



読んでくださりありがとうございます◎



この80話にて完結とさせていただきます。

長い間、ありがとうございました◎



今後は、この物語から派生するお話を予定しております。

リズちゃんの娘や息子も登場予定です。



こちらも予定ですが、深月家の短編でも書ければなとも思っています。



では、またお目に掛かれる日を楽しみにしております。

支えてくださった皆様に、心からの感謝を◎


紫南


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