狂気の魔術師
黒い孔のようなものから出てきたのは笑みをたたえた老人だった。老人は警戒する様子もなく、荒れた大地に足を踏み入れ、周囲を見渡し一層笑みを深くする。
その様はどこか散歩でもするような気軽さだった。
「お初にお目にかかります。私はパステ・ヴィムス、しがない魔術師でございます」
老人は落ち着いた声でパステと名乗り、恭しく頭を下げた。
パステは、どこか枯れ木を思わせた。声にこそ生気を感じさせるが、その姿からは生気は感じられず、押すどころか風が吹いただけでも倒れそうで、弱々しく今にも朽ち果てそうですらあった。
あまりにも場違い。ここにいるのは何かの間違いとしか思えない。杖をつき日がな一日公園のベンチに腰掛け、柔らかな表情でただ余生を過ごしているほうが似合っているだろう。
―――――体に血のにおいを染み付かせていなければ。
その瞳は冥く輝き、狂気に飲まれている。
魂が穢れている。人としての矜持を忘れ、己が欲望に溺れ、あらゆるものを路傍の石程度も見ていない。
まさに外道。
パステはこちらの様子を気にせずに歓喜の声を上げる。
「ここが伝え聞く世界の狭間にあるという試練の場、神界の入り口というわけですか。いやはや、すばらしい! なんて感動的なのでしょう・・・・・・あまりの感動に体が、震えてしまいます。どの世界にも属さず、どの世界の影響も受けない。ああなんてすばらしい・・・。これこそまさに奇跡! 紛れもない神の御業!」
パステは手を広げ、吹きすさぶ渇いた風やひび割れた荒野、赤く染まった空を眺め、顔を赤らめ声と体を震わせ涙を流し、興奮を抑えずに言葉を漏らす。
どこか芝居がかったその動きは突然止まり、深く深い、冥く冥い狂気に染まった瞳がエイゲンを見据える。
まるで情緒が安定していない。狂っている。
「故に」
―――――さっきまでの様がうそのように、表情は冷たく、
「許せないのです」
―――――その声から感情は消え、
「あなたという存在が」
―――――しかし淡々と狂気を垂れ流す。
「あってはならないのですよ、人が神になるなど」
―――――そして、
「私は、あなたという存在を滅するためにここにきました」
そしてパステは魔力を解放する。その身から迸る魔力は、人の身では数秒と耐えられず四散するだろう。その量、制御力そして強靭な肉体、もはやそれは人を超えている。
「今日より私は、神殺しとなりましょう」




