6:出会って1分でのプロポーズ
「はあい。時間外の突貫仕事は、通常料金の10倍だよ~~」
間の抜けたというか、いつもと変わらない日常を思わせる間延びした声とともに、恰幅の良い女将さんが相手の確認もせずに扉を開いた。
時刻は夕食時を過ぎ夜分に近く、就寝時間も近いからだろうか? 寝巻みたいなぺらぺらなワンピース型の夜着で出てきた女将は、目の前に立つ、見た事もない黒い騎士礼装に身を包んだ美しき黒髪の騎士に、顎が外れそうに大口を開いた。
「夜分に失礼する」
「あ、は、はは、その……うううう、うちはッ、王都ライセンスなしに、鍋から剣までなんでも修繕してますが、おてんとうさまに不義理なことは、してませえええん!」
お許しください~~!! とその場に座り込んで土下座になる女将に、山賊みたいな風貌をした親方がが悲鳴を上げて飛んで来て、カナーンと女将の間に割って入ってくるなりのスライディング土下座を決め込んできた。
「なんだかわかりませんがッ! 法に触れる仕事はッ、恐らく? してないと思います!! お縄に掛けるならば、オレだけで!!」
「なにか、勘違いしているようだが」
神にでもひれ伏すように両腕を上下に振りまくり、「すいませんすいません」と雄叫びを上げる恐らくは親方夫婦に、カナーンは表情も変えずに片膝をつき、愛剣「はーちゃん」を差し出した。
「私は憲兵でもなんでもなく、貴方の客だ。私の大切な剣を救ってくれた刀鍛冶に会いに来た。貴方が、私の剣を生き返らせた鍛冶師か?」
吃驚して顔を上げた山賊親方は、涙と鼻水にまみれていたけれど、そんなことよりも気になることがあって、カナーンは内心「マズいなあ」と溜息を吐いていた。
はーちゃんを救ってくれた刀鍛冶を辺境領に連れ帰るため、求婚しようと心に誓ったのに、おっさんなのはさておき、奥方が居るとなると、話が変わってくる。
正直、とても困った。
こんな小さな、今にもつぶれそうな鍛冶屋だから、鍛冶師はきっと、ひとりしかおるまい。さあ、どうしたもんか。妻がいることは想定外だった。重婚は、法律上無理だろうし、女将さんを守るために盾になる気概のある親方だから、離婚させるのも無理だろう。
うむむっと眉を寄せるカナーンの前で、親方の顔色が、さああっと青くなった。
「その剣、は……。オレは、手出し出来なくて―――アス、が」
「駄目だよ! あんたああ!!」
ぼかん! っと、親方の後頭部をどっから出したのか年季の入った真っ黒いフライパンでぶん殴り、女将が鼻息荒く大きく息を吐いた。
「―――何が、駄目なんだ?」
親方は、はーちゃんに手出しが出来なかったらしい。
わかる。うちの領地の刀鍛冶もみんな同じことを言っていたから。
ならば、だ。
はーちゃんを救ってくれたのは、この親方ではなく、
「アス。という、刀鍛冶は、おられるか?」
もうひとり、いるのだな?
ここに、私のはーちゃんを鍛えなおした、刀鍛冶が、存在するのだな?
ひと睨みで屈強な騎士ですら背筋を震わす、真っ赤な眼光で睨み見据えるカナーンに、ただの鍛冶屋の女将などひとたまりもない。そのはずなのに、女将はぎりっと唇を噛み締め、両足を踏ん張って、カナーンの顔を真っ直ぐに見上げてきた。
「……名のある大貴族の騎士様とお見受け致します。先ほどからの、ご無礼は、お詫びいたしますますので、どうか、このまま、お帰りくださいまし。わたしどもは、生活の為、騎士様の剣の修復を請け負い、納品をさせて頂きました。これ以上は」
「何を隠している?」
私の本気の威嚇を真っ向から受けるとは、なかなかに肝の据わった女将である。隣で意識不明になっている、鼻水を垂らした山賊親方よりもよほど見所があるというモノだ。
だが、私も引くわけにはいかないのだ。
なにせ、はーちゃんの今後の命運と、私の婚姻が掛かっているのでね。
「――どうか、お許しを!」
「許せんな。貴女がどう止めようと、私は、はーちゃんの救い主と会わねばならん」
「は、はーちゃん? って、お待ちくださいいいい!!」
問答無用でずかずかと上がりこみ、足に縋りついてくる女将を引き摺り、カナーンは鍛冶場に向かった。ごうごうと燃える炎が見えるし、熱すぎる熱波が炎の方向から流れて来るから、案内なしでもどこに行けばいいかが一目瞭然だ。
「お許しください! 騎士様!! どうか、どうかッ、お情けを!」
「無礼を許せ。こちらも、私の婚姻に係る。一生が掛かっているんだ」
「へ?」
何を言われているのか分かりません。と右足に縋りつく女将の力が緩んだところで、カナーンは鍛冶場への仕切りだろう薄汚れた大布を、力強く捲り上げた。
鋼を溶かす鍛冶の炉が、赤々と煌々と燃え上がるその前に、ひとりの長身の刀鍛冶が、佇んでいた。
刀鍛冶は真っ直ぐに炉の炎を見据えているので、背面しか姿が見て取れず顔は伺えないが、カナーンは相手を一目見て、すべてを理解した。
この刀鍛冶は、『人間』ではない。
耳の形状が、違う。
ピンと尖ったその耳は、竜人族特有のもので、人のそれとはまるで違う。
更には、手ぬぐいに巻かれた髪色だ。炎の赤を映してもわかる程にその髪は真っ青で、そんな髪色を持つ人間はこの世に存在しない。
女将が、命懸けで私を止めてきた理由が、コレか。
ふむふむと腕を組んで、顎のあたりに手をやるカナーンに、女将を血の気を失いその場に座り込み、やっと息を吹き返したらしく、もう一回飛んできた親方も心臓が止まったみたいに息を飲んで、昏倒した。
人外のモノが、騎士の命よりも大切な剣に触れた。
そうだな。コレだけで、通常ならば死刑確定だ。
女将が血相をかえ、命懸けで私を止めに掛かった理由が、コレでわかった。
武器関連に関していえば、鋼の練成はドワーフに頼るトコロが多いが、こと、剣に関しては、騎士と剣士は触れる者を限定する傾向にある。
人外のモノが剣に触れるのは、禁忌。
何故ならば、人外のモノが触れた剣は、『魔剣』になるから。
古より、どうしてかそんなわけのわからない言い伝えが横行しており、現代においても、その考えは踏襲されている。が、カナーン以下、辺境領の人間はソレを「ありえない」と一笑にふしている。
だってだな、世紀の聖剣とか言われて王宮に聖遺物として奉られてる「エクスカリバー」は精霊が作ったものと言われているし、世に名を知ら占める名剣の大部分はドワーフが鍛えたモノであると、誰もが知っている。
なのになんで、剣に人外のモノが触れるのが禁忌なのか?
恐らくは、仕事を取られて食っていけない鍛冶師と、プライドだけが高くて腕がなく名剣を手にできない騎士が、そんなことを触れ回ったことによる副産物の伝承だろう。
私はそんな迷信を信じてはいないし、はーちゃんを救ってくれたのが魔族だったとしても、礼を尽くす心の準備はしている。
目の前の刀鍛冶が、見た目そのままの竜人族だとしたら、生きる時間がかなり違うことになるが、ひとり身であるならば、婚姻チャンスがあるやもしれない。
向こう正面がざわついて来た。
煩いやつらが到着したようである。
どれ、早々に求婚し、辺境領に彼を連れて帰る算段を取らねばならん。
どっこらしょっと、片膝をついての求婚スタイルを取ろうとしたカナーンの前で、刀鍛冶がゆっくりと動き出した。
この騒ぎにもびくともせずに、というか、全く耳にも入っていないようで、炉の中の鋼を取り出し、練成しようとして、ふと視線をカナーンに向けてきた。
青髪よりも深くて青い、夜空のような群青色の瞳の中に、鍛冶場の炎が火球みたいに煌めいていた。
カナーンは、息を飲んだ。
彼の群青色の双眸に捕らわれて、見動くことも出来ずに、時が止まった。
光も届かない鬱蒼とした深い森の中で、夜の空のような群青色の瞳が、自分を見ていた。心の奥底にしまい込んだ、何よりも大切な、宝石のような記憶が、カナーンの中に蘇る。
何故ならカナーンは、この瞳の色に、恋をしていたから―――。
青髪の刀鍛冶は、この場に居る筈のない来訪者にはっとして、今、気付いたかのように度肝を抜かれ、赤々と燃えている鋼をその場に落としそうになって、慌てて炉の中に戻し、声にならない悲鳴を上げた。
「お嬢!!」
「「カナーン!!」」
ギャラリーが到着してしまったようだが、カナーンには名案が浮かんだ。
副官バートラムと、親友アレクシスとベンヤミンがいれば、公認見届け人は十分なので、このまま略式婚約ができる。
よし。せっかくだから、一気に進めてしまおう。
カナーンの決断力は、物凄く早い。
それは、辺境領という、一分一秒が命に係わる最前線に生きる中で培われた、生き抜くための最大の武器で、コレに救われたものは辺境領には佃煮にするほどに多数存在するが、同時にそれに振り回され、貧乏くじを引く者も、非常に多い……。
「私と結婚して欲しい」
鍛冶屋の親方と女将さんは腰を抜かして石床に崩れ落ち、その場の時は止まった。
炉の炎だけが赤々と燃え盛りごうごうと音をたてて、今、会ったばかりの、名も知らない一見すると男にしか見えない美麗な騎士に求婚を受けた「アス」と呼ばれた青髪の刀鍛冶は、手にした金槌を握り締め、その場に立ち尽くすしかなかった。
この求婚劇が、カナーンによる刀鍛冶への真の一目惚れであることを、青髪の刀鍛冶はまだ知らない。




