5:カナーンは決意する
新生『はーちゃん』を腰に帯び、騎士礼装のまま、カナーンは王宮近衛騎士団から借用した馬を駆っていた。
目指す場所は、ただひとつ。
はーちゃんを助けてくれた刀鍛冶の居場所を聞いた瞬間、矢も楯もたまらず、相手に会うことしか、頭になくなってしまった。
はーちゃんはもともと、本当に美しい剣だったけれど、件の刀鍛冶は、そんなはーちゃんの美しさを損ねることなく、更に研ぎ澄ませ、見事な刀身に生まれ変わらせてくれた。
はーちゃんを蘇らせ生き返らせてくれた刀鍛冶に、私は畏怖とも畏敬とも……もしかしたら、今まで持ったこともない深い尊敬と愛情ともいえる感情が入り混じり、今すぐに、どうしても会いたくなってしまった。
いや―――。今、絶対に会わなければいけないのだ。
「お、お嬢?! 領内のお嬢の愛馬じゃないんだから! 無理させ過ぎ!!」
「鍛冶屋までもたせるから問題ない!」
礼儀と儀礼知らずの田舎育ちである自分の登城に危機感を持った父上が、目付け役として押し付けてきた辺境騎士団での副官であるバートラムが、小姑みたいに五月蠅い。今はソレどころでないのだから、黙って着いて来いというのだ。
「だ~から~!! 俺も勝手が違う馬を借りてるから、追い付けないんだって~!! お嬢!!」
「なら後ろから追って来てる、アレクとベンと一緒に来い! あの二人が場所を知ってるから!」
馬首を右に向け、城下を駆け抜け下町の路地へと馬を走らせる。
王都城下町の地図は頭に入っているし、先頃、ギルベルトの居室でベンヤミンが広げた下町地図も覚え込んだ。
目指すは、下町から更に奥まった位置にある、王都最底辺の人々が暮らす下町路地の名もなき鍛冶屋。ソコに、はーちゃんを救ってくれた素性も知れない名工が、今日も刀を鍛えているはずだ。
ベンヤミンは言っていた。
――夜通しいつも刀を打っている人ならざる者、らしいが、腕は確かだった。
そうだ。それだけは確かだよ、ベンヤミン。
はーちゃんをこんなにも見事に復活させて、というか生まれ変わらせてくれた名工だ。心の底からの礼を伝え、その功績を褒め称えるために、私は今、刀鍛冶の元に向かっている。
ベンヤミンの話によれば、刀鍛冶はどうやら人ならざる者らしい。だからこそ、日の目を見ない下町の更に裏路地で、名もなき刀鍛冶としてひっそりと刀を打ち生きているのだろうが、
「何ともったいない……」
カナーンは手綱を握る手に力を籠め、呟いた。
その腕を、城下の下町で腐らせておくのは惜し過ぎる。
はーちゃんの今後のメンテナンスも頼みたいし、こうなったら、何としてでも、どれだけ金を積んででも、辺境領に連れ帰りたい。
私は、刀鍛冶にリクルートを申し出たくなった。
「どう、口説き落とせは良い―――?」
「お嬢おおおおお! 待って~~~!!」
背後に遠のくバートラムの声は、カナーンにはもう聞こえなかった。
下町の暗がりの路地を、右に左に折れながら馬を駆り、カナーンは考え続けた。
口説き落とす。
自分の一番苦手な分野である。
力業や物理攻撃は得意ではあるが、精神論的な攻撃は、自分にはとても向いていないことをカナーンは自覚している。
どうしたものかと頭を巡らせ、カナーンは先刻の夜会を思い出していた。
あの場は、私の為に用意した、父監修による見合いの場だったと、ギルベルトは言っていなかったか? 自分の好みは「自分よりも強い相手」と公言し、コレに見合う相手には未だかつて出会ったことがない。王都での見合いなんて、腕っぷしの強い男もいないだろうし、ちゃんちゃらおかしくて、何も得る物はなかったが、良いヒントを、ひとつだけ与えてくれたようだ。
「―――婚姻」
自分と婚姻を結ばせれば、辺境領に連れ帰る事が出来るし、もとより辺境家は、人の恋路に興味のない家系だ。人ならざる者だろうと、完全なる人外だろうと魔族だろうと、当主となる者が選んだ伴侶であれば、口を挟むものなど誰一人存在しない。
もともと、カナーンは人を恋い慕うという感情が乏しく、好きな人間は多いが、好きと恋との違いがイマイチ良くわからない、恋愛音痴である。
辺境伯家の跡継ぎである自分にとり、婚姻は使命であり、後継を生むのは決定事項である。子供をどう作るのかは、教育による知識として知ってはいても、その為の相手を選定する基準がない。ひとまず「自分より強い相手」と、聞かれたら伝えてはいるが、別にソレが子を産むための伴侶への判断基準というわけでもない。
自分の伴侶を選ぶとしたら、ひとりだけ、頭に浮かぶ者はいるものの、その者とは、もう会う術もないのでどうしようもない。
希望する相手と添うことが出来ないのであれば、自分が子を産む相手など、正直誰でもいい。ならば、はーちゃんを救い、これからもはーちゃんを輝かせる相手を選んでも、問題はないのではないだろうか?
そこまで考えて、カナーンが馬上で出した結論は、こうだ。
「そうだ、面倒だから、求婚しよう」
カナーンが心にソレを決めた時、目の前にベンヤミンの見せてくれた鍛冶屋のマークが目に入った。裏路地の外殻ともいえる、石畳も消え失せた、土くれの埃っぽい小道の先に、鍋に二本の剣がクロスした、何を伝えたいのかわからないマークを掲げた、鍛冶屋がひっそりと佇んでいた。
夜闇の、石壁も闇に同化する暗がりの中で、硝子すら入っていない窓から、煌々とした炎の赤い輝きが見えた。
鍛冶屋の炉の炎だ。
カナーンは息を整え、ひらりと馬上から地面に降り立った。これから、会ったこともない相手に求婚するのだと思うと、流石に心臓が変な動悸を伝えて来る。
どんな相手かもしれない刀鍛冶。
年も何も全く情報はない。
知っているのは、はーちゃんを蘇らせた、匠の腕のみ。
王城からここまであり得ないスピードで走り抜けてくれた近衛騎士に借りた馬を労い、近くに在った馬留に手綱を括り、カナーンは鍛冶屋の扉の前で大きく深呼吸した。
求婚って、どうすればいいんだろうか?
ハタッとそれに気付いたカナーンは、腕を組んで頭を捻った。
辺境騎士団の同僚が、幼馴染とやらにサプライズで結婚の申し込みをするのに付き合わされた時、アイツは確か―――片膝をついて、左手を心臓に当て、右手を捧げて、何と言っていたっけ?
「……アレをそのまま、真似すればいいか」
うん。そうしよう。
自分がこれから行うことを頭の中で反芻し、顎に手をやってうんうん唸っているカナーンの背後に、複数の馬の蹄の足音がそう遠くない距離から聞こえてきた。バートラムと、合流したらしいアレクシスとベンヤミンがそろそろ到着しそうな様相だ。
「アイツらが来たら止められそうだから、早いトコ求婚した方が良さそうだ。よし」
意を決したカナーンは、鍛冶屋の木製の扉を叩いた。
この時より1分後。
カナーンは自分が刀鍛冶に一目惚れすることを、まだ知らない




