4:はーちゃん戻る
帝国最高の煌めく皇城夜会ホールの中心で、自分に集中する視線になどまったく構いもせず、カナーンは幼馴染三人衆に向かい声を上げる。
「よし。とりあえず私の見合い話のことはどうでもいいから、お前達の求める対価を払う。私の大切な剣を生き返らせてくれた恩義があるからな。さあ、言え! そして生き返った私の剣をこれへ!!」
ばっ!! と両手を差し出し、ふんす! と鼻を鳴らしたら、大理石の床に崩れ落ちていたこの国の皇太子と貴公子二人が、物凄い悲壮な表情を浮かべて私を見上げてきた。
「お、俺の対価は……この夜会にお前を引っ張り出したことで支払いは終了だ……」
皇太子ギルベルトが、くうっ! と白手袋の先を噛み締めるのを、婚約者のアナスタシアがよしよしと頭を撫でて宥めている。本当に優しいなあシア。聖母の微笑みだよ。
「……俺は、対価に、ドレスを着たお前と一曲踊って貰おうと画策していたんだが―――」
ギルベルトと同じく、白手袋の先を憎々し気に噛み締めて、フラれ女の斜め座りみたいな格好で悔しがる大公家嫡男アレクシスに、カナーンはやれやれと右手を差し出す。夜会に集う貴族たちが惚れ惚れと頬を染める、周囲にキラキラな光が溢れる超貴公子顔で―――。
「それが対価ならば、一曲踊って頂けますか? 対価がそんなもんでいいならお安い御用だぞ、アレク」
「俺が踊りたかったのは、ドレスを着たお前ッ!」
「騎士礼装同士でダンス踊るのも、一興じゃないか? ほら、辺りの貴婦人とご令嬢たちが大喜びだ」
アレクシスの手を取って、白手袋の指先にキスを落としたら、貴婦人達から黄色いとも桃色ともとれる「キャー!」という悲鳴にも似た嬌声が上がりまくる。
最近、美しい貴公子同士や、騎士同士、はたまた、貴公子と騎士の恋愛小説が巷を席巻しているそうなので、なかなかにウケは取れると思うよ?
「一応ダンスには自信がある。私が、リードでいいな」
「いいわけあるか?!」
べちん! と私の手を払い除け、そう叫ぶなり瞬時に立ち上がったアレクシスが、そっぽを向いてムクれてしまった。アレクシスの顔は真っ赤である。なんだ。フォロー役はやっぱり嫌なのか? わがままだなあ。なんで考えてたら、これまたゆっくりと立ち上がったベンヤミンが、膝の埃を払いながら真っ直ぐにこちらを見据えてきた。
「私がカナーンに求める対価は――。帝都にカナーンがいる間で良いので、私に、一日時間をください」
「時間? そんなんでいいのか?」
「ちょ、待て! ベン! それこそ抜け駆け―――ッ」
「抜け駆け?」
あわあわとアレクシスの口を抑えだすギルベルトとベンヤミンが、アレクシスを蹴り倒した。
「お馬鹿なアレクはほおっておいて、ギルとベンは、カナーンに言うことがあるでしょう?」
ほほほ。と扇で口元を隠す貴婦人の所作のアナスタシアの顔が、心なしか黒い。知ってはいるけどアナスタシア。貴婦人に擬態しているけど、相変わらず中身は私と一緒だね? 後ろ足でアレクシスをヒールで踏んづけているのが見えてるよ。
「う、うむ。カナーン、あのだな!」
「貴女の剣が、鍛冶屋から先程戻って来ています。見ますか?」
「今直ぐ!!」
くるりっと踵を返し、どことも場所すら聞いていないのに、カナーンは夜会会場から歩き出し、というか走り出し―――皇太子とその婚約者、プラス貴公子二人は駆け足でカナーンを追った。
主役不在の夜会に残された結婚適齢期の紳士淑女たちは、一連の一幕を傍観し、ふいに手を打ったひとりのご令嬢の拍手に釣られるように、次々にそれが広がっていった。ホールに鳴り響く満場の拍手は、彼らへの盛大なアンコールの様だったが、残念ながら幕が開くことはない。
舞台は、夜会会場から皇太子の居室へ、そして、下町路地へ移動するからである。
・・・
夜会会場から辞し、ギルベルトの居室へと移動した一同は、声を無くして剣を捧げ持つカナーンの姿を、見守るしかなかった。
カナーンが幼い頃に「大切な友達」から託されたという剣は、最初は間違いなく短剣だった。だがその短剣は、カナーンの成長と共に、短剣から片手用短剣に、片手剣に、そして現在の長剣へと成長する、世界にひとつしかない『魔剣』だった。
幼い事から剣修行にと、辺境伯領に修行に出されていたアレクシスとベンヤミンは、それを知っている。彼ら二人よりも回数は少ないとはいえ、同じく剣修行に辺境伯領を訪れていたギルベルトも、そのことはよく知っている。
だからこそ、此度のカナーンからの『魔剣』の再生依頼は、混迷を極めた。
『魔剣』を修復することなど、人間の刀鍛冶が出来る筈もない。
彼らはカナーンの為に、普通ではない鍛冶屋を探し、人ではない人外の「魔」を操る謎な刀鍛冶をド根性で探し出し、見事カナーンの願いを叶えて見せた。
「……ギル、アレク、ベン」
震える声で、カナーンは親友の名を呼び、大切な剣と離れていた短くない時のことを思い出していた。
大切な自分の剣は、多少の刃毀れならすぐに修復するから、見た事もない謎な魔物の血のせいで、真っ黒に刃毀した時は、一緒に死んでしまいそうな心持になった。
大切な私の剣が―――戻ってきた。
それも、見た事もない程の美しい鋼の輝きを纏って―――。
煌めく白金は、吸い込まれるように冴え冴えと光を反射し、その刃文は青い空に浮かび上がる白い峰の様に美しい。
なんという事だろう……。
私の大切な剣が、以前の美しい姿を踏襲しながらも、更に美しく姿を変えて、私の手に戻って来てくれた。
「……はーちゃんが、有り得ない程に美しくなって、私の元に還ってきてくれた」
惚れ惚れと、震える手で”はーちゃん”を捧げ上げて見惚れていたら、ギャラリーが五月蠅い。
「はーちゃん……? って、もしかして」
「シア……。そのもしかして、だ。次期辺境女伯は大のマイ剣狂いで、”はーちゃん”なんてイカレタ名前を付けて、愛でてるんだ……すりすりして頬を切る事も日常茶飯事なんだぞ」
「それも『刃物』の”はーちゃん”だ。あり得ないネーミングセンス……」
「貴方だって愛剣を『正義』とか呼んでいるので、人のことは言えないでしょう、アレク?」
いやあ……。美しいな美しいな、本当に美しいな……。
元の姿に戻らなくても、これからも一緒に戦ってくれる剣に戻ってくれるだけ嬉しかったのに、こんなにも美しく、そして強く、生まれ変わってくれるだなんて、思いもよらなかった。
「ありがとう。本当に、感謝する」
視界がぼやけて、涙が滲んでくるのがわかる。大切な”はーちゃん”を生き返らせてくれた、大切な親友たちへの感謝に胸が熱くなって、それを何とか伝えたいのに、言葉が出てこない。
「ありがとう……」
それしか、言えなかった。”はーちゃん”を握ったまま、三人に抱き着いたら、三人共に照れくさそうに笑って「危ない」と声を揃えた。
大丈夫。斬れないから。私の”はーちゃん”は、私が「斬ろう」と思わないと斬れないお利口さんだから。
「で」
「「「で?」」」
これだけは教えてもらいたい。どうしても、教えて貰わねばいけないから。
「はーちゃんを助けてくれた刀鍛冶は、どこにいる?」
この時より30分後。
カナーンは自分が刀鍛冶に膝をつき、求婚を土下座で願うことになるのを、まだ知らない。




