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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第七章 堕落の街

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第51話 同じ空を

51.同じ空を


 あの夜から、三日が経った。


 闘いは、勝利と呼ぶには曖昧な形で、終わりを迎えた。


 黒幕の手がかりはなく、研究施設の証拠もほとんど残されていない。仲介者の男から、新しい情報も出てこない。


 でも、僕たちは生きている。


 みんな無事だ。


 なら、次がある。それだけは、確かなことだった。


 僕は、学校の昼休みに屋上へ出ていた。


 気持ちのいい風が、僕の前髪を揺らしている。


 遠くで誰かが笑っている声がした。

 校庭でボールを蹴る音。

 みんなの話し声。


 いつもの音、いつもの空気。


 なのに、なぜか胸の奥に、まだ冷たいものが残っている。


「大祐くん、お弁当食べないの?」


 桜さんが、心配そうに声をかけてくれた。


「……ちょっと考え事してて」

「そう、無理しないでね」


 桜さんは、それ以上何も聞かなかった。


 僕の言いたくないことを、いつも察してくれるような気がする。


 それが、今の僕には——ありがたかった。



 

 放課後、特事(とくじ)の本部から呼び出しが入った。


 はるかさんに会うため、僕は雪村くんと特事を訪れる。


「保護した研究員たちの、容態が安定したわ」


 僕は肩の力が抜けた。


「だけど、協力をお願いできそうなのは、神代(かみしろ)さんくらいね」


 はるかさんは、書類を捲りながら告げた。


「今日から面会も可能よ。あなたたちが助けたんだから、会いに行ってあげて」

「分かりました」


 僕は頷いた。


 雪村くんは何も言わない。ただ、一度だけ小さく息を吐いた。




 研究員の人たちは、特事管轄の病院で保護されている。ここには限られた人しか入れないらしい。


 神代さんの病室は、四階の奥にあった。


 扉をノックする。


「どうぞ」


 落ち着いた声。


 扉を開けると、神代さんがベッドに座っていた。


 白いシーツ。窓から差し込む日の光。


 顔色はまだ少し青い。でも、あの夜よりずっと落ち着いている。


「来てくれたんだね」


 神代さんは、僕を見てふっと微笑んだ。その笑顔に、僕の胸が緩んだ。


「具合、どうですか?」

「だいぶ良いよ。もうすぐ退院できるらしい」

「よかった……」


 ボロボロだったあの姿を覚えている。だからこそ、本当に良かったと思える。


 手の冷たさも、震える声も。あの部屋の空気も、全てが苦しかった。


 その人が今、ちゃんとここにいる。


 それだけで、僕は救われる気がした。


「君は……真田大祐くんで、合ってるよね?」

「そうです。僕のこと、覚えててくれたんですね」

「忘れられないよ、あの手の温かさは」


 神代さんは、自分の肩に手を置いた。


「あの場所は……全てを、少しずつ失っていく」


 声が揺れている。


「でも——君の手に触れた時、まだ生きてるって思えたよ」


 僕は、なんと返したらいいか分からなくなった。ただ、身体が熱くなった。


「小之野雪村くん」


 神代さんは、ベッドの脇に立っている雪村くんに、視線を向けた。


「君にもお礼を」

「礼はいい」


 雪村くんは、淡々と返した。


「俺は仕事をしただけだ」

「それでも——」


 神代さんは、少し笑いながら続けた。


「君がいなければ、私はまだあの地下室だよ」


 二人は静かに見つめ合う。雪村くんもわずかに微笑んでいた。


 その視線に一瞬だけ、何かが宿った気がしたが、すぐに消えた。


「大祐、俺は医者と話してくる」

「あ、雪村くん……」


 雪村くんは短くそう言って、病室を出ていった。


「大祐くん、いいんだよ」


 神代さんは、優しい声でそう言ってくれた。


「すみません、誰に対してもあんな感じなんです」

「きっと優しい人なんだね、そういう人ほど不器用だから」


 その言葉は、強く僕の胸に残った。


「雪村くんは……大祐くんの良い友達なんだね」

「えっ、そ、そうだといいんですけど……」


 改めて聞かれると返答に困る。それに顔が熱くなってきた。


「いつの間にか、なってるものさ」


 なぜか、神代さんに相談しているような雰囲気になっていた。話しやすい空気が心地いい。


「私にも、一緒に学んだ友がいてね。しばらく会ってないな」

「落ち着いたら会えますよ」


 普通の生活に戻れる日も、それほど遠くないはずだ。


「神代さんは、明日からの現地調査に同行してもらえると聞きましたが?」

「うん、そのつもりだよ」

「すごいですね、自らあの場所に戻るのは……」


 他の研究員は、現地調査に関しては拒否しているらしい。神代さんが唯一の例外だった。


「今回の件で、私は友も裏切ってしまったから……償いはしないとね」

「それはどういう……」

「……私たちは医者なんだ」


 それが神代さんが攫われた理由の一つなのは間違いない。


 簡単に、しょうがなかったでは片付けられない事情がある。


「正直、逃げたいよ。全部忘れてしまいたいくらいだ」


 神代さんは自嘲するように笑った。


「でも、逃げたらきっと——救えなかった命まで、無かったことにしてしまう」


 一度、言葉が途切れた。


「私はこれから先、命を救う度に……救えなかった命を思い出すことになる」


 その言葉が、僕の身体を貫いた。


 拳に力が入る。


 僕が口を開こうとした、その時——


 病室の扉が、軽くノックされた。桜さんと百合さんが顔を出す。


「あ、大ちゃん!」


 百合さんが元気な声を出す。


「私たちもお見舞いに来たの」


 桜さんが、申し訳なさそうに微笑む。


「賑やかだね」

「……すみません、病室で……」

「ふふ、二人とも、素敵な子じゃないか」


 神代さんは、二人を見て柔らかい表情をしていた。


「君が百合さん、かな?」

「そう! よろしくね、神代さん!」

「よろしく」


 桜さんが丁寧に頭を下げる。


「あの……ご迷惑じゃなかったですか?」

「いや、嬉しいよ。こうして、誰かが訪ねてくれることが」


 神代さんは、窓の外を見た。


「こんなに和やかなのは……随分と久しぶりだから」


 その横顔に、一瞬だけ影が差した。しかし、すぐにまた笑顔に戻る。


「大祐くん、いい友達に恵まれたね」

「はい、けど……友達というより、仲間ですかね」


 僕の言葉に、百合さんが反応した。


「ちょっと、大ちゃん! 恥ずいこと言わないで」

「ご、ごめん」

「大祐くん、謝る必要はないわ」

「桜だって、顔赤いよ」


 神代さんが、声を出して笑った。


「本当に、賑やかだね」


 その笑顔は、どこにも影がなかった。ただ、嬉しそうに——僕たちを見ている。


 桜さんも百合さんも、何も詮索しない。その気持ちを神代さんは受け取り、明るい声を出している。


 穏やかな時間が過ぎていた。


 もう一度、神代さんは窓の外を見た。


 夕焼けが、空を赤く染めていた。


「……少し外の空気が吸いたいな。付き合ってくれるかい?」

「いいですね、気分転換しましょう」


 神代さんが身体を起こすのを手伝う。


「じゃあ、私たちは雪村さんと合流してるね」

「うん、また後で」

「神代さん、またねー」


 手を振り、神代さんはまた微笑んだ。


 僕たちは階段で屋上まで向かう。そして、扉を開けて外に出た。少し風が出ているが、心地いい。


 なんとなく二人で並んで、屋上から見える景色を眺めた。


「君は、どうしてあの場所に来たんだい?」


 唐突な質問に、僕は少し戸惑った。


「……どうして、ですか……」

「危ない場所だ。普通行かないよね」

「はい……でも」


 僕は、少し考えてから答えた。


「誰かを、助けたかったから」


 僕をじっと見る、神代さんの視線を感じる。


「そうなんだね」


 それから、ふっと笑った。


「いい目をしている」

「え?」

「自分のためではなく、誰かのために動ける人なんだね」


 顔が熱くなった。


「そんな、大層なことじゃ……」

「いや、それは尊いことだ」


 神代さんは、優しく口を開く。


「私はね、自分のことで精一杯だった」


 その言葉には、諦めと後悔が同時にあった。


「だから、君のような人を見ると、眩しくて、少しだけ怖くなる」

「……神代さん」


 僕たちは似ているようで、似ていないのかもしれない。


「ごめんね、変なことを言って」

「いえ……」

「君は——いい子だね、本当に」


 ふと、空を見上げた。


 空は、夕焼けから夜に変わろうとしている。


 神代さんも、同じように空を見上げていた。


 けれど、どこか遠く——僕たちとは違う場所を見ているようにも思えた。


「僕は君に救われた。ありがとう」


 不意の言葉に、僕は安心して目頭が熱くなった。


 この人は、これからゆっくり、傷を癒していく。日常を取り戻せる。


 僕は救うことができた。


 そう思えることが、こんなにも穏やかだなんて。胸の奥の冷たいものが、少しずつ溶けていく気がした。


 僕たちは今同じ空を見上げている。


 それだけで、十分奇跡だった——


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