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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第七章 堕落の街

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第50話 見えない糸

50.見えない糸


 煉さんからの連絡を受け、東地区の繁華街にやってきた。


 雑居ビルの一室——黒木組の事務所。


 みんなが出迎えてくれたので良かったが、入るまでは相当緊張した。


 ネオンの光が窓の外で揺れている。外から誰かの笑い声が聞こえる。普通の夜なのに、僕はなぜかドキドキした。


「全員、よくやってくれた」


 雪村くんが、軽く手を挙げた。


「ダーリン、お疲れ様! うち、めっちゃ頑張ったよ!」


 雪村くんは笑顔で、百合さんの頭を撫でた。


 百合さんは元気そうに見える。だけど、身体はソファに深く沈み込んでいた。


「百合、無理しないで」


 桜さんが、隣で水のペットボトルを差し出す。


「桜、ありがと」


 受け取る百合さんの手が、少しだけ震えていた。


 空飛くんは、まだ興奮が冷めていないようで、いつもより元気だ。


「主様! 僕ちゃんと役目を果たしましたよ」

「お前に任せて良かったよ」

「ありがとうございます!」


 跳ねるように喜んでいる。風魔さんは、その後ろで静かに頭を下げた。


 恭介くんと狛人くんは、隅で何か話している。狛人くんは僕に気がつくと、声をかけてくれた。


「あれ、使ったの? 上手くいった?」

「うん、ありがとう。狛人くんのおかげだよ」

「僕は何もしてないよ」


 少し顔に疲れが滲んでいるが、狛人くんは笑顔を見せてくれた。


 みんな無事に帰ってきた。僕は、その事実だけで胸が温かくなる。


 だけど——


 部屋の奥で、椅子に縛られた男がいる。その日常では見られない光景に、僕の気持ちが乱される。


 その男の横には、煉さんが立っている。


 煉さんだけは、まるで何事もなかったかのように涼しい顔をしていた——



「こいつか」


 雪村くんが男の前に立つ。


「あぁ、仲介者だ」


 煉さんが肩をすくめた。


「恭介たちのところから、ここに逃げ込んできた」


 男は必死に首を振っている。


「俺は……俺は、頼まれただけなんだ! 命令通りに動いてただけで……」


 その声には、本物の恐怖があった。


 雪村くんは何も言わない。どんな顔をしているのか分からないが、ただ見下ろしている。


 それだけで、男の身体が小さくなっていく。


「恭介」

「はい。では——」


 雪村くんに名前を呼ばれ、恭介くんが静かに前に出た。


 眼鏡を押し上げて男の前に立つ。手には男のスマホを持っている。


「いくつか、お伺いします」


 穏やかな声だが、逃げ場がない。


「送信履歴、振込先、連絡手段。まずはこの三点をお願いします」

「……」

「拒否するのでしたら、私の能力で読み取りますが?」


 声から感じる温度が、さらに一段と下がった。僕の身体が、底から震えた。


「い、言うっ! 言うから……!」


 あっけなく男の心は折れた。


「連絡用としてそのスマホを渡された。メールや電話は全部その中だよ」

「ロックを解除してもらえますか」

「……顔に近づけてくれ」


 恭介くんはスマホを男の顔に近づけた。ロックは無事解除されたようで、素早く操作している。そして、そのままはるかさんにスマホを預けた。


「ありがとうございます」


 その言葉が一番怖かった。




 その後、男は知っている範囲のことを話した。


 受け取り場所。

 合言葉。

 受け渡しの時間。

 報酬について。


 特事の職員がパソコンで入力しているが、その手が止まらない。


 だけど——


「こいつ、ただのパシリじゃん」


 百合さんが、ポツリと呟いた。


「ただの駒か……」


 煉さんも同意した。


「恭介、どうだ?」

「えぇ、嘘はないですね」


 恭介くんがキッパリと断言した。


「そ、そうなんだ……俺は、ホントに……」


 その姿を、雪村くんは黙って見ていた。そして、短く呟いた。


「やはり裏にいるな」


 その一言は、みんなの口を閉じさせた。静寂と緊張が場を満たしている。


 その時、事務所に特事の職員が入ってきた。職員は、はるかさんに何かを耳打ちしタブレットを渡す。


「押収品の確認、終わったわよ」


 手元のタブレットを操作しながら、はるかさんは続ける。


「総量、約三万錠」


 事務所内がざわついた。


「それだけあれば、数千人分はありますね」


 恭介くんが、淡々と告げた。


 数千人——


 その数字の重さに、僕は喉が詰まる。


 もし、これが街に流れていたら。

 もし、誰かの手に渡っていたら。


 考えるだけで、背筋が冷たくなる。


「今回の荷物は大阪方面から流れてきている。どうやら二箇所で研究と製造が行われているようね」


 東京の研究所だけじゃない——


「それが分かったのは大きいわ。A.V(アーヴィー)も大量に回収できた」


 はるかさんは、僕たちを順番に見た。


「今夜の作戦は、完全勝利と言っていい」


 その言葉に、空飛くんが顔を輝かせた。


「主様! 勝ちましたね!」


 場を和ませる無邪気な声。


 しかし——


「まだだ」


 雪村くんは振り返らなかった。


「……え?」


 空飛くんが、きょとんとする。


 雪村くんは男の方を見ている。その背中から警戒する気配が消えない。


 その時——


 はるかさんの手の中で、男のスマホが振動した。


「メール?……ん、急に熱く……」

「!」


 煉さんが反応した。


 異変を察知した瞬間、はるかさんからスマホを奪い投げ捨てた。


 次の瞬間。


 スマホ内部から白い火花が噴き出した。


 煙が立ち上がる。焦げた匂いが広がる。


「な、なに……」


 男が情けない顔でぼやいた。


 その時、煙が突然意思を持ったように動き出した。


 白煙が黒く染まっていき、細く伸びる。


 生き物みたいに揺れる。


 そして、男の口と鼻から、体内に一瞬にして侵入する。


(まずい!)


 誰かが叫ぶより早く——


 男の目の色が変わった。


 堕ちた——そう感じた時。


 僕の身体が反応した。


 無意識のうちに両手を合わせる。


 何も考えていない。だけど、脊髄で反応した。


「——慈祈掌(じきしょう)!」


 僕の身体から穢れの掌が男に伸びる。男の身体を包み込み、侵入した穢れを捉えた。


 合わせた手のひらに感じる小さな痛み。僕は構わず力を込めた。


 何かが弾けたように感じ、穢れは消滅する。それを確認してから、両手を下げた。


 室内の音が全て息を潜めている。


 達成感などなく、ほのかな怒りが僕の身体を占めていた。


 恭介くんが無言でスマホを確かめる。


 画面はもう何も映していない。完全に焼け落ちている。


「……今のは?」


 狛人くんが、息を呑んだ。


「遠隔起爆」


 煉さんが、その疑問に答える。


「内部から焼かれている。データは戻らないだろう」


 部屋が静まり返る。


 男が壊れたスマホを見つめていた。その顔は青ざめている。


「そん……な……」


 声が震えている。


「俺のこと……殺そうと……」


 男は、椅子の上で崩れるように頭を垂れた。


「大祐に救われたな」

「う……」


 もう男が持っていた情報は、何一つ残っていない。


 男は用済みになった。その意味を、男自身が一番分かっているはずだ。


 誰も口を開かない。


 その中で雪村くんだけが笑っていた。そう見えただけで、目は笑っていない。


「やるな」


 低い声。


「向こうも、ちゃんと見ているってことか」


 誰に向けたわけでもない呟き。でも、その一言で部屋の空気が完全に変わった。


 今夜の勝利は、勝利ではなかった。


 僕たちは見られていた。ずっと、向こうの掌の上だった。


 はるかさんが、雪村くんに告げる。


「この男は、特事で保護するわ」

「そうだな、頼む」


 雪村くんが振り向いた。


「みんな、今夜はもう休め」


 その声はいつもの軽さを取り戻していた。でも、誰もすぐには動けない。


 僕は動こうとして、足に力が入らないことに気がついた。今すぐ座り込みたい。


 慈祈掌の反動が、まだ残っている。いや、それだけじゃない。


 胸の奥に冷たいものが残っている。


「大祐」


 雪村くんが、僕の肩に手を置いた。


「よくやった、お前が救ったんだ」

「……うん」


 でも、僕は笑顔で応えることができなかった。


 今夜、僕は何かを救った気がしていた。


 だけど、僕たちは見えない糸に、絡め取られてる。


 終わってみれば、救えていない誰かが、まだどこかにいる気がした。





 暗い部屋。


 複数のモニターが、淡い光を放っている。


 各地区の映像が、整然と並んでいた。


 倒れた半グレたち。

 ヤクザの事務所。

 崩れた研究施設。

 縛られた仲介者。


 全部が、誰かの目に映されていた。


 モニターの前で、影が動いた。


 誰かが座っている。その顔は見えない。


 その指が、軽くテーブルを叩いた。


 一回、二回。


 そして——


 笑った。


「これが小之野雪村、か……面白い連中を集めたな」


 低く、温度の感じない声。


 しばらくの沈黙。


「……予想より、早かったな」


 もう一度、指が机を叩く。


「さて——誰から壊れるかな」


 モニターの光が、一つずつ消えていった。


 最後の一つだけ——


 大祐の後ろ姿が、しばらく映っていた。


「この力……興味が持てそうだ」


 やがて、それも闇に溶けた。


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