第43話 作戦会議
43.作戦会議
特事本部——最上階会議室。時間は午前十時。
「さて、この街を救う会議を始めるかの」
武士園定光全国穢祓師連盟会長の作戦会議開式の合図で始まった、特別ミーティング。煉は椅子の背に体を預けながら、出席者それぞれの顔を眺めていた。
(さすがに、理事が全員揃うと……空気が重いな)
全国穢祓師連盟——全穢連からは六名の理事。武士園の護衛として、九重兄弟。そこに特事から綾瀬川はるかも参加している。巨大なテーブルを囲む者たち。若者から老人までいる。だが、普通の人間は一人もいない。
ここに座る連中は——この国で最も多くの穢れを祓ってきた者たちだ。
ただし、今はもう前線には立たない。だからこそ、雪村やXbladesの存在が必要になる。
そして、全ての中心にいるのは——
小之野雪村、ただ一人。その当人は涼しい顔で、窓際に立っている。
「まずは状況の確認です。この街を中心に、穢れの発生件数が急激に増えています」
はるかが手元に資料を持ちながら、ゆっくりと全員に視線を巡らせた。声が少し硬い。
壁にかかっている巨大なモニターに地図が映し出される。皆が注目する中、小さな赤い点がいくつも灯った。
「赤い点はこちらに報告された事案です。今までも少しずつ増えていますが……」
その点の数は——明らかに異常だった。
「三週間前と比較して、約三倍に増えています」
はるかは静かに告げた。
「しかも、ただ増えているだけではない」
低い声でそう発言したのは、八津神真言。連盟の理事長を若くして務める、実質的な運営者。
端正な顔立ちに、知性を感じさせる眼鏡。穏やかな口調だが、言葉の一つ一つが鋭い。
「分布が不自然に偏っている」
はるかが画面上の点を、いくつかの線で結んだ。
「……意図的にばら撒かれている、ということか」
重い声を発したのは、東雲玄道。大阪の高校で校長を務める傍ら、全穢連の理事という立場にいる。
僧侶のような雰囲気を纏う男で、長い髪を後ろで束ねている。寡黙な男だが、存在感が強い。
「可能性は高い」と、八津神は軽く頷いた。
その時、別の声が割って入ってきた。
「可能性じゃないと思いますよ」
よく通る綺麗な声に、全員の視線が向く。
海千山千の理事会の中で紅一点。鷹宮真宵。
柔和な目元が特徴的で、煉としてもお近づきになりたくなる女性だ。しかし、穏やかな笑顔の奥に、何か近寄りがたいものがある。
「これは、人為的なものだと断言できます」
鷹宮はモニターを指差した。このメンツを前にしても、彼女は臆さない。
「自然発生の穢れなら、こんな綺麗なラインにはなりません」
確かに、この点の並びはまるで——配送ルートのようにみえる。
煉はその光景を見ながら、ゆっくり息を吐いた。
(やはり……気づいたか)
今回の件は、最初から臭っていた。ただの怪異増加ではない、人間臭い何かだ。しかし、煉にもまだはっきりと裏が見えていない。西側の遊びに手をかけ過ぎたと、ほんの少しだけ反省する。
「つまり——」
低い声が場に落ちる。
「裏に誰かいる、ということかな」
渡邉正隆。大和中学校校長兼、全穢連理事。白髪まじりの温和な男は、指を組みながら静かに座っている。
全穢連の良心とまでいわれているが、若い頃は相当な武闘派であったと聞いている。今は後進育成に熱心な人格者と評判だが、煉の中で警報が鳴りやむことがない。
「ならば、そいつを叩くまで!」
淡々と進んでいたミーティングを、大音声で一気に沸騰させたのは、古屋堂斬。
若い頃は最強と呼ばれた穢祓師で、斬という名に恥じぬ武の男。強さでしか人を判断せず、豪快な性格で声もでかい。
「古屋堂、そんな大声を出さずとも聞こえとるよ」
武士園に嗜められても、古屋堂は腕を組んだまま動かない。
「煉よ、報告を頼む!」
「古屋堂のおっさん、相変わらずだな」
全員の視線が集まる。
重鎮ばかりのこの部屋で、煉は雪村の次に若い。だが——軽く見られているとは思っていない。
煉は溜息まじりに、椅子から背を起こした。
「今回の穢れ増加だが——」
煉はゆっくりと話しを前に進める。
「原因は一つしかないだろ」
モニターが切り替わる。そこに映ったのは小さな淡い色の錠剤。
会議室の空気が張り詰める——
「A.Vだ」
淡々と語る煉の言葉に、短い沈黙が覆いかぶさる。
「……穢れ増幅薬か」
東雲が呟く。
鷹宮が目を細めた。
「まだ……流通していたのね」
「そうだな」
八津神が眼鏡を押し上げながら、同意を示した。
「これを見てくれ」
煉の言葉を合図に、モニターへ次々と写真が映し出される。明らかに隠し撮りしたような写真も多い。
押収品、売人、倉庫。そして錠剤——
「東京の地下で、完全に市場ができてるぜ」
理事たちの空気が完全に変わった。これはもう、穢れの話ではない。特事が取り締まるべき犯罪だ。
そして——
「これは、もう戦争だな!」
古屋堂が煉の気持ちを代弁した。
「……裏には何がおるんじゃ。掴んでおるのか?」
武士園の問いに、煉は両手を挙げる。
「残念ながら」
しばらく、それぞれが自分の世界に浸っていた。
やがて、武士園がゆっくりと閉じていた目を開ける。
「雪村よ……どうするつもりじゃ」
雪村が口を開く前に、先に煉が反応する。
「都市規模での掃討作戦しかないな」
そして、口を歪めた。
「Xbladesを出す」
その名前が出た瞬間——
会議室の空気が更に重くなり、理事たちの表情が変わる。
若い連中。だが——最も強い。
武士園は笑う。
「最初から、そのつもりじゃ」
古屋堂は腕を組んだまま、しばらく雪村を見ていた。その視線は危うさを測っているよう。そして、武士園の言葉に噛みつく。
「軽い! 随分と軽い決定だ」
古屋堂の大声に、全員の視線が動く。
短く整えられた白髪と鋭い目。その雰囲気は、まるで抜き身の刀だった。
「Xbladesを前線に出すのだろう?」
誰も否定しない。重い空気の中、古屋堂は煉を見た。
「若造に任せるには、荷が勝ちすぎる!」
力強く言い切るその言葉に、ある種の説得力はある。口に出さないだけ。その中で八津神だけが動いた。
「古屋堂」
大きくはないが、鋭い声。
「彼らはもう実戦経験を積んでいる」
古屋堂は鼻で笑った。
「子どもの喧嘩だ」
空気が冷える。だが、雪村も煉も表情を変えない。その代わりに、今度は東雲が体を乗り出した。
「……斬」
落ち着いた、なだめるような声。
「言い過ぎだ、わきまえろ」
古屋堂は肩をすくめる。だが、止めるつもりはなさそうだ。
「事実だろう。これは遊びじゃない」
その言葉には、妙な重みがある。何百という死を見てきた者の声だった。
八津神が、再び向き合う。
「だが、時代は変わった」
古屋堂が睨むように視線を向けるが、八津神は動じない。
「雪村がいる以上、これが一番確実だ」
「だが、Xbladesはまだ半分しか揃ってないではないか!」
「私も……今回の作戦には反対です」
鷹宮も反対意見に一票を投じた。穏やかながら、揺れることのない一声。
武士園と渡邉は静観し、東雲は古屋堂のお守り。いまいち、決め手に欠けるようだ。肝心の雪村もまだ動かない。
(あ、やば……めんどくさくなってきた)
八津神と古屋堂の言い争いが続く中、煉の意識は別のところへ向いてしまう。
確かにXbladesは、まだ半分の戦力だ。候補者はいるが、それでもまだ足りない。そして、現状のメンバーも経験が足りない。
それぞれ全員が、出来ることを頑張っている。しかし——
(せめて、雪村が中学生の内に、あと二人……)
煉の思考は、古屋堂が力任せに殴った机の悲鳴に中断させられた。
「——それに、あの真田大祐とかいう子どもを、何故連れまわすのだ! あんな武力のかけらも無い少年を!」
吐き捨てるように怒鳴る古屋堂に意識を戻す。思考を止められた煉の胸が波立った。
「戦場では邪魔なだけだ!」
その一言で何かが——キレた。
煉はゆっくりと立ち上がり、一呼吸置く。
椅子が僅かに軋む。
そして、全員の視線が集まる中、顔を上げた。
「……おい、お前ら、その辺にしとけよ」
煉の体から計り知れない圧が迸る。この会議室をすべて埋め尽くす圧。
経験豊富な理事たちだからこそ、感じる生命の危機。この場にいる全員の表情が強張る。思わずといった様子で、九重兄弟が武士園の前に体を入れた。
「あまり、俺たちを——」
煉が言葉を発するたびに圧が上乗せされる。
「怒らすなよ……」
激高しているわけではない。だが、静かな口調に潜む、マグマのような感情。古屋堂ですら、額に汗がにじみ始めている。
その時、初めて雪村が動いた。
「やめろ、煉」
「……あいよ」
煉は肩をすくめると、漏れ出していた圧を引っ込めた。張り詰めていた空気が解け、誰かが息を吐き出した。
九重兄弟も警戒をやめ、武士園の前から一歩退いた。
しかし——誰も口を開けない。
今、この部屋の意識は全て、一人に向いている。
小之野雪村。
窓際に立つ少年が、ゆっくりと振り返る。
「古屋堂」
「……何だ」
古屋堂は構えるような返事をするが、雪村の言葉は意外なものだった。
「お前は……優しいな」
「……」
「今度の敵は人だから、な」
(あ、そういうこと)
今回は今までと違い、穢れではなく人との戦いになる。だからこそ、経験のない大祐を出したくなかったのだと考えが及んだ。
反対したのは古屋堂と鷹宮の二人。鷹宮がいることに納得した。荒ぶる気持ちが凪いで行くのを感じる。
「なんだよ、おっさん。可愛いとこあるじゃねえか」
「ふん!」
完全にそっぽを向いた古屋堂をみて、理事たちの空気が和らいだ。
雪村の口元がわずかに緩む。
「……話は終わりか?」
その声は驚くほど軽い。まるで、さっきまでの騒ぎなど、どうでもいいといわんばかりだ。
だが——その一言だけで完全に主導権を握り、誰も口を挟めなくなった。
「じゃあ、簡単にまとめるぞ」
モニターを軽く叩きながら、場所を確認している。赤い点、配送ルートのような分布。
「売人、拠点、流通ルートもある。だったら」
雪村は肩をすくめた。
「全部潰せばいい」
あまりにも単純な答え。だが、それが一番確実だ。
「俺たちで片をつけるさ。なぁ、煉」
「ふっ……そうだな」
どうやら、雪村にいいように使われたらしい。しかし、それこそ煉が望む全てだ。
(あぁ、この瞬間のために俺は……)
胸が熱くなり、顔が緩みそうになるのを必死に堪える。ここでの自分の仕事は終わった。後は行動するのみ。
煉は立ち上がり、はるかにメモを渡した。
「はるかちゃん、後でこれをみんなに送ってくれる?」
はるかが素早く確認する。
『緊急招集。Xbladesおよび、この通知を受け取った穢祓師。明日の夕方本部へ』
「分かったわ」
やがて、武士園がおもむろに立ち上がった。
「では、この街を綺麗な状態に戻すとしよう」
武士園の言葉を合図に、全員が立ち上がった。
戦いが——始まる。




