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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第七章 堕落の街

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第41話 素晴らしき日常

41.素晴らしき日常


「大祐先輩、穢力きりょくの流れが固いですよ」


 特事とくじの地下訓練室は、いつもと違い騒がしかった。


「ご、ごめん。まだ慣れなくて……」

狛人はくと先輩は優秀です」

「……ありがと」


 腕を組んで立っているのは空飛くん。目は真剣そのものだ。広い訓練室の真ん中で、僕は一人だけ、汗をかいていた。


「溜めちゃ駄目です、流す感じです。基本ですって」

「その感覚が難しいんだよ……」


 みんなに見られているのも、上手くいかない原因の一つだと思う。やりにくい。


「大祐。先生にしっかりと基礎から叩き込んでもらえよ」


 雪村くんが、空飛くんを煽る。


「主様、大丈夫です! 僕が大祐先輩を立派な穢祓師に育てます」

「まかせたぞ」

「はっ!」


 空飛くんの声量が一段上がった。命じられて、従う。その距離感に、迷いがない。それどころか満面の笑みを浮かべている。


 僕はもう一度、自分の内面に深く潜ろうとする。基本にして奥義である穢力のコントロール。自分の負の感情と向き合い、己の力に変換する。


「いいですね……静かに、それでいて力強い穢れの波」


 空飛くんの声が、遠くに聞こえた。まるで水中にいるような感覚。


 さらに深く沈み込む——


「大ちゃーん、頑張れ! 上手くいったら、うちがいいことしてあげる!」


 百合さんの声が聞こえた瞬間、僕の足元で穢れが弾けた。


「……失敗ですね、でも、同情します」

「うん……」


 耳が赤くなっているのを自覚し、僕は顔を上げることができない。


「百合っ! 邪魔したら駄目でしょ!」

「ははは、ごめーん」


 桜さんが僕の代わりに怒ってくれる。となりで爆笑している雪村くんも、ついでに怒っておいてほしい。


「失敗しましたが、元々大祐先輩の穢力って安定しているんですよ」

「えっ、そうなの?」

「はい、それに尋常じゃないくらい多いです」


 初めて言われたことだった。もちろん認識もしていない。


「そうですね、大祐くんの穢力は膨大です」


 恭介くんも同意する。二人が同じことを言うなら納得するしかない。


「純粋な穢力の量なら、一番じゃないですかね?」

「そ、そんなに? 雪村くんよりも?」


 信じられない思いで聞いた。


「んー、僕では主様の穢力を測れないので、分からないんです」

「分からないって……そんなことがあるんだ」


 天才と言われた、空飛くんでも測れない。つまり、雪村くん以外では一番だということか。僕はしばらく呆然としてしまった。


「大祐は、いつも背負いすぎなんだよ」


 雪村くんがポケットに手を入れたまま、楽しそうに見ている。


「そうなの、かな」

「何もかも一人で守ろうとすんな。みんな助けてくれる」

「そんなつもりは……」


 みんなは、僕にブレーキをかけてくれる。気持ちが暴走しても、誰かが駄目だと言ってくれる。気持ちに安心があるから、僕は進めるのかもしれない。


「大ちゃんは、真面目すぎるんだよ」

「百合さん……」

「大祐くん、肩の力を抜いて」


 桜さんは微笑む。


「大祐くん、深呼吸してみてください」


 恭介くんに言われ、僕は素直に従う。二度深呼吸をしたら、穢力の波が穏やかになった。


「どう、落ち着いた? これ飲んで」

「ありがとう」


 狛人くんから、ペットボトルを受け取り、ゆっくりと時間をかけて、水を流し込んだ。喉を通る冷たさがありがたい。


 ようやく、心と体の静けさを取り戻せた。


 これなら——


「ふぅ……もう一度、やってみるよ」

「大祐、力を抜け。それから……沈め」

「——分かった」


 僕は目を閉じた。

 

 もう一度、水の中へ沈む感覚を思い出す。そのまま、どこまでも深く……深く……海の底まで。


 自分の鼓動だけが聞こえる、静寂な世界——


 そして、穢力が広がる。今度は弾けない。柔らかく、ゆっくりと円を描くように流れる。


「もう大丈夫ですね、数値も安定しています」


 モニターを確認する恭介くんの声がした。


「大祐先輩、ようやく穢力の流れを捉えましたね」

「……ありがとう。やっと、分かってきたよ」


 ゆっくりと目を開け、現実に戻る。


「綺麗な流れだったね」


 狛人くんが褒めてくれた。


「やれば出来るじゃん!」

「百合、あなたは何で上から目線なの……」


 桜さんは溜息まじりで呟く。正反対の二人なのに、リズムは同じで微笑ましい。


「じゃあ次の段階にいくか」


 雪村くんが手を叩いた。


「え? 何、それ?」

「対人でやってみろよ」


 対人訓練なんて初めて聞いた。何をするのか想像できない。


「桜、ちょっと相手してくれ」

「私? え、何すればいいの?」


 桜さんも戸惑っている。どうやら、雪村くんの思いつきの訓練らしい。


「大祐の邪魔してくれ」

「そういうことね、分かったわ」


 桜さんは、困ったように笑いながら、僕の正面に立つ。何だか心臓の鼓動がうるさくなってきた。


 そんな僕の状態はお構いなしに、桜さんの足元から、霧のような穢れが広がってきた。


「うわっ、何?」

「大丈夫だよ、攻撃したりはしないから」


 そう言われても、穢れが迫ってきて、更に鼓動が速くなる。


「大祐、穢れで体を覆え」


 返事をする余裕もないが、慌てて言われた通りにしてみる。だが、僕の穢れは、桜さんの霧に阻まれて動かない。密度が高い。


「何だ、これ!」


 力を入れたつもりでも、穢れはいうことを聞かない。さっきまでの流れるような動きをしない。


「大祐……力を抜けって言ってるだろ」


 しかし、今脱力したら、桜さんの穢れに押さえつけられそうだ。


「お前は歩くときに、意識的に力を入れてるか?」


 意識して……いや、無意識だ。


「何も意識しなくても歩けるはずだ」


 肩の力を抜く。足裏が地面に張り付く感覚。呼吸が整う。


「そう、それが自然体だ」


 僕の穢れが、桜さんの穢れをすり抜け体を覆う。力での押し合いにならない。


「もう……大丈夫だね」


 桜さんが微笑んだ。


「で、できた……」


 思わず声が出る。ふと、後ろを見ると空飛くんは控え目に拍手していた。


「さすが、大祐先輩!」

「天才に、そう言われるのくすぐったいな」


「今のは上手くいったよね」

「狛人くんまで、拍手するのはやめてよ」


 僕の気持ちも顔も緩む。


「ホントに大ちゃんは、愛されキャラだねー」


 百合さんの頬も緩んでいる。


「じゃあ、次は走り込みでもしますか!」

「えー!」


 僕は自分でも驚くほどの、大声を出してしまった。


「じ、冗談ですよ……」

「お前が言うと、冗談に聞こえねえ」

「主様……」


 地下訓練場に、みんなの笑い声が広がる。


 汗をかきながら笑う。くだらないことで言い合う。


 そして——誰かが支えてくれる。


 響く足音と声。


 そんな時間が、当たり前のように流れていく。


 まだ、誰も知らない……


 この素晴らしき日常が、どれほど尊いものだったのかを。



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