第39話 空を飛ぶ鳥のように野を駆ける風のように
39.空を飛ぶ鳥のように野を駆ける風のように
武士園会長はその顔に、自信に満ちた表情を浮かべている。
「風魔は、その長い歴史の中でも——歴代最強じゃ」
だからこそ、自分の護衛という立場を解いてまで、雪村くんに推薦できるのだ。Xbladesに最も近い存在。
九重風魔——
静かに佇む姿を見て、鳥肌が立った。
「それじゃあ、始めるわよ。二人とも中央へ」
はるかさんが取り仕切り、準備が進んでいく。
「これはあくまでも立ち合いよ。命に関わるような技は禁止ね」
訓練室は無機質な床や壁で囲まれた部屋。その中央に、空飛くんと風魔さんが向かい合った。
「猿飼空飛です! よろしくお願いします!」
「……君は、何のためにここへ?」
「分かりません……なぜか、こうなりました!」
「そうか」
話し方も、雰囲気も対照的な二人。並んでみると、体格の違いも歴然としている。風魔さんの方が、圧倒的に上背がある。
「空飛、胸を借りる……なんて考えならやめとけよ」
「もちろん、勝つつもりです」
「ならいい」
勝利宣言を聞いても、風魔さんは表情を変えない。始まりの時を静かに待っているようだ。
「二人とも準備はいい? 雪村、合図して」
この場の支配者によって——その時は訪れる。
「始めろ」
合図が出た瞬間、空気が変わる。
空飛くんは、さっきまでの少年の空気ではない。顔は笑っているが、圧を感じる。今は静かに呼吸を整えていた。
一方の風魔さんは、微動だにしない。背筋を伸ばし、視線は雪村くんに向いていた。
「……雪村様。本当によろしいので?」
低く、澄んだ声。空飛くんが少し眉を上げた。
「どういう意味ですか?」
「君相手で、本当に私のテストになるのか、という意味だ」
その言葉に、空飛くんは一瞬だけ黙った。だがすぐに口元を上げる。
「退屈はさせませんよ」
その言葉に、雪村くんの目がわずかに細くなる。
「風魔、安心しろ。空飛は——」
そして、ニヤリと笑う。
「強えぞ」
瞬間——空飛くんの右正拳突き。
乾いた音が響き渡る。風魔さんは、攻撃を手のひらで受け止めていた。
「……悪くない」
「でしょ?」
息を吸い、一拍溜める。そして、正拳突きの連打を放つ。
だが、連打と同数の乾いた音が響くだけだった。
風魔さんは、まだ右手しか動かしていない。
「準備運動は終わりか?」
「はい! 風魔さん、ここからが本番です」
空飛くんの穢力開放が始まる。僕の胸は高鳴った。彼の穢れの扱いには見惚れてしまう。
制御された穢れが、空飛くんを覆った。
「恭介、彼は何者じゃ?」
「新入生です。今日、初めて会いました」
穢れに関して素人だと知ると、武士園会長は言葉を失った。それほどに洗練された穢力だと言える。
突如、空飛くんが消えた。
だが、先に動いていたのは——風魔さんだった。
二人が視界から消えた。
(……え?)
僕の目には、移動の軌跡すら映らない。
次の瞬間、風魔さんは空飛くんの背後にいた。首筋へ手刀。
だが——止めた。
振り向きざまに、受け止める。
「へぇ……凄いですね!」
そのまま、空飛くんの回し蹴り。
だが風魔さんは、もう同じ場所にいない。床の上に影だけが揺れる。
そして横から拳を突き上げる。
空飛くんは肘で受け止め、重い衝突音が響いた。
風魔さんの動きは無駄がない。音がない。殺気も、感情も流れない。ただ、攻撃としての最短距離。
一方、空飛くんは——速い。荒々しい、だが崩れない。風のように流動する動き。
「このままでは猿飼くんが不利ですね……」
僕には互角に見えるが、恭介くんはそう分析した。
「そうじゃのう。才は認めるが、まだまだ使い切れておらんな」
上には上がいる。完璧に見えた空飛くんでも、まだまだだと言われる世界。
「大祐。あの二人の違いが分かるか?」
雪村くんに問われ、よく考えてみる。
「……元々の身体能力、とか?」
「それは誰でもそうだろ……差があるのは、穢力の使い方だ」
使い方。もう一度、二人を観察してみるが……
「駄目だ、速くてよく見えない……」
「大祐くん、僕分かったよ」
狛人くんが、何かに気づいたようだ。
「いいかい、穢力は自分の能力を上げてくれる。腕に込めれば、腕力が跳ね上がる。なら視力や動体視力を上げたいのなら……」
「——目、だね!」
これが穢力の使い方ということか。狛人くんに感謝しつつ、何とか目に穢力を込める。
(視える!)
今までよりもずっと、世界を認識できる。二人が、どう攻め、どう守るのかが視える。
「二人の違いが分かる?」
「……うん、視えたよ、狛人くん。そういうことなんだね」
空飛くんは常に全身を穢力で均等に覆っている。それに比べて風魔さんは、部位によって穢力の濃さが違う。
「彼は、確かに天才かもしれん。だが、風魔に比べると経験が足りん」
武士園会長の指摘は鋭い。そして師もいない。僕でも分かるくらい、風魔さんにスピードで後れを取っている。
しかし——
「お前ら、分かってねえよ」
雪村くんが、みんなを否定する。
「俺は穢力の制御が出来るだけで、天才とは評価しねえぞ」
呆れたように話す雪村くんに、武士園会長は答えを求める。
「雪村、お前には何がみえているのじゃ?」
「空飛は常に思考している」
今までとは違う打撃音に、みんなの意識が二人に戻る。見ると、空飛くんが吹き飛ばされて、片膝をついていた。
「風魔さん、凄いです!」
「君もな。だが、もう終わりだ」
「まだです。僕、分かりましたから!」
空飛くんの笑みが深くなる。それを契機に穢れが、さらに溢れ出した。
「じじい、分かるか? あいつの成長が」
「なんと……雪村が気に入るわけじゃな」
溢れた穢れが、空飛くんの両手足に収束された。その部分だけ、異常な濃さになっている。
「こういう使い方があるんですね!」
楽しくてしょうがないという気持ちが、伝わってくる。何だか僕の胸も高鳴ってきた。
雪村くんは、微笑を浮かべて告げる。
「空飛の最大の武器は——」
見て、思考し、すぐに実行、実現させる。
「戦闘IQの高さだ」
雪村くんだけが見つけていた才能が開花する。
「風魔さん、行きますよ!」
「……面白い」
再びぶつかり合う二人。
空を飛ぶ鳥のように、野を駆ける風のように駆け巡る。
空飛くんは獲物を見つけた鷹、風魔さんは掴みどころのない風のよう。
もうスピードでは差がつかない。
どちらも攻撃の応酬——だが決定打に欠ける。
互いの穢力がぶつかり合い、金属同士で叩き合ったような音が鳴り響く。
「ふむ、驚いたが……このままでは決着がつかんの」
「そうですね、あくまで同じフィールドに立ったに過ぎません」
僕は息を止めていたことを思い出した。
だが、更に——
「面白いこと思い付きました!」
空飛くんが踏み込む。
正拳——その瞬間、穢力が弾けた。
風の渦。圧縮された衝撃波が飛ぶ。
だが、風魔さんは真正面から受けない。
紙一重で逸らし、指先で空飛の脇腹に触れた。空飛の体が一瞬硬直する。
「その技は——こうやるんだ」
冷静な声。穢力が指先から迸り、とてつもない風圧となる。
避けられない空飛くんは、壁まで吹き飛んだ。轟音が響き、僕は血の気が引いた。
「空飛くんっ!」
思わず彼の名を叫び、駆け寄ろうとした。
「大祐、まだだ」
手で制され、立ち止まる。
「ぷはぁっ!」
倒れていた空飛くんは顔をあげ、声を上げた。僕は思わず息を吐いた。
「風魔さん……今のは死にませんか?」
「直撃なら、そうなる」
空飛くんは笑った。
「ですよね!」
「けど、君は相殺できただろう?」
「ええ、一瞬待ってくれたので」
あの一瞬で、どれだけの攻防があったのだろう。結果としてダメージは受けているが、空飛くんの目はまだ力を失っていない。
風魔さんは呼吸も乱れていない。穢力も一定のまま。
(これほどの差があるのか……)
それでも空飛くんは挑む。
「今、ここで——あなたを超えます!」




