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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第六章 新しい風

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第37話 受け継がれる魂

37.受け継がれる魂


 防衛省特別事象防衛対策局——通称、特事とくじの地下訓練室は、今日も静かだった。


 白い壁。無機質な床。天井には計測用のモニターがいくつも浮かび、空間の中央には円形の機械が床に埋め込まれている。百合さんの訓練に付き合っていた時は、まさか自分がここに立つとは思っていなかった。


 僕と狛人はくとくんは、今ここで穢力きりょくのコントロールを学んでいる。


「集中して」


 はるかさんの声が、静かに響く。


「穢れを外に見るのは、もうやめなさい。今日は内側を見る訓練よ」


 内側……


 僕は目を閉じる。


 穢れは、怒りや恐怖、悲しみから生まれるものだと教わった。なら――僕の中にも、あるはずだ。


 だが、自分の内側に目を向けることに、躊躇してしまう。


 最初に浮かんだのは、あの言葉。


――全てを救えるなんて思うな。


 雪村くんの声が、胸の奥で反響する。救えないかもしれない未来。力の代償。誰かを失う可能性。


 それらは、確かに負の感情だった。そう認識すると同時に、ざらりとした霧が漂い始めた。


「自分の中の感情を否定しないこと」


 はるかさんが続ける。


穢祓師けがればらいしは、穢れを消すだけの存在じゃないわ。自分自身の穢れを感じて、己の力に変換する存在よ」


 胸の奥のざわめきを、逃げずに受け止める。


 すると、不思議なことに――それは、形を変えた。黒い霧のようだったものが、淡い光に溶けていく。その確かな温もりを感じながら、体中に力を巡らせていく。


「……穢力きりょく


 狛人くんが小さく呟く。モニターに数値が表示される。僕の体から発せられた、エネルギーの測定。


「そうよ。それが穢祓師の源になる力」


 はるかさんはモニターを見ながら言った。


「穢れを己の中で中和し、別の力へ変換する。それが穢祓師の本質」

「……つまり、自分の弱さを力に変えるってこと?」

「ええ、そうとも言えるわね。だからこそ、制御が重要になる」


 狛人くんは、僕よりも滑らかだった。彼は感情の波が少ない分、変換も安定している。


 ただ――出力が荒い。


「如月くん、流れが偏ってるわ。察知型なのに放出が強すぎる」

「……あ、ほんとだ」


 彼の周囲で、空気がざらついている。


「穢力は用途が広いわ。強化、感知、防御、穢場。使い方次第で何にでもなる」


 はるかさんは、ゆっくりと言葉を区切った。


「穢祓師は通常、穢力を自身の肉体や武器、道具に乗せて祓う」

「彼たちも同じなんですか?」


 狛人くんが問いかけると、はるかさんの視線が変わる。


「いいえ……あの力は、SBソウルブレイドは別よ」


 空気が一段、重くなる。僕は目を開ける。


「SBは、穢力を武装として具現化する存在。それは、通常ありえない事よ」

「どういうことですか?」

「この世に存在しない物を作り出すのよ。それは途方もないエネルギーが必要だわ」


 確かにそうだ。みんな当たり前のようにしているが、普通じゃない。


「……仮にできたとしても、維持だけで精一杯になるはず。戦闘なんてできる訳がないわ」

 

 恭介くん、桜さん、そして百合さん。あの人たちが普通じゃないってことは、分かってたけど。


 再び狛人くんが口を開いた。


「彼の……小之野くんのSBは見たことないですけど」

「雪村は、最も異質……彼は与える人」

「与える、人?」


 僕も雪村くんのSBは見たことがない。


「雪村が認めた人は、SBに目覚める」

「百合さんのように?」

「そうね。穢祓師は世界中にいるけど、彼の関与無しで目覚めた者はいないわ」


 想像以上に、雪村くんは別格だった。彼という存在は一体何なんだろう。


「そして、穢祓師の頂点にいるのが――」


 はるかさんは一度、言葉を止めた。


「SBを持つ者たち——Xbladesテンブレイズ


 空気が、わずかに変わる。


「雪村が集めている、十本の刃」

「十人……?」


 心なしか、狛人くんの声が固い。


「ええ。彼のための——十の刃。それがXbladesよ」


 僕はただ唖然とするだけだった。恭介くんたちの置かれた立場に。そして桜や百合さんも、同じ場所に立っているということに。


 しかし疑問は残る。なぜ十人なのか、なぜ雪村くんが選ぶのか。そもそも、なぜ彼はXbladesを集めているのか。


「連盟も、特事も、Xbladesを支えるために存在していると言っても過言じゃないわ」


 その言葉の重さに、僕は息を呑んだ。雪村くんは、そこまでの存在なのか。


「連盟というのは?」狛人くんは怯まずに質問する。

「全国穢祓師連盟――通称、全穢連ぜんきれん。穢祓師の認定、派遣、育成を担う組織よ」


 そして、最後にもう一言。


「XBladesは、その全ての頂点なのよ」


 つまり――雪村くんは、組織の上に立つ存在。僕は、胸の奥がざわつくのを感じた。


 その時、訓練室の扉が静かに開いた。


 空気が変わる。はるかさんが、姿勢を正す。


「噂をすれば、ね……お久しぶりです、武士園ぶしぞの会長」

「あぁ、久しぶりじゃな、はるかくん」


 入ってきたのは、柔らかく微笑む一人の老人。だが鍛え抜かれた体が、服の上からでも分かるほどだ。その後ろには、黒髪の若い女性が控えている。


 彼らが入った瞬間、場の圧が一段階上がった。


「君が、真田大祐くんじゃな。そして如月狛人きさらぎはくとくん」


 優しい声だった。けれど、鋭い眼光をしている。僕は目を逸らすことが出来ない。


「……はい」


 僕は何とか返事だけ返した。


「大祐くんだけでなく、僕の名前も把握しているんですね」


 狛人くんは怯まない。


「もちろん。君たちのことは雪村から聞いている」


 大きい声ではないが、体に響く低い声。


「二人とも、紹介するわ。こちらは全国穢祓師連盟の会長、武士園定光ぶしぞのさだみつ会長よ」

「武士園だ、二人ともよろしくの」


 そう言いながら、武士園会長は手を差し出してくれた。狛人くんは、何のためらいもみせずに握り返した。


 そして……次は僕の番だ。ゆっくりと手を握り返す。まるで大きな岩に触れているような錯覚に陥った。そして、僕は静かに感じ取る。その風格、内に秘める研ぎ澄まされた穢力。穢祓師としての格が違うと思い知らされた。


 武士園会長は、手を握ったまま、僕を見つめている。全てを見透かされているような視線。僕は呼吸を忘れていた。


 長いようで短い時間が過ぎ、武士園会長が言う。


「雪村を護ってくれ」


 唐突な言葉に、僕は瞬きを忘れた。


「君はもう、雪村に認められた人間だ」

 

 心臓が大きく鳴る。僕はSBも無いどころか、まだ訓練中の身だ。


 でもこの世界で、僕はもう無関心のまま過ごすことはできない。


「力は優しい。だが、優しさは刃になる」


 武士園会長は、静かに微笑んだ。


「覚悟は、できておるか?」

「はい、僕は彼と共に歩みます」


 これだけの言葉で、伝えきれたかは分からない。それでも、武士園会長は満足げに頷いた。


「君たち二人は、何か……大きなものを背負っているようだ。儂は手に触れてそう感じたよ」


 僕と狛人くんは顔を見合わせた。


「それがどんなものかは儂にも分からん。だが、覚えておきなさい」

「何を、でしょうか?」


 先が知りたくて、思わず聞き返してしまった。


「この先、君たちに何が起ころうとも——乗り越えられないことなど無い」

「何故……そう言い切れるのですか?」


 狛人くんは、冷静に聞き返す。


「魂じゃよ」


 武士園会長は、ゆっくりと僕たちを見た。


「人は肉体で生き、名で記される。だが、本当に大切なのは受け継がれる魂そのもの」


 その視線が、僕の胸を射貫く。


「何を護り、何のために刃を振るうか——」


 自分の唾を飲み込んだ音がした。


「そして、その選択こそが魂であり、穢祓師なのじゃ」


 その言葉が、僕の心に刻み込まれる。


 それだけ言うと武士園会長は、はるかさんに振り返った。


「さて、はるかくん。Xbladesの現状を知りたいのだが……」


 はるかさんは顔を伏せた。


「まだ、四名だと聞いております……」

「ふむ、そうか」


 僕の知る限り三人のはずだ。四人目がいるのか。


「あ、あの、武士園会長……」


 申し訳なさそうに言葉を続けようとしたはるかさんを遮り、武士園会長は告げる。


「はるかくん、今日儂はXblades候補者の推薦をしにきたのじゃ——」



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