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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第五章 夜の遊園地

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第36話 神様からの贈り物

36.神様からの贈り物


 遊園地に、ようやく朝が来た。


 夜の間に張りつめていた空気はすっかり薄れ、保安灯だけが残った園内は、まるで何事もなかったかのように静かだった。


 あれほど溢れていた穢れの気配は、もう感じない。全てを祓えた訳ではないが、揺り起こされたものが再び眠りにつく。


 僕たちは中央広場に集まり、明けて行く夜を感じていた。


 特事とくじの人たちが忙しなく動き回り、機材の撤収や計測を進めている。床に設置されていた穢場けがれば用の装置が一つずつ解除され、現実が元に戻っていくのが分かる。


「お疲れさま。全員、無事で何よりよ」


 局長である、はるかさんが直々に声をかけてくれる。


「はるか、観測の結果はどうだ?」

「今のところ問題無しね。数値も安定しているわ」


 はるかさんは少し疲れた顔をしているが、いつものように背筋を伸ばして立っている。事後処理をテキパキとこなしている姿もいつも通りだ。雪村くんとの話が落ち着くと、僕の方を見た。


「よく、頑張ったわね」

「はい……なんとか」


 僕はそう答えながら、胸の奥に残っている感覚を確かめていた。


 あの時、抱きしめた温もり——もうそこにはいないはずなのに、まだ残っている気がする。


「大祐くん」


 はるかさんが、少しだけ真剣な顔になる。


「あなた、これからは穢祓師けがればらいしとして、きちんと訓練を受けなさい」

「……え?」


 突然の言葉に、思わず声が出た。


「今回の件で、あなたの力ははっきりしたわ」

「治癒能力……のことですか?」


 はるかさんは頷いた。


「ええ。でも、治癒だけで終わらない」

「……?」

「穢れと対極の力、だからこそ祓えたと私は考えているわ」


 僕には理解できず、眉をひそめる。


「穢れは、負の感情から生まれる。怒り、恐怖、悲しみ、絶望……」

「はい」

「あなたの力は、その真逆。安心、受容、温もり……そういうものを直接流し込んでいる」


 だから——


「穢れが、あなたに引き寄せられるんじゃないかしら」


 確かにあの時、少女は僕の後ろに隠れた。僕を選んだということか。


「穢れを消しているわけじゃないの」

「……癒しているとか?」

「ええ。だからこそ、あなたにしかできないことがあるわ」

 

 僕にしかできないこと。今回の事件で、僕なりの祓い方を見つけたような気がする。


「それに、あなたもよ。如月くん」

「……僕もですか?」

「あなたも穢力きりょくのコントロールは学んだ方がいいわ」


 狛人くんは、今回かなり貢献していた。その察知能力と持ち前の鋭さで。彼は評価されて当然だ。


 だが、狛人くんは浮かない表情をしている。そして控えめに、でもはっきりと口を開く。


「なら……教えてください。禍心かしんというのは何ですか?」


 その一言で、場の空気が張りつめた。だが、それは僕も知りたい。


「禍心は、もう救えない堕ちた人間だ」


 はるかさんが答える代わりに、雪村くんが、はっきり言い切った。


 もう……救えない……人間——


 はるかさんは、首を横に振る。


「禍心は、もう人でも穢れでもないわ」

「人が、引き返せなくなった先……ですよね」


 狛人くんの声は、いつもより低かった。


「ええ。心そのものが壊れて、穢れに溶け込んだ存在」

「だから……治らない?」

「治す対象が、もう残っていないの」

 

 その言葉に胸が痛んだ。いや、何か方法はあるはずだ。昨日、桜さんも百合さんも禍心を祓っているはず。


「……じゃあ」


 僕は、思わず口を開いていた。


「じゃあ、祓った禍心はどうなったの? 昨日、僕も消えるところを見たよ!」


 誰も答えてくれない。だが、狛人くんだけが、静かに理解させてくれた。


「大祐くん、分かるだろ。祓われたら、その人間は死ぬ。そういうことだ」


「そうだ」


 再び、雪村くんは現実を突きつけてくる。はっきりとした言葉で。


 そうか。みんなそれを分かって、祓っている。穢祓師として立っている。確かに僕にはその覚悟まで無かった。救いたいなんて、綺麗事だけだった。


「みんな……強いね……」


 僕の口から本音が漏れる。みんなは乗り越えて、今ここにいる。それなら僕も気持ちを強く持とうと思った。それに、救えるものが、まだ残っている。


「昨日の……あの子は」


 はるかさんが、僕を見る。


「あなた、見えたのね」

「はい……場所も、状態も」


 寝たきりで、動かない足。それでも、生きている。


「あの子は……堕ちてないです」

「ええ。だから、可能性はあるわ」


 狛人くんが、息をのむ。


「……治せるかもしれないですよね?」

「そうね……でも」


 はるかさんが何か言いかけた、その瞬間だった。


「大祐」


 低い声で、雪村くんが呼んだ。


「お前の力は、誰よりも優しい」

「……」

「だがな、強すぎるんだよ」

 

 雪村くんは、真っ直ぐ僕を見た。


「世の理を超える力だ。それはお前にとって危険なものになりうる」


 その言葉は、責めるでも、止めるようでもなかった。やさしさを感じる声だった。


「それほど強力な力、代償なしに使えると思うか?」

「……!」


 そういうものかもしれない。何かを得るためには、何かを犠牲にする必要がある。それも世の理だ。


「小さな怪我とは訳が違うんだ」

 

 雪村くんは、続ける。


「全てを救えるなんて思うな」

「……」

「それは、傲慢だ」


 胸に重く響いた。確かにそうだ。救えないものはある。禍心のように。


 この世の全てを救いたいとは思っていない。それは僕の手に余る。だが、この手で抱きしめた少女。あれは穢れだったとしても、手の中に存在した。それを僕は無視できないと思った。


 僕は、また覚悟を求められている。選択を迫られている。穢祓師として、立つためのそれらを。


 無意識に自分の手を見つめる。まだ、あの温もりが残っている気がして。


 迷いも躊躇もある。逃げ出したいほど怖い。


 だけど、僕は——





……まぶしい。


 朝比奈未来あさひなみくは目を覚ました。


 天井の白い光が、少し眩しい。

 

 ここは、病室。いつもの場所。動かない足。慣れたはずの感覚。

 

 でも、今日は——何だか、気持ちが落ち着いている。こんなに穏やかな目覚めは、いつぶりだろう。


(お母さんは、まだ来てないんだ)


 いつも時間があれば、未来の傍にいてくれる。いつも励ましてくれる、やさしいお母さん。いないと心細い。


 しばらくすると、ドアが静かに開いた。


 お母さんかと思ったが、入ってきたのは、二人のお兄さん。


 一人は、優しそうな人。もう一人は、ちょっと怖そうだけど……カッコいい。


「こんにちは」


 優しそうなお兄さんが、声をかけてくれた。声も優しい。


「こんにちは」


 私も、ちゃんと挨拶を返す。


「また……会えたね」


 優しいお兄さんが、そう言った。


 会ったことあるかな。覚えてない。


 けど——覚えているような気がする。不思議。


 優しいお兄さんが何も言わずに、足に手を置いた。


 少しびっくりしたけど……すごくあったかい。


「怖くない?」


 うん、怖くないよ。


「少しだけ眠くなるかもしれない。けど大丈夫だから」


 なんのことだろう。わからないけど、安心する。


「起きたら、このパンフレットを両親に渡してくれ」


 かっこいいお兄さんがそう言って、私に紙を渡した。


「中学はここに来い。いいか、必ず渡せよ」

「うん、わかった」


 かっこいいお兄さんは、頭をなでてくれた。ちょっとうれしい。


「じゃあ、目を瞑ってくれるかな」

「うん」

「少しだけ、僕が手を貸すね」


 私は目を閉じた。さっき起きたばっかりだから、眠くないよ。


 けど、あったかい、お日さまみたい。


「起きたら、ちゃんと前を向けるよ」


 その言葉を聞きながら私は——眠ってしまった。



「未来、そろそろ起きなさい」


 私はお母さんに起こされた。あれ、また寝てたの。


 それとも夢……だったのかな。不思議な夢だったな。


「あら、その紙なあに?」


……あれ、この紙は。かっこいいお兄さんの紙。


——夢じゃないんだ。


 あの人たちは何だったんだろう。やさしくて、あったかくて、どこか懐かしい人たち。昔、遊んでくれた人かな。


 あれ……なんだろう。


「ん……?」

「未来、どうしたの?」


 足に力が入る。


「え……?」

「み、未来!」

 

 指が動いた。


「うそ……未来」


 うそみたい……

 

——私、立っちゃった。


 そこからは大変だった。みんなすごい騒いでた。ここ病院だよ。


 お母さんが泣いて、お父さんが泣いて、先生が慌てて。私は笑った。たくさんの嬉しそうな声が聞こえた。


 先生は奇跡だって言ってたけど、私は知っている。


 あのお兄さんたちは、きっと神様だ。私がお願いしてたから。お父さんとお母さんが祈ってくれていたから、来てくれたんだ。


 これは神様からの贈り物だよ。


 ちゃんと自分の足で歩いて、ありがとうって言いにいかなくちゃ。けど、それはお母さんたちには内緒にしておくつもり。私と神様たちの秘密。


 なんとなく、そう思ったの。だって、神様たちも内緒で来てくれたから。今度は私から会いにいこう。


——きっと、また会えるよね。



「……退院したら、どこ行きたい?」

 

 お母さんは泣きながら、私に聞いてきた。


 そんなの決まってるよ。


「遊園地!」



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