二
次にロマンカールが主家の令嬢と顔を合わせたのは、侯爵夫人の葬儀から一年半後、彼が準騎士に昇任した報告をしにファヴァイナ邸へ上がったときだった。
「エリオが来ているって、本当!?」
ばたばたと応接間に駆け込んできたオルティーヌは、ロマンカールの姿を認めてぱあっと頬を染めた。
「何事だ、騒々しい」
「……申し訳ありません、父上。でもエリオが準騎士になれたと聞いて、お祝いを言いたくて」
嘆息したファヴァイナ侯爵は、ロマンカールに向き直った。
「聞いての通りだ、エリオ。子供の我が儘だが、付き合ってやってくれ。どうせ気が済めば飽きる」
当人の前で言い放つ辺り、ファヴァイナ侯爵の人の心への機微に無関心が窺えた。奥方が亡くなってから、更に拍車がかかったと余人は言う。
「畏れ多いことです。ありがとうございます、お嬢様」
ロマンカールは礼儀正しく腰を折った。
「数ならぬこの身を覚えていて下さったとは光栄です」
葬儀のときとは一転した態度に気圧されたのか、オルティーヌは何かを言いかけて、口を閉じた。
「……おめでとうございます」
「ありがとう存じます」
会話はそこで途切れた。
「もういいだろう、オルティーヌ。部屋に戻りなさい。今は授業中のはずだ」
「……はい、父上」
オルティーヌはちら、とロマンカールを見てから、入ってきたときの勢いはどこへやら、重い足取りで部屋を出て行った。
「お嬢様にはお健やかにお育ちのご様子で、安心致しました」
「健やかであってもらわねば困る。あれは皇太子殿下に差し上げる娘だからな」
ロマンカールは驚いた。
「……お嬢様は、いずれ皇太子妃に?」
「そのつもりだ」
「では、ファヴァイナ家は……」
ファヴァイナ家の直系はオルティーヌ一人、他に継承権を求めるには家系図を数代遡らねばならない。オルティーヌが皇太子妃になっても彼女に継承権は認められるが、あくまでそれは一時的なもの。ファヴァイナ直系の血は表の系譜から消えることになる。
「傍系の誰かが継ぐだろう。それくらいの野心がある者はいる」
何でもないことのように侯爵は言った。そういう侯爵の方が野心満々だ。
「そうなったときには、よくよくその者を見極めて仕えるか否か決めれば良い。無理強いはさせぬ」
「は……」
そういうわけではないのだが、とロマンカールは思ったが、言わずにおくだけの分別はあった。
「近衛騎士団のお役目で忙しくされておられるとか。父も心配しておりました。閣下は皇国への忠誠厚き立派な方だが、同時に職務に熱心過ぎるとも」
「私は大事無い」
これほど言葉通りの意味しか込められていない発言を、ロマンカールは生まれて初めて聞いた。少なくとも動かない表情からは、他に何の感情も読み取れなかった。
その後、他愛ない近況報告をして、ロマンカールは侯爵の前を辞した。
「エリオ!」
ロマンカールが侯爵邸の玄関まで来たとき、階上から声がかかった。
「お嬢様! はしたない」
真っ先に反応したのは家令である。
「エリオ殿は騎士の叙任を受けられた方です。その方の前で淑女らしからぬお振る舞いなどされますな」
しかしオルティーヌは家令の注意を無視して、ロマンカールに駆け寄った。ロマンカールは膝をついて少女を迎えた。
「私に何か、御用でしょうか」
「……相談があるの」
ロマンカールは困惑した。十歳の少女が相談したがるようなことに、自分が答えられるだろうか。
「何でしょうか」
オルティーヌはちら、と家令を見た。家令はその視線に気付いたが、動かなかった。幼しとはいえ大事なお嬢様を、これまた若いどころか青いとはいえ男と二人だけにするなど、言語道断である。
「こっちに来て」
オルティーヌはロマンカールの服の袖を掴んで引っ張った。
「お嬢様!」
オルティーヌに引っ張られるまま出た庭園は、まだ夏の名残を残していた。青々とした繁みの合間、赤や橙、紫に白がはっとするほど鮮やかに存在を主張していた。
「…………お父様がわたくしを皇太子妃にしたがっているの」
「伺っております」
いきなりの話題に面食らいつつ、ロマンカールは応じた。応じるより他、彼にどんな選択肢があっただろうか。
「……わたくしは、嫌なの。でもお父様は聞いて下さらなくて」
ロマンカールは沈黙した。だから何だ。貴族の令嬢とはほとんど政略結婚の末、血筋を繋ぐために生まれるようなものだ。逆にそれが義務である。幼しとはいえ義務を放擲することは許されない。
ひとたび、その義務を負ったなら、逃れることは許されないのだ。
「わたくしはファヴァイナの跡取りなのよ。わたくしが皇太子殿下に嫁いだら、ファヴァイナの家と領地は誰が守るの?」
それはロマンカールに答えを求めるものではなく、彼女自身への問いかけであるように思えた。このときロマンカールが、独り言なら自分を付き合わせるなと思ったのは秘密だ。
「皇城に上がって皇太子妃となるのも、国と皇王家にお仕えする一つの形ではありませんか」
「でもいや」
宥めるようにやんわりと言った言葉には雷もかくやの早さで返答があった。
「絶対、絶対、いやなの!」
「いや……と仰られましても」
ロマンカールにどうこうできる問題ではない。そんなロマンカールの心中など一切斟酌することなく、オルティーヌは叫んだ。
「ファースは好みじゃないの!」
これには心の中で聖句を唱えたロマンカールだった。皇太子殿下に対して好みじゃないなど――畏れ多いにも程がある。
何だかんだでこの少女も甘やかされた侯爵令嬢なのだ。
「……畏れ多いですよ、お嬢様。もしやとは思いますが、皇太子殿下ご本人に向かってそのような無礼を申し上げるような暴挙などなさっておられないですよね」
「もちろん言ったわ。そしたら、自分も同じだって仰ったわ」
双方共に好みではないということか。どちらかの片想いでないだけマシというものだろう。
ロマンカールは頭痛を覚えた。……これはファヴァイナ侯爵の目論見が成功する確率は限りなく低いのではないか。
十五歳の少年は、重く深い溜め息をついた。さてどうしようか、という意味でだ。というか、この令嬢はこんなことを自分に言って何がしたいのだろう。
疑問は思わぬ形で答えを得た。――否、突きつけられた、とした方がこの場合は正しい。
「貴方が好き」
頬を紅潮させて緊張の面持ちで自分を見上げる主家の娘を目の前にして、ロマンカールは絶句した。そして、こう思った。
(何をどうすればそういう流れになるのか……)
女はどれほど小さくても女である。
ファヴァイナ侯爵邸に訪れる度、ロマンカールは嫌でもそのことを思い知らされた。
「エリオ!」
父親の目を盗んでは頬を染めて自分に近寄る少女を、どうしたものか。幼い分、向けられる想いはひたむきで純粋で、真っ直ぐだった。
最初の頃は笑って相手にしなければ良かった。何せ年齢差は五歳である。十代の五歳の差は大きい。十五歳のロマンカールが十歳のオルティーヌに真摯に応えていれば、それはそれで問題である。
洒落にならなくなってきたのは、ロマンカールが旗騎士(旗持ちとも呼ばれる)に昇任した十七歳の時点辺りからだった。
「ロマンカール……演習はどうだった?」
突然、名前で呼ばれたときは唖然とした。
ややこしい名付けの法則のない庶民ならいざ知らず、格式高い身分ある者の名前を呼ぶことは無礼、ひどければ越権行為と取られる。また逆も、示しが付かないという理由で避けられていた。だからこそオルティーヌは家人達から「エレノア」と呼ばれ、ロマンカールは「エリオ」と呼ばれるのだ。
オルティーヌは、その慣習を破って境界線を踏み越えようとしていた。
「ロマンカール」
とっさに、止めさせなければならないと口が開いた。
「いい加減にしてください、お嬢様」
オルティーヌの表情が強張った。彼女は十二の誕生日を迎えてから、幼さが削げ落ちつつあった。
――彼女のためにも、幼い憧れはここで終わらせねばならないだろう。
「私もいずれは妻を娶る。我が家の格にあった女性を。お気持ちは、迷惑です」
少女の唇が戦慄いた。
何かを言いかけ、しかし彼女はぎゅっと唇を引き結んで俯いた。
ロマンカールは、敢えて何も言わずに礼を取って踵を返した。
名づけるなら「名前呼び事件」とでもするべきこの密やかな事件から四年の月日が流れ、オルティーヌが成人の年を迎えた。
皇太子ファナルシーズはその前年に成人しており、年齢も身分も釣り合うとして国の上層部はオルティーヌとファナルシーズの縁談に積極的だったが、当人同士がどうにも乗り気ではなく、皇太子にいたっては女性嫌いの傾向が出始めているとあって、ファヴァイナ侯爵は焦っていた。
「皇太子殿下は、男色を?」
「馬鹿者、無礼なことを! そのようなことがあるわけがなかろう。殿下は御自分のお立場を必要以上によく理解しておられる方だ。そも、女が嫌いだからといって体までそうとは限らん。私が思うに、あれはフィオルシェーナ様のことがあるからだ」
「皇女殿下……いえ、今はもうヴィシュアール公爵夫人、ですか」
ファヴァイナ侯爵の愚痴を聞きながら、ロマンカールは昨年まで在籍した皇立オルガ騎士団の所用の際に見た皇女の姿を思い浮かべた。否、正確には元皇女。
「お美しい方だったと記憶しておりますが」
侯爵はあからさまに目を逸らした。その「お美しい」元皇女様が彼女自作の発明品『自動乾燥機』の実験で実兄と再従兄を脱水で殺しかけたとか、再従兄との縁談が出たその日の夜に宰相の息子に夜這いを掛けて既成事実を作ったなんて不名誉は言えない。
「とにかく、ライシュタット卿にも御嫡男が誕生されたのだ。このまま皇太子殿下の継嗣が不在のままというわけにはいかぬ。そうでなくともデルフィニアの国王は代替わりして日が浅い。どのような手を出してくるかわからぬ今、早急にお世継ぎを設けられることはもはや国を挙げての急務であるというに……」
ロマンカールには雲の上の人々のことである。眉間に皺を寄せて語られても今ひとつ実感が湧かなかった。騎士団を退団してファヴァイナ家に雇われている現状では雇い主たるファヴァイナ侯爵に意見するなどもっての他、ただただ聞き流すしか彼にはやりようがなかった。
皇太子の后問題が動いたのは、その翌年のことだった。
その日、珍しくオルティーヌはファヴァイナ領の本邸に帰って来ており、ファヴァイナ家の私兵を取り纏める小隊長となっていたロマンカールは、必然的に彼女と顔を合わせることとなった。
相対して最初に彼女の口から出たのは、思いがけない一言だった。
「殿下のお后に有力候補が出たの」
視線に本来、物理的な力など無い。だがこのときのロマンカールは、彼女の視線を痛いと感じた。
「それは……侯爵閣下が嘆かれますね」
「父上の思惑などどうでも良いわ。……お相手はセライネ伯爵家のイリアーナ様よ」
セライネ伯爵と言えば若い頃から現皇王の側近として主に外交で活躍してきた人である。しかし彼に娘がいるとなれば、もっと早くにその息女は縁談が決まっていてもおかしくはない。そもそも存在すら聞いたことがなかった。
「幼い頃に異能と巫覡の才を発現させて以来、神殿でお育ちになっていらしたの。わたくしはイリアーナ様の立后を推すつもり」
「ですが、伯爵家ではご実家の格が……お世継ぎを望めないのでは」
「イリアーナ様は次代の大巫女候補とまで言われている方。これまでにも皇族に嫁がれた巫女はいるし、その全てが無事に子供を産んでいるわ」
きっぱりと言い切ったオルティーヌは、真っ直ぐにロマンカールを見つめていた。
気付かないふりをした。
「大巫女候補ならば、そのまま神殿に留め置いておかれた方が国の為になるのではありませんか」
「父上と同じことを言うのね」
苛立ちと険悪なものを滲ませて、オルティーヌは詰るように言った。
「お気に触ったのなら申し訳ありません、お嬢様」
素っ気無く返したロマンカールに、オルティーヌは何の脈絡もなくその要求をした。
「名前で呼んで」
ロマンカールは眉を顰めた。
「わたくしが貴方の名前を呼ぶことは許してくれないのでしょう。ならば、貴方がわたくしの名を呼んでちょうだい」
滅茶苦茶な理屈だ。それこそ論外である。
「――申し訳ありません」
言って、頭を下げる以外に、ロマンカールに何ができただろうか。
皇太子の婚約が正式に公布されたのは、それからさらに一年経ってからのことだった。
「イリアーナ様が殿下の求婚をお受けになったの。……挙式は来年三の月」
「存じております。この上なき慶事、一臣下としては喜ばしい限りです」
ファヴァイナ侯爵は荒れていたが、とは内心に留めておく。婚約公布が成されてしまってはいくら重臣の一人といえど覆すことなどできはしない。そもそもこの国の皇族にとって、自身の婚姻に一族以外の者の承認などなくてあるようなものだから、はっきり言って誰がどこで反対しようが文字通りのどこ吹く風、というものがある。
臣下も臣下で、神の後裔である皇族の婚姻にいちいち口を挟むのは差し出がましいとして遠慮しがちな部分はある。だが今回はそれを脇に退けて、多くの貴族が反対側に回ったようだった。
婚約発表以後はどのような情報操作がされたのか、渦中の二人の噂は「皇太子を誑かした伯爵家の娘」が「神降ろしさえ成して将来有望であったのに、我が儘な皇太子に熱烈に求婚されて神殿から引き剥がされた巫女」に変わっている。どちらもちょっとした醜聞だが、後者は冷静沈着と評判の皇太子の人物像からは全く掛け離れたものだった。
ロマンカールは敢えて真相を知るまいと務めた。噂などちょっと過激なくらいでちょうどいい。特に皇太子の色恋沙汰となれば尚更だ。ちなみに皇太子の婚約者となった件のセライネ伯爵令嬢は一躍時の人となり、田舎の羊飼いの娘に至るまでの羨望と同情を集めている。
(ある意味、一人勝ちだな)
本人が聞いていたら間違いなく全否定しそうなことを、ロマンカールは思った。
この頃にはもうオルティーヌも落ち着いていた。皇太子の嫁になれ攻撃が止んだからか、穏やかな表情で侯爵家の後継者として真剣に領政に取り組んでいた。
そろそろロマンカールも妻を迎えるようせっつかれるようになっていた。いつかオルティーヌに告げたことが現実に迫りつつあったわけだが、不思議なほど彼自身、結婚するという実感が湧かなかった。婚約者さえ決まっていなかったから、当然かもしれない。
ルトニ上流で降った季節外れの大雨により、河の増水が懸念されたのは、それから一月も経たない十一の月のことだった。
他に非番の騎士がいなかったからだ。
そうロマンカールは自分に言い聞かせていた。
「やはり堤防をもう少し強化しておいた方が良かったようね」
昼を過ぎて上がってきたルトニ増水の報告にすぐに行動を起こしたオルティーヌは、馬上で溜め息をついた。父侯爵が不在の今、領地はとうに成人した彼女の双肩にかかっている。
ロマンカールの前を行く、華奢なそれに。
「水霊に言って、水量を調節させれば」
「この辺りだけそうしても意味はないわ。他のハイルズ男爵領やチェインバース領に被害が行くだけよ。……だから近隣の領主と協力して灌漑工事を急いだ方がいいと父上に申し上げたのに」
きりり、とオルティーヌは唇を噛んだ。
「殿下のお后問題にばかり固執して……最近の父上はおかしいわ」
「お嬢様、それよりもお足元にお気をつけ下さい。御身に何かあっては一大事です。それに雲行きも怪しくなって参りました。早々にお邸に戻った方が得策かと」
オルティーヌは少しの間逡巡し、首を振った。
「河近くの民に今夜は高台へ移って過ごすように言わなければ。特に漁師や渡し守を生業としている者が危ないわ」
「私が参りますから、お嬢様はお戻り下さい」
「だめよ。こういうときこそ領主が――まだ代理だけど、行かなくては。民に格好を付けられる数少ない機会なんですからね」
つんとそっぽを向いたオルティーヌの拗ねた横顔は、幼い頃と変わらなかった。
「格好を付けすぎて馬から転げ落ちないで下さいね」
苦笑するだけの余裕が生まれたことに、ロマンカールは驚いた。
それから二人は河沿いに居を構える民に避難を促して回った。途中で雨が降り出したが、構わず声をかけ続け、一通り回り終わった頃には日が暮れかけていた。
「お嬢様、危険です!」
「最後にもう一度だけよ!」
激しさを増す雨の中、オルティーヌは堤防の具合を気にしてルトニ河へ馬首を返した。ロマンカールは舌打ちして後を追った。
「お嬢様、もうこれ以上は」
馬から下りて堤防に沿って歩き始めた彼女に、何度目かの諫言をしようと口を開いた、そのときだった。
不意に視界から彼女の姿が消えた。
「お嬢様!?」
慌てて辺りを見回せば、傾斜の急な河岸を転がり落ちていく彼女の姿を捉えた。
月並みな表現だが――心臓が止まると思った。
「だから言ったのに……っ!」
ざざっと音を立てて、ロマンカールは河岸を滑るように駆け下りた。彼女の細い手が何とか止まろうともがいているのが見える。何度も生えた草を摑むが、枯れかけたそれはいっそ面白いほどぶちぶちと千切れる。
オルティーヌの体は濁流に迫りつつあった。夜目にも鮮やかな朱金の髪が、暗い水面に吸い込まれていくようだった。
ロマンカールは必死で手を伸ばした。
「オルティーヌ!」
あわやというところで、ロマンカールの手がオルティーヌのそれに届いた。
オルティーヌのドレスの裾が水に浸っていた。もともと雨に打たれて重くなっていたドレスだ。これがより、彼女の動きを束縛していた。
「お嬢様――オルティーヌ様、大丈夫ですか! どこか、痛いところは……!」
呼びかけに応えて目を開け、朦朧としたように瞬きを繰り返す少女に、ロマンカールは心底安堵した。意識があるなら、とりあえずは大丈夫だ。
「言ったでしょう、足元には気をつけてくださいと……」
細い指が、ロマンカールの腕に触れた。次いで、朱金の頭がロマンカールの胸に摺り寄せられる。
「お嬢様、どこか、痛みを感じるところは」
容態を確かめようとしたロマンカールは、縋るように身を寄せるオルティーヌのか細く震える声に言葉を遮られた。
「やっ……と……」
オルティーヌは、震えていた。
「呼んで、くれた」
ざあざあと、水の音がする。
ロマンカールはお互いずぶぬれのままでオルティーヌの体を抱き締めた。
その体は、彼が思っていた以上に細く、柔らかく、冷たく――熱かった。
「――オルティーヌ」
もう、誤魔化しなど効かない。
喪うことを予感して初めて、ロマンカールは芽生えていた気持ちを自覚し、そして認めた。
(貴女が大切だったからこそだ)
大切だからこそ、彼女に瑕疵などあってはならなかった。自分と必要以上に親しくして、彼女の将来を翳らせることのないよう、拒絶した。
しかし自覚は、同時に先の見えない絶望であった。
未来を望めぬ自分たちは、一体どこへ行くのだろうか。




