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06. 初めての依頼

フォルティアを出発して1日。僕たちは街道沿いの村にたどり着いた。


道の両側には小さな家々が並び、軒先では女性が野菜を干していた。そのそばを、子供たちが駆けていく。

僕たちに気づいた村人が何人か、作業の手を止めて顔を上げた。


「今夜は、屋根のあるところで眠れるといいな」


ガルが荷物を背負い直しながら言った。


「泊めてもらえるところがないか、聞いてみましょ」


リリアの言葉に頷き、近くの村人へ声をかけようとしたときだった。


「フォルティアの方から来なさったのか?」


声のした方を見ると、家の前に年配の男が立っていた。


「はい。昨日、出発しました」


僕が答えると、男はほっと息を吐いた。


「そうか。あちらで戦があったと聞いて、気になっていたんだ」

「魔王軍は退きました。今は守備の立て直しが進んでいます」


男は頷くと、僕たちの装備に目を向けた。


「……あんたたちも、その戦いに?」

「はい」


男の表情が少し改まった。


「そうだったか。私はこの村の村長をしている。疲れているところ、呼び止めてすまんな」

「いえ。ちょうど、今夜泊まれる場所を探していたので」

「この村に宿はないが、うちの空き部屋でよければ使ってくれて構わんよ」

「ありがとうございます。助かります」


村長は家の戸へ手をかけたが、ふと動きを止めた。


「それと……1つ、相談してもいいだろうか」

「何かあったんですか?」


リリアが尋ねると、村長は通りの向こうへ視線を向けた。

家々の屋根の先に、森が見えていた。


「魔王軍がフォルティアへ攻めてきた頃から、あの森で魔物を見かけるようになってな。軍勢に追われて流れてきたのかもしれん。薪を拾いに行った者が何度か出くわしたもんだから、今は村の者を近づかせないようにしている」

「どんな魔物なんだ?」


ガルが尋ねた。


「狼に似ていたそうだ。ただ、普通の狼よりずっと大きかったと。慌てて逃げ帰ってきたから、何匹いたかまでは分からん」

「怪我をされた方は?」


セレネの問いに、村長は首を横に振った。


「幸い、今のところはな。だが、いつまでも森へ入れないのは困る。あんたたち、様子を見てきてはもらえないか?」


僕は家々の向こうに見える森を眺めた。


道中で救援を求められたら、力を貸すように。

そう言っていた将軍の顔を思い出し、僕は3人へ顔を向けた。


「……どうかな」


ガルは頷いた。


「まずは詳しく聞こうぜ。どこで見たのかも知っておきたいし」

「そうね。数が分からないなら、そのつもりで準備しないと」


リリアも森へ目を向けた。

セレネが頷くのを見て、僕は村長に向き直った。


「分かりました。まずは僕たちで様子を見てきます」

「引き受けてくれるか。助かるよ」


村長は深く頭を下げると、今度こそ戸を開けた。


「さあ、入ってくれ。森の道についても、中で話そう」


案内された部屋には、木の卓と椅子が並んでいた。

窓から差し込む光が、使い込まれた卓の傷を照らしている。


僕たちは荷物を足元に置き、勧められた椅子に座った。

村長が水差しと人数分の杯を運んでくる。


「さあ、飲んでくれ。歩いてきて喉も渇いただろう」

「ありがとうございます」


杯を受け取り、水を飲む。

冷たい水が喉を通ると、ようやくひと息つけた気がした。


村長は向かいの椅子へ腰を下ろした。


「それで、魔物を見たのは森のどの辺りなんだ?」


ガルが尋ねると、村長は窓の方を指した。


「村を出て、畑の脇の道を進めば森に入る。しばらく行くと小さな沢があるんだが、その近くだそうだ」

「最近も、魔物がいる様子はあるんですか?」

「昨日の朝、森の入口まで様子を見に行った者が、奥から唸り声を聞いている」


リリアが少し眉を寄せた。


「まだいると思っておいた方がよさそうね」

「ああ。沢の先は木が込み入っている。道を外れると、見通しが悪いから気をつけてくれ」


僕は杯を置いた。


「その道を使っている人は、もういないんですよね?」

「村の者には言い聞かせてある。今は誰も入っていないはずだ」


それを聞いて、少しほっとした。

少なくとも、誰かを急いで助けに行く状況ではないらしい。


村長は僕たちの顔を順に見て、少し言いよどんだ。


「……頼んでおいて何だが、あんたたち、随分と若いな」


僕は顔を上げ、村長を見た。


「戦に出たとは聞いたが、森では勝手が違う。木の陰に潜まれたら、すぐそばにいても分からん。退く道だけは、見失わないでくれ」

「森に詳しいんだな」


ガルが言うと、村長は自分の膝へ目を落とした。


「若い頃に、少しな。……見えない相手の怖さは知っている」


そう言って、村長は卓の上で手を組んだ。


「それに、ただの狼と思わん方がいい。最初に出くわした男は、荷車を置いて逃げてきたんだ。後で何人かで取りに戻ったら、車輪が噛み砕かれていた」

「車輪を?」


ガルの表情が引き締まった。


「ああ。木には、男の肩ほどの高さに爪痕も残っていたそうだ」


僕は自分の肩へ目を向けた。

そこまで爪が届く獣が、木の陰から飛びかかってくる。


「……その大きさで、群れているかもしれないのね」


リリアの言葉に、村長は重く頷いた。


「近くの村では、以前、似た魔物を追い払おうとして何人も怪我をしたと聞く。あんたたちまで同じ目に遭わせるわけにはいかん」

「分かった。まずは足跡を見て、数を確かめる。いきなり奥まで追いかけたりはしないよ」


ガルはそう答え、僕たちへ視線を向けた。


「戦うなら、木の少ない場所を選ぼう。囲まれると厄介だ」

「ええ。私も周りを見ておくわ」


リリアが頷く。

僕も2人の顔を見てから、村長へ向き直った。


「無理だと思ったら戻ります。だから、まずは僕たちに確かめさせてください」


村長はしばらく僕を見つめ、それから小さく頷いた。


「……分かった。くれぐれも気をつけてな」

「じゃあ、少し休んでから向かおうぜ」


ガルの言葉に、僕たちは頷いた。


「それなら、今夜使ってもらう部屋へ案内しよう。荷物もそこへ置いていくといい」

「何から何まで、ありがとうございます」


セレネが頭を下げると、村長は手を振った。


「こちらこそ、助かるよ」


僕たちは荷物を持ち、村長に案内された部屋へ移った。

荷を床に下ろすと、今度は背負い直さなくていいことにほっとした。


少し休んでから、森へ持っていくものを選び始めた。


「食料は置いていくとして……水と、包帯は持っていきましょ」


リリアが袋の中を確かめる。

セレネもその隣で、必要なものを小さな鞄へ移していた。


僕は腰の聖剣に手を添えた。

鞘が歩く邪魔にならないよう、帯を締め直す。


「準備できたか?」


槍を手にしたガルに、僕は頷いた。


「ああ、それと。森じゃ、あまり離れるなよ」

「うん。分かってる」


支度を終えて家の外へ出ると、村長も戸口まで見送りに来てくれた。


「あの畑の脇をまっすぐだ。沢までは道なりに行けばいい」

「ありがとうございます。行ってきます」


村長に頭を下げ、僕たちは教えられた道へ向かった。


家々の間を抜けると、畑の向こうに森が広がっていた。

重なり合った枝葉の下は、昼間でも薄暗く見える。


車輪を噛み砕くほどの魔物。

その話を思い出し、僕は聖剣の柄を握った。


先を歩くガルが、振り返って僕たちを確かめる。

僕はその背中を追い、森へ続く道を進んだ。

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