↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/14

04. 戦いのあとに

夜。


魔王軍との戦いが終わっても、息をつく暇はなかった。

負傷した兵士たちが次々と運び込まれる兵舎を、僕はセレネやリリアと駆け回った。回復魔法を使い、次の兵士のもとへ向かう。その繰り返しだった。


ようやく手が空いた頃には、すっかり日は沈んで辺りは暗くなっていた。


グレゴール将軍に誘われ、僕たちは宴が開かれる城塞の大広間へ向かっていた。

近づくにつれ、扉の向こうから笑い声が聞こえてくる。


扉を開けると、料理の匂いと兵士たちの話し声が押し寄せてきた。


大広間には長い卓がいくつも並び、その上には肉やパンを盛った大皿が置かれている。

席に着いていた兵士たちが、次々とこちらを振り向いた。


「勇者様だ」


その声に、軽く頭を下げる。

いくつもの視線を感じながら、僕は案内された席に腰を下ろした。


全員が席に着いたところで、グレゴール将軍が立ち上がった。


「皆、よく戦ってくれた。諸君のおかげで、フォルティアは守られた」


兵士たちの話し声が静まる。


「そして、救援に駆けつけてくださったアステル殿と、その仲間たちにも感謝を。共に戦ってくださったこと、心強く思う」


将軍がこちらへ顔を向けた。

周囲からも声が上がり、僕は慌てて頭を下げた。


将軍は広間を見渡し、杯を掲げた。


「今夜は十分に食べ、身体を休めてくれ。諸君の奮戦と、勇者一行の活躍に――乾杯!」


「乾杯!」


一斉に声が上がり、あちこちで杯が打ち合わされた。

兵士たちが料理へ手を伸ばし、大広間はたちまち賑やかになる。


ガルも隣の兵士と杯を合わせ、笑っていた。


僕は手にした杯を置き、目の前の皿に視線を落とした。

朝からほとんど何も食べていないはずなのに、料理へ手が伸びなかった。


卓の下で、自分の手を見つめる。

剣を振ったときの感触が、まだ残っている気がした。


そっと指を握り込んだ。


「お疲れ様です。勇者さま」


顔を上げると、隣に座ったセレネが僕を見ていた。


「う、うん。セレネもお疲れ様。回復魔法すごかったよ」

「ありがとうございます」


セレネは微笑んだ。けれど、僕の皿へ目を落とすと、少し声を落とした。


「……お疲れではありませんか?」


「うん。少しだけ」


そう答えて、卓の下の手をほどいた。


「でも、疲れてるだけじゃなくて……」


セレネは何も言わず、僕の言葉を待っていた。


「目を閉じると、思い出すんだ。僕が斬った魔族のこと」


口に出すとまた手が震えた。


「戦うって、そういうことだって分かってたはずなのに。終わってからも、ずっと……」


うまく続けられず、俯いた。

隣でセレネが、静かに杯を置く音がした。


「兵舎で、勇者さまのお話をしてくださった方がいました」


僕は少しだけ顔を上げた。


「もう駄目だと思ったとき、光る剣が見えたのだと。そのおかげで、自分も踏みとどまれたと仰っていました」


「……僕は、必死だっただけだよ」


「はい。それでも、その方は感謝していました。また家族に会える、と」


広間の向こうで、笑い声が上がった。

兵士の1人が隣の男に何かを話しながら、その背中を叩いている。


「私が兵舎で治療できたのも、皆さんが負傷した方を運んできてくださったからです。勇者さまたちが前で戦ってくださったから、助けられた命があるんです」


「……そっか」


あのときは、目の前の敵しか見えていなかった。

剣を振った、その先にあるものなんて、考える余裕もなかった。


「セレネは、怖くないの?」

「怖いです」


迷いのない返事に、僕は彼女を見た。


「今日も、間に合わなかったらどうしようと、何度も思いました。それでも、私の力を待っている方がいましたから」


セレネは膝の上で手を重ねた。


「聖女として、できることを果たしたいんです」


僕はもう一度、広間を見渡した。


包帯を巻いたまま食事をする兵士。

疲れた顔で、それでも仲間と笑い合う兵士。


僕にも、この人たちのためにできたことがあったのだろうか。


「……僕も、果たさないと」


小さく呟くと、セレネがこちらを向いた。


「勇者として、僕にできることを」


まだ、次の戦いを考えると怖かった。

それでも、自分の力を待っている人がいるのなら。


「はい。でも、今夜は休んでくださいね」


セレネはそう言って、卓の上のパンを僕の方へ寄せた。


「私も、少しお腹が空いてしまいました」


僕は小さく頷いて、パンに手を伸ばした。


翌朝。

王都から次の指令が届くまでの時間を使って、僕はリリアと旅に必要なものを買いに出ていた。


「よ、よろしく。リリア」

「そんなにかしこまらなくても。ただの買い物よ、勇者くん」


そう言って、リリアは手元の紙を広げた。

僕は少し迷ってから、口を開いた。


「……アステルでいいよ」

「え?」

「その、勇者くんじゃなくて。僕もリリアって呼んでるし」


リリアは紙から顔を上げ、僕を見た。


「……そうね。じゃあ、荷物持ちはよろしく。アステル」


自分から言ったのに、名前を呼ばれると少し照れくさかった。


「うん。任せて」


リリアは紙に目を戻すと、通りの先を指差した。


「とりあえず、食料からね。君たちよく食べるから、少し多めに買っておかないと」

 

通りにはいくつもの露店が並んでいて、多くの人で賑わっていた。

野菜を並べる店主の声に、荷車を引く音が重なる。僕たちは行き交う人を避けながら、軒先に干し肉を吊るした店へ向かった。


「これと、そっちの干し肉もください」


リリアが品物を指しながら、店主と言葉を交わす。

僕も隣から、棚に並ぶ食料を眺めた。

棚の隅には、乾燥させた果物が籠いっぱいに盛られていた。

隣の干し肉と見比べていると、リリアが僕の顔を覗き込んだ。


「何か気になるものでもあった?」

「あ、いや。色々あるんだなって」

「買い物、あまりしないの?」

「うん。必要なものは、大抵用意してもらってたから」


リリアは少し考えてから、果物の入った籠を指差した。


「じゃあ、これはアステルが選んで。どっちがいい?」

「僕が?」

「食べるの、私だけじゃないでしょ」


片方は薄く切った林檎で、もう片方には小さな赤い実が入っていた。


「こっち、かな」


林檎の方を指すと、店主が小さな欠片を差し出してくれた。


「味を見てみるかい?」


礼を言って口に入れる。

思っていたより歯応えがあったけれど、噛むうちに甘酸っぱさが広がった。


「……おいしい」

「じゃあ、それも一袋ね」


リリアが店主に頼む。

僕は受け取った品物を袋へ詰めながら、林檎の包みを一番上に置いた。


それから何軒かの店を回り、パンや塩、糸や包帯を買い足していった。

必要なものが、両手の袋がすっかり膨らんでいた。

持ち手を握り直すと、隣から手が伸びてきた。


「片方、貸して」

「これくらい持てるよ」

「私も何か持ってないと落ち着かないの」


リリアは軽い方の袋を受け取り、紙をもう一度確かめた。


「うん。これで全部」


そのとき、通りの先から甘い匂いが漂ってきた。

小さな店の軒先に、焼き色のついた丸い菓子が並んでいる。


リリアの足が、少しゆっくりになった。


「……少し休んでいかない?」

「うん」


僕が頷くと、リリアは店へ向かった。


「2つください」


受け取った菓子の片方を、僕に差し出す。

薄い紙越しにも、まだ温かかった。


店先の長椅子に腰を下ろし、足元に荷物を置く。

手を離すと、指に袋の持ち手の跡が残っていた。


ひと口かじると、表面がほろりと崩れた。

中には煮詰めた果物が入っている。


「……おいしい」

「でしょ」


リリアはそう答えてから、慌てたように付け足した。


「匂いで、そうだろうと思っただけだけど」


僕はもうひと口かじった。

隣を見ると、リリアは口元についた欠片を指で払っていた。


「……何?」

「いや、口元に、まだついてる」


僕が自分の口元を指すと、リリアは慌てて頬に触れた。


「こっち?」

「反対」


欠片を払ったリリアと目が合い、思わず笑ってしまった。


「そんなに笑わなくてもいいでしょ」

「ごめん」


そう言いながらも、少し笑いが残った。

リリアは最後のひと口を食べ、包み紙を畳んだ。


「そろそろ戻りましょ。皆も待ってるだろうし」

「うん」


足元の袋を持ち上げる。

もう片方へ伸ばした手は、リリアに先を越された。


「これは私が持つって言ったでしょ」


僕は頷き、隣に並んだ。


昨日のことを忘れたわけではない。

次に剣を握るとき、また手が震えるかもしれない。


それでも、今はこうして誰かと笑っていられた。


「ねえ、リリア」

「何?」

「また買い出しに行くときは、僕も誘ってよ」


リリアはこちらを見て、少し笑った。


「ええ。次は買うものも覚えておいてね」


僕たちは荷物を手に、城塞へ続く通りを歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。