02. 魔王軍襲来
王都から出発して3日、後1日で目的地のフォルティアに着くというところだった。
北部の道は馬車では行けないような険しい道も多いので、途中から馬車を降りて、徒歩での移動に変わっていた。
北に進むにつれて街や街道の雰囲気はすっかり変わっていた。道端では、荷物を抱えた避難民の姿も何度か見かけた。
子供の手を引きながら歩く親や、荷車に疲れた老人を乗せている者もいる。
王都では見なかった光景だった。
この日は野営となった。ガルは慣れた手つきで、野営の準備を進めてくれた。
僕はリリアと薪を拾い、魔法で焚き火をつくった。焚き火を僕たち4人と護衛兵数人で囲み、簡単な夕食を済ませた後、ガルヴァンがみんなに告げる。
「今日は俺が見張りをやるから、お前らは先に寝ていいぞ」
ガルヴァンが槍を手に立ち上がる。
「え、でも……」
「明日はフォルティアだろ? 初陣なんだから、少しでも寝とけ」
「……ガルヴァンは?」
「俺は慣れてるからな」
そう言って、ガルヴァンは焚き火から少し離れた場所へ腰を下ろした。
僕はしばらく迷ったあと、彼の隣へ向かった。
「……僕も、もう少し起きてていい?」
「おう。眠れねえのか?」
「うん。明日のことを考えると……正直怖いよ」
手のひらには手汗がびっしりとついていた。
「勇者って言ってもまだまだガキだな。初めての戦場なんだから失敗したっていいんだ。怖くたっていいんだ」
「ガルは怖くないの?」
「俺だって怖いさ」
ガルは焚き火を見つめながら笑った。
「ただ、怖いからって逃げるわけには行かねぇ」
「……」
「それに、1人で戦う訳じゃねぇ」
「え?」
「お前には俺がついてる。それに聖女様にあの天才魔法士様だってついてる」
「……仲間?」
「そうだ。俺だって最初の頃は周りのヤツらに助けられてばっかだったぜ」
そう笑うガルの笑顔は頼もしかった。
「だから勇者だからって1人で背負う必要はないぜ、いつだって俺や周りを頼っていいんだぜ!」
そう言ってガルは豪快に笑いながら僕の背を叩いた。
背中はヒリヒリするが、自然と心は落ち着いて来た。
——翌朝
朝日が昇る前に出発し、ついに遠くにフォルティアが見えてきた。
「よし、ついにか」
「あれが……要塞都市」
「そうね、今まで見てきた都市とは雰囲気が違うわね……」
高い城壁に無数の傷が残り、その上にはいくつもの見張り台がついている。
その都市は遠くからでも分かるぐらい猛々しい威容を放っていた。
ここが、魔王軍と戦っている最前線の街。
そう思った瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
「……」
無意識に腰の聖剣へ手を添える。
手が、少し震えていた。
「あんた……大丈夫?」
固まっている僕を、リリアが心配そうに見つめる。
「大丈夫です。私たちがついてます」
「そうね、怖いなら私に任しておきなさい」
そう言ってセレネとリリアが励ましてくれた。
手の震えはさっきよりも落ち着いていた。
「まぁ、そういうことだよアステル。ほら、いくぞ」
ガルは笑って僕の背を押してくれた。昨夜のガルの言葉の通りだった。きっと僕1人だったら勇者という重圧に耐えきれていなかっただろう。
……これが、仲間。
昨夜、ガルヴァンが言っていたことが、今なら少し分かる気がした。
1人ではない。
僕には、頼れる仲間がいる。
そう思うと、少しだけ体が軽くなった。
傷だらけの城門をくぐり抜け、フォルティアに入った僕たちはフォルティアの将軍に挨拶をするために城壁の上に上がった。
城壁の上へと続く階段を上り、外へ出た瞬間。
僕は、言葉を失った。
「…………」
城壁の向こう。
フォルティアの城壁の向こう、広大な平原の遥か先に、巨大な軍勢が広がっていた。
数え切れないほどの魔族たち。
黒い鎧を身に纏った兵士。
巨大な身体を持つ獣のような魔物。
その後ろには、いくつもの旗が風にはためいている。
「これが……魔王軍……」
思わず声が漏れる。
これまで何度も聞いてきた名前だった。
魔王軍。
人類の敵。
僕がこれから戦う相手。
けれど、実際に目にしたそれは、想像していたものとはまるで違った。
遠くからでも分かるほど、その数は多い。
あまりにも多すぎて、まるで大地そのものが黒く染まっているようだった。
「……あれと、戦うの?」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
隣に立っていたガルヴァンが、静かに答える。
「そういうことになるな」
いつもの明るい声ではなかった。
僕はもう一度、平原の先を見る。
魔王軍の陣地からは煙が上がり、ところどころで兵士たちが動いている。
その光景を見ているだけで、胸の奥がざわついてくる。
昨日まで僕は、ただの少年だった。
それなのに今は――
あの軍勢と戦うために、ここに立っている。
心臓が跳ね上がったように、脈を打つ。
「……怖い」
口にしてしまってから、僕は慌てて俯いた。
勇者なのに。
みんなが僕に期待しているのに。
そんなことを言っていいのだろうか。
「怖くて当然だろ」
ガルヴァンが言った。
「初めてあれを見て、平気な奴のほうがどうかしてる」
そう言って魔王軍を見つめるガルの表情は、僕が出会ってから1度も見たことないものだった。
もう一度魔王軍に目を向けると、遠くに見えるだけなのに。
あの軍勢が、僕たちの命を奪いに来る敵なのだと分かる。
僕の初めての戦場は、もう目の前まで迫っていた。
魔王軍に呆気にとられる僕の耳に、ガチャガチャと甲冑の擦れる音が近づいてきた。
「良くぞ、参られました。勇者様」
そこには傷だらけの甲冑を着た初老の大男が立っていた。
「は、はい!」
慌てて僕は背筋を伸ばす。
「救援に駆けつけました。勇者、アステルです。これが命令書です」
差し出した命令書を、大男は受け取った。
「……確かに」
そう言って命令書へ目を落とし、しばらくしてからこちらに向き直る。
「フォルティアを預かっております。対魔王軍同盟所属、将軍のグレゴールです。長旅、ご苦労でした」
「グレゴール将軍、お出迎えありがとうございます。早速ですが、フォルティアの状況は?」
セレネが尋ねる。
「現在も魔王軍は街の北側に展開しています。幸い、まだ大規模な攻撃はありませんが――」
その瞬間だった。
「――敵襲!!」
城壁の上から、兵士の叫び声が響き渡った。
「魔王軍が動いたぞ!」
「全員、持ち場につけ!」
将軍が大声をあげ、周囲の兵士たちが一斉に動き始める。
「……え?」
僕が呆然としていると、大男が声を張り上げた。
「勇者様! 初陣になりますが、覚悟を!」
「は、はい!」
腰の聖剣を握りしめる。
遠くから、地響きのような音が響いてくる。
魔王軍が、動き始めた。
僕たちの初めての戦いが、始まろうとしていた。




