12. 冒険者ギルド
受付へ向かう途中、僕は改めてギルドの中を見回した。
太い木の柱にはいくつもの傷が残り、床には新しい板で張り替えられた箇所もあった。
修繕を重ねながら、長く使われてきた建物なのだろう。
奥には受付が並び、その手前には食堂と、旅の道具を扱う小さな売店があった。
ちょうど昼時らしく、卓の間を料理の皿を持った給仕が行き交っている。話し声に食器の触れ合う音が重なり、中は賑やかだった。
冒険者ギルド——初代勇者が、人類の結束を願って築いた組織。
国境を越えて活動するこの組合からは、数多くの英雄が生まれたという。
施設で読んだ本にも、冒険者たちの逸話が載っていた。
中でも最高位のSランクに名を連ねる者は、行く先々の街で特別な待遇を受けるほどだと聞く。
物語の中でしか知らなかった場所を、今、僕は歩いている。
壁に並ぶ依頼書へ目を引かれながら、ガルの後を追った。
途中で、人の顔が描かれた紙が目に留まった。
一枚だけではない。何枚もの似顔絵が並び、それぞれの下に名前と金額が記されている。
「ガル、あれは?」
「ああ、賞金首の手配書だ。盗賊なんかの名前や顔が載ってる。捕まえたり倒したりすれば、報酬が出るんだ」
僕は近づいて、紙に書かれた文字を読んだ。
商人を襲った盗賊、旅人を狙う強盗。その中に、別の肩書を持つ男がいた。
「……魔王軍幹部?」
鋭い目つきの男の似顔絵に、『ガドラク』という名前が添えられていた。
「魔王軍にも、懸賞金がかかってるんだ」
「ええ。特に幹部には、高い額がかけられているわ」
隣に来たリリアが答えた。
「幹部って、魔王の下にいる八人のことだよね?」
「そうよ。魔王軍の中でも、特に強い力を持つ魔族たち。一人が戦場に出てくるだけで、戦況が変わるほどだと言われているわ」
僕は手配書を見直した。
フォルティアで戦った魔族よりも、さらに強い相手。その男が、今も魔王軍にいる。
「でも、先代の勇者が何人も倒したんじゃ……」
村長が語ってくれた話を思い出しながら尋ねる。
「八人のうち、四人を倒したそうよ。でも、空いた地位には別の魔族が就いたの。このガドラクも、その一人ね」
「じゃあ、今も八人いるんだ」
リリアが頷いた。
紙に描かれた顔からは、どれほど強いのかまでは分からない。
ただ、名前の下に記された金額は、隣の手配書とは桁が違っていた。
「これだけの額でも、倒せるやつがいなきゃ残り続ける」
ガルが言った。
「見かけても、すぐに挑めって意味じゃない。どこにいたかを知らせるだけでも、大事な情報になるんだ」
僕は小さく頷いた。
いつか、僕たちも戦うことになるのだろうか。
ガドラク。その名前を覚えてから、僕は手配書を離れた。
受付の前には、多くの冒険者が列を作っていた。
僕たちもその最後尾に並ぶ。
窓口では、職員が冒険者の差し出した紙に目を通し、いくつか言葉を交わしていた。
隣の窓口からは、討伐した魔物の数を確かめる声も聞こえてくる。
僕はそのやり取りを眺めながら、自分たちの番を待った。
やがて声をかけられ、一番左の窓口へ進んだ。
窓口の向こうには、職員共通の深緑のブレザーを着た女性が座っていた。
僕たちに気づくと、手元の書類を脇へ寄せ、顔を上げる。
「お待たせいたしました。本日は、どのようなご用件でしょうか」
「こいつの冒険者登録と、道中で倒した魔物の報告をしたいんだ」
ガルに促され、僕は一歩前へ出た。
「アステルです。登録をお願いしたいんですが」
「アステル様……先ほどお越しになった、勇者様ですね?」
頷くと、隣の窓口にいた男がこちらを向いた。
「勇者も冒険者になるのか」
小さな声だったけれど、耳に届いた。
何と返せばいいのか迷っていると、受付の女性が続けた。
「新規のご登録ですね。身元を確認できるものはお持ちでしょうか」
「こちらを」
リリアが書状を差し出す。
女性はそれを受け取ると、丁寧に開いて目を通した。
「ありがとうございます。それでは、討伐のご報告をされる方の冒険者証もお願いいたします」
「ああ」
ガルが懐から証を取り出し、窓口へ置いた。
女性は記載された内容を確かめ、帳面を開く。
その指が、名前を辿ったところで止まった。
「Aランクの、ガルフォン様ですね」
僕は隣を見た。
「ガル、Aランクだったの?」
「言ってなかったか?」
「聞いてないよ」
最高位のSランク。その一つ下。
毎朝、僕の剣を軽々と受け流していた姿を思い出す。強いことは分かっていたけれど、その強さが冒険者の中でどれほどのものなのか、考えたことはなかった。
「ガルフォンって、あんたか」
後ろから声がした。
振り返ると、書類を手にした冒険者がガルを見ていた。
「俺の知り合いが、魔王軍との戦いであんたに助けられたって言ってたよ」
「どこの戦いだ?」
「北の砦だ。退却するときに負傷して、動けなくなったところを助けてもらったって」
ガルは少し考えてから、頷いた。
「ああ、あいつか。その後は大丈夫だったのか?」
「今はすっかり治ってる。また会えたら礼を言いたいってさ」
ガルの口元が緩んだ。
「なら、今度会ったときに一杯おごってくれって伝えといてくれ」
男が笑って頷く。
近くで聞いていた冒険者たちもガルへ目を向けたが、彼はいつもの調子で窓口へ向き直った。
僕の知らないところで、ガルは何度も戦い、人を助けてきたのだ。
いつも隣を歩いている背中が、少し違って見えた。
「……すごいんだね、ガル」
「お前まで何だよ。ほら、報告するぞ」
ガルは背負っていた荷物を下ろし、括りつけていた袋を外した。
「東の岩山を通ってきたんだが、魔物が何度か出た。場所は地図があれば説明できる」
「東の岩山ですね。あちらは現在、調査と討伐の依頼を出しております」
女性は帳面の頁をめくった。
「フォルティアへの侵攻があってから、周辺で魔物の目撃が増えていまして。どのような魔物を討伐されましたか?」
「何種類かいるけど、大きかったのは竜だな」
「……竜、ですか?」
ガルが袋を開き、布に包んでいた鱗を取り出した。
灰褐色の鱗が窓口へ置かれると、女性の視線がそこへ留まった。
「牙もあるわ。必要なら、そちらも確認して」
リリアの言葉に、女性は顔を上げた。
「こちらは、皆様で?」
「ああ。四人で倒した」
背後の話し声が、少し静かになった気がした。
僕は思わず肩越しに振り返り、それから受付へ向き直る。
女性は鱗を慎重に確かめると、立ち上がった。
「恐れ入りますが、責任者に確認してまいります。少々お待ちいただけますか」
僕たちが頷くと、女性は書状と帳面を持って奥へ向かった。
「竜の報告って、普通の魔物とは違うの?」
「被害が出れば、街道を閉じることもあるからな。どこにいたか、ほかにもいそうか、その辺まで聞かれると思うぞ」
ガルの説明を聞きながら、窓口に置かれた鱗へ目を落とした。
僕たちにとっては、旅の途中で襲ってきた相手だった。けれど、同じ道を通る荷車や旅人もいるのだ。
しばらくして、女性が戻ってきた。
「お待たせいたしました。討伐の詳しいお話と、アステル様のご登録について、ギルド長が直接お伺いしたいとのことです。お部屋へご案内いたします」
「僕の登録も、ですか?」
「はい。これまでのご実績を踏まえ、登録時の等級についてもご相談させていただければと」
身分証を作りに来ただけのつもりだったのに。
思っていたより話が大きくなり、僕は三人の顔を見た。
「大丈夫よ。聞かれたことに答えればいいわ」
リリアに頷き、僕は荷物を持ち直した。
鱗をしまったガルとともに、窓口の脇へ回る。
周囲の視線を感じながら、僕たちは職員の後について奥の廊下へ進んだ。




