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11. 慣れない喝采

その後も、山道では二、三度、魔物と出くわした。

けれど、竜ほど手強い相手はおらず、僕たちは足を止めながらも先へ進んだ。


岩山を抜ける頃には、すっかり日が暮れていた。

その日は街まで進むのを諦め、道を外れた場所で野営することになった。


——朝。


軽い朝食を済ませ、川の水で顔を洗った。

冷たい水を拭うと、ようやく眠気が薄れていく。


セレネに浄化魔法をかけてもらい、荷物を背負い直す。

服についた土や汗の汚れも消え、出発の支度はすぐに整った。


「今日には街に着くかしら」


リリアが髪を指で梳きながら、街道の先へ目を向けた。


「そうですね。着いたら、ゆっくりお風呂に入りたいです」


セレネの言葉に、リリアが頷く。


「僕も浄化魔法でさっぱりしたけど……お風呂は、また違うよね」

「ええ。温かいお湯に浸かると、ほっとしますから」


セレネが微笑んだ。


「俺はまず飯だな。昨日はよく動いたし」

「さっき食べたばかりでしょ」

「あれじゃ昼までもたねえよ」


ガルが腹をさする。

リリアは呆れたように息を吐いたけれど、その口元は少し緩んでいた。


僕たちは火の始末と忘れ物を確かめ、街道へ戻った。


山を離れるにつれ、道の起伏は緩やかになっていった。

時折、荷車や旅人とすれ違いながら歩き続ける。


道沿いには畑が広がり、その向こうに小さな村が見えることもあった。

畑仕事をする人々の姿を眺めながら、僕たちは街を目指した。


日が高くなった頃、遠くに街を囲む城壁が見えた。


「あれがレスタレアですね」


セレネが顔を上げた。

リリアも城壁へ目を向け、頷く。


「今日はここで休みましょ。順調に進めば、明後日にはグランヴェルに着けるわね」


街道を行く荷車の先に、大きく開かれた城門があった。


近づくと、門の手前には人や荷車の列ができていた。

衛兵が一組ずつ呼び止め、書類を見たり、荷台を確かめたりしている。


「並ぶぞ」


ガルに続き、列の最後尾についた。

前に停まった荷車から、馬が鼻を鳴らす音が聞こえる。


僕は肩紐を持ち直し、荷車の脇から城門の向こうを覗いた。

門の奥には建物が立ち並び、その間を多くの人が行き交っていた。


緊張しながら待っていると僕たちの番が来た。


「入街の目的は?」

「宿泊と補給だ。グランヴェルへ向かう途中でな」


ガルが答えると、衛兵は頷いた。


「身分を証明できるものはあるか?」


ガルが懐から一枚の証を取り出す。

リリアとセレネもそれぞれ用意する中、僕だけが手を止めていた。


「あの……持っていないんですが」

「それなら、名前と、どこから来たかを教えてくれ。街ではどこに泊まる予定だ?」


答えようとすると、隣からリリアが書状を差し出した。


「この子の身元は、こちらで確認していただけるかしら」


衛兵は書状を受け取り、目を通した。

その視線が、途中で止まる。


「……勇者アステル様のご一行、でしょうか」


急に改まった口調で名前を呼ばれ、僕は思わず背筋を伸ばした。

隣のガルへ目を向けかけて、自分が答えなければと口を開く。


「は、はい。僕がアステルです」

「書状をお返しいたします。どうぞ、お通りください」


差し出された書状をリリアが受け取る。


「フォルティアからの早馬で、ご活躍は伺っております。ようこそ、レスタレアへ」


 衛兵は姿勢を正すと、書状を丁寧に畳んだ。

思っていたよりあっさりと確認が済み、僕はほっと息を吐いた。


リリアは書状をしまいながら、僕に少し顔を寄せた。


「アステルも、自分の身分証を持っておくと便利よ。こういうところで、毎回説明しなくて済むから」

「そっか。でも、どこで作れるの?」


隣で聞いていたガルが、少し身を寄せてきた。


「この街で、冒険者登録しておくか?」

「冒険者登録?」

「ああ。登録すれば冒険者証がもらえる。それが身分証にもなるんだ」

「……うん。作っておきたい」


そのとき、後ろの方から声が聞こえた。


「今、勇者様って言わなかったか?」


思わず振り返ると、いくつもの視線がこちらへ向いていた。


順番を待つ荷車から、小さな男の子が身を乗り出している。


「お兄ちゃん、勇者様なの?」


真っすぐに見つめられ、僕は少しためらってから頷いた。


「うん。アステルっていうんだ」

「じゃあ、それが聖剣?」


男の子が僕の腰を指差す。

柄にそっと手を添えると、その目が輝いた。


「すごい! 初めて見た!」

「こら、あまり騒ぐんじゃないよ」


隣の女性が男の子の肩を引き寄せ、僕へ頭を下げた。


「すみません、この子ったら」

「いえ、大丈夫です」


そう答えたところで、別の声が上がった。


「フォルティアを守った勇者様だって?」

「こんなに若い方だったのか」


列に並んでいた人たちも、こちらへ顔を向けていた。

何か答えた方がいいのだろうか。迷っている間にも、こちらを見る顔が増えていく。


「皆様、どうぞこちらへ」


衛兵が城門の内側を示した。

僕たちは促されるまま、門をくぐった。


「勇者様、またね!」


振り返ると、男の子が大きく手を振っていた。

僕も手を振ると、男の子は嬉しそうに笑ってくれた。


けれど、城門をくぐっても、周囲のざわめきは収まらなかった。


「勇者様がいらしたぞ!」


その声に、店先で話していた人たちがこちらを向く。

通りに面した窓が開き、二階から顔を出す人までいた。


「フォルティアでは、よくぞ戦ってくださいました」

「どうぞ、この街ではゆっくりしていってくださいね」


次々に声をかけられ、僕はそのたびに頭を下げた。


「ありがとうございます」


礼を言って顔を上げると、今度は花を抱えた少女が前へ出てきた。


「あの、これ……」


差し出されたのは、小さな黄色い花だった。


「僕に?」

「うん」


受け取ると、少女ははにかんで母親のもとへ戻っていった。


指先の花へ目を落とす。

この街には、今着いたばかりだ。それなのに、こんなにも多くの人が僕たちを迎えてくれる。


「アステル、あっちにも」


ガルに小声で言われて顔を上げると、通りの向こうから子供たちが手を振っていた。


僕も、花を持っていない方の手を上げた。

すると、子供たちは顔を見合わせ、いっそう大きく腕を振った。


少し照れくさくて、けれど嬉しかった。


「皆さん、道を空けてください。勇者様方は長旅を終えたばかりですので」


衛兵の声に、人々が左右へ寄ってくれる。

僕はもう一度頭を下げ、三人とともに、その間を歩いていった。


通りを進んでも、声をかけてくれる人は途切れなかった。

僕は花を片手に、何度も頭を下げた。


「……すごい人だね」


リリアがこちらへ少し顔を寄せた。


「歓迎してくれるのは嬉しいけど、これじゃ宿を探すどころじゃないわね」


そのとき、ガルが通りの先を指した。


「あそこ、ギルドだ。先に寄っていくか?」


見上げると、大きな建物の入口に看板が掲げられていた。


「う、うん。そうしよう」


案内してくれた衛兵に礼を伝え、僕たちは通りを横切った。

手を振ってくれる人たちに応えながら、少し足早に入口へ向かう。


ガルが開けた扉をくぐり、僕も中へ入った。


背後で扉が閉まる。

ようやく歩みを止めると、思わず長い息が漏れた。


「お疲れさん」


ガルが笑う。

僕は手の中の花を潰していないか確かめ、小さく頷いた。


中にはいくつもの卓が並び、武器を携えた人たちが腰を下ろしていた。

壁に貼られた紙を眺める者もいれば、奥の受付で話し込んでいる者もいる。


近くの卓にいた男が、杯を手にしたままこちらを見た。


「外が騒がしいと思ったら……何かあったのか?」


答えるより先に、入口近くの窓から通りを覗いていた女性が振り返った。


「勇者様が来たって。さっきから、みんな言ってるよ」


男の視線が、僕の腰の聖剣へ落ちた。

隣の卓でも会話が途切れ、こちらを振り向く人がいる。


僕は背筋を伸ばした。


「あの……お邪魔します」


口にしてから、ほかに言い方があった気がした。

隣でガルが小さく笑う。


「そんなに固くなるなって。まずは受付だ」


頷いて、ガルの後に続く。

手にした花が荷物に当たらないよう、そっと胸元へ寄せた。


歓迎してもらえたのは、嬉しかった。

けれど、向けられる視線にどう応えればいいのかは、まだよく分からない。


勇者として街を歩くだけでも、慣れなければいけないことは多そうだった。

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