13. 託される期待
長い廊下を進んだ先に、大きな扉があった。
職員が足を止め、扉を軽く叩く。
「皆様をお連れしました」
「入ってくれ」
中から落ち着いた声が返ってきた。
扉が開くと、奥の机に白髪の老人が座っていた。
広い肩と厚い胸板は、服越しにも分かる。書類を置いた手の甲には、古い傷痕が残っていた。
老人は僕たちへ目を向けた。
「よく来てくれた。私が、この街のギルド長を務めるバートラムだ」
そう言って立ち上がると、部屋の中央にある長椅子を示した。
「どうぞ、掛けてくれ」
「失礼します」
勧められるまま、僕たちは長椅子に腰を下ろした。
バートラムさんは向かいに座り、職員から受け取った書類を卓へ置いた。
「まず、アステル君の登録についてだが、手続きは進められる。王国の書状で身元も確認できているからね」
「ありがとうございます」
ほっとして頭を下げる。
けれど、バートラムさんは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「ただ、等級については理解してもらいたいことがある。勇者であることは承知しているが、現時点で認められるのはBランクまでだ」
僕は顔を上げた。
「……Bランク、ですか?」
「ああ。フォルティアでの戦果は聞いている。竜討伐の報告も含めれば、通常の新規登録とは異なる扱いが妥当だろう。ただし、上位の等級には、依頼を遂行してきた実績も必要になる」
バートラムさんは僕を見た。
「どれほど強い相手を倒せるかだけでなく、状況を見て判断できるか、任された仕事を最後まで果たせるか。それを、ギルドとして確かめなければならない」
「いえ、その……最初からBランクにしてもらえるんですか?」
今度は、バートラムさんがわずかに目を開いた。
「もっと下から始まると思っていたので」
隣でガルが小さく笑った。
「普通はEからだな」
「じゃあ、そんなに上から……」
Bランクなら、ガルの一つ下だ。
受付でAランクだと知って驚いたばかりなのに、自分がそのすぐ下に並ぶとは思ってもいなかった。
バートラムさんの表情が少し和らいだ。
「君には、それだけ期待しているということだよ。ただ、まだ正式な決定ではない」
そう言って、卓の書類へ指を添える。
「今回のように、通常の昇格手順を省いてBランクで登録するには、ギルド側の審査に加え、この街の領主の認定が必要になる」
「領主様の……」
「私から推薦状を出そう。それを持って、一度会ってもらいたい」
僕は思わず背筋を伸ばした。
身分証を作るだけのつもりが、領主にまで会うことになるとは。
「私たち、明日の朝には出発する予定なのですが」
リリアが尋ねると、バートラムさんは頷いた。
「では、明朝に面会できるか使いを出して確認しよう。返事を待つ間に、竜の話を聞かせてもらえるかね」
ガルが足元の袋を持ち上げた。
中から布包みを取り出し、卓に広げる。
灰褐色の鱗と牙を見て、バートラムさんの目つきが変わった。
鱗を手に取り、窓からの光にかざす。
「……これを、東の岩山で?」
「ああ。街道を登った先の、広い岩棚だ。上から襲ってきた」
「岩棚か。足場には苦労しただろう」
バートラムさんは、手にした鱗へ目を落とした。
「翼の風をまともに受けると、踏ん張っていても足を取られる。私も昔、それで武器を手放したことがある」
ガルが頷いた。
「ああ。爪より先に、谷に落とされるかと思ったよ」
「全員、無事に戻れて何よりだ」
バートラムさんは僕たちを見渡し、静かに頷いた。
「では、詳しい場所を教えてもらおう。地図を頼む」
職員が壁際の棚から地図を取り出し、卓に広げた。
ガルは身を乗り出し、地図に描かれた街道を指で辿った。
「ここで道が曲がって……この辺りだと思う」
「片側が岩壁で、反対側は谷になっていました」
僕も覚えている景色を伝える。
バートラムさんは場所を確かめ、地図に小さな印をつけた。
「見かけたのは一体だけかね?」
「はい。その前に、一度上空を飛んでいるのを見ましたが、同じ竜だと思います」
「巣らしきものや、ほかの個体の姿は?」
「それは、見ていません」
僕の答えに頷き、バートラムさんは職員へ記録を頼んだ。
「竜が街道のすぐそばまで来ていたとなると、放ってはおけんな。討伐できたのは何よりだが、念のため周辺を調べさせよう」
「魔王軍が動いた影響なのかしら」
リリアが尋ねた。
「その可能性はある。軍勢に追われた魔物が移動すれば、そこに棲んでいた魔物まで別の場所へ追いやられる。最近は、そうした目撃が各地で続いていてね。ただ、今回の竜も同じ理由かは、調べてみなければ分からん」
僕は地図の上の印を見つめた。
「じゃあ、ほかにも街道へ出てくるかもしれないんですね」
「ああ。だからこそ、こうした報告が助かる。人を向かわせる場所を絞れるからね」
戦って倒せば、それで終わりだと思っていた。
けれど、僕たちが通り過ぎた後にも、あの道を使う人はいる。
「竜のほかに遭遇した魔物についても、聞かせてもらいたい」
僕たちは地図を囲み、道中のことを順に話した。
ガルが場所を示し、リリアが魔物の特徴を補足する。僕も、数や戦ったときの様子を思い出しながら伝えた。
話を終える頃には、地図の脇の紙が、職員の書いた文字で埋まっていた。
「ありがとう。既存の討伐依頼に該当するものがないかも確認しておく。竜については現地を調べたうえで、討伐の記録と報酬を整えよう」
「依頼を受けてから倒したわけじゃなくても、いいんですか?」
「危険な魔物がいなくなったことに変わりはないからね。もちろん確認は必要だが、働きには相応の報酬を出す」
バートラムさんはそう答え、鱗を布の上へ戻した。
その後、登録書類に名前などを記入していると、扉を叩く音がした。
戻ってきた使いの職員が、バートラムさんへ一礼する。
「領主様からお返事をいただきました。明朝、皆様をお迎えするとのことです」
僕は紙から顔を上げた。
「では、明日の朝に館へ向かってくれ。推薦状と、竜討伐の報告書はこちらで用意しておこう」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げてから、手元の書類を見る。
登録者の欄には、自分で書いた名前があった。
勇者になってから、初めてのことばかりだ。
明日は、その名前を持って領主の館を訪ねる。
僕は記入漏れがないか、もう一度、紙の上へ目を走らせた。
記入を終えた書類を差し出すと、バートラムさんは一通り目を通した。
「うむ、これでいい。領主の認定が済み次第、冒険者証を発行しよう」
「ありがとうございます」
隣で、ガルが鱗と牙を布に包み直していた。
僕も足元の荷物へ手を伸ばす。
「ところで、今夜の宿は決まっているのかね?」
バートラムさんに尋ねられ、僕は首を横に振った。
「いえ。これから探そうと思っています」
「それなら、近くに馴染みの宿がある。部屋が空いているか、受付で確認してもらうといい。領主から追加の知らせがあったときも、滞在先が分かれば伝えやすい」
「助かります」
リリアが礼を言い、僕たちも立ち上がった。
「今日はゆっくり休んでくれ。道中の報告も、ありがとう」
バートラムさんに頭を下げ、部屋を後にした。
廊下を戻るにつれ、食器の触れ合う音や話し声が聞こえてきた。
受付のある広間へ出ると、先ほどと変わらず多くの冒険者が行き交っていた。
職員に宿のことを伝えると、近くにいた別の職員が空きを確認しに行ってくれた。
待つ間、僕は壁の依頼書を眺めた。
「登録できそうでよかったな」
ガルが隣に立つ。
「うん。でも、Bランクなんて……」
「最初に覚えることは変わらねえよ。分からないことがあったら聞けばいい」
僕は頷いた。
依頼書には、討伐のほかにも護衛や採集といった仕事が並んでいる。自分が受けるとしたら、何から始めるのだろう。
しばらくして、宿へ向かった職員が戻ってきた。
「二人部屋が二つ空いているそうです。皆様が向かわれることも、お伝えしておきました」
道順を聞いたリリアが礼を言う。
僕も頭を下げ、三人とともに出口へ向かった。
扉を開けると、通りの明るさに少し目を細めた。
買い物籠を提げた人や荷車が、目の前を行き交っている。
「まずは荷物を下ろしましょ」
リリアの言葉に頷き、僕たちは教わった宿へ向かって歩き出した。




