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09. 岩山へ続く道

——翌朝。


太陽が昇る頃、村人たちに見送られながら、僕たちは街道を再び歩き出した。


「いい村だったな」


ガルが笑いながら言った。


「ええ、とても温かい村でした。またこの街道を通るときは、ご挨拶に寄りたいですね」


セレネが村を振り返る。

僕もつられて目を向けると、まだ手を振ってくれている人が見えた。


「うん。また来たいね」


僕はその姿に、もう一度手を振った。


村人たちの姿が遠ざかり、僕は前へ向き直った。


隣では、ガルが肩に担いだ槍を持ち直していた。

その穂先を見ていると、昨日、魔狼の突進に合わせて踏み込んだ姿が思い浮かんだ。


「ねえ、ガル」

「ん?」

「昨日の魔狼、よくあんなに近くまで引きつけられたね」


ガルは少し考えてから、口を開いた。


「遠くから槍を出しても、避けられるからな。飛びかかってきたところなら、動きも読みやすい」

「でも、爪がすぐそこまで来てたでしょ?」

「そりゃ怖いさ。だから、ちゃんと相手を見るんだよ」


僕は腰の聖剣へ目を落とした。


「訓練では、何度もそう教わったんだけどな」

「前にも誰かに習ってたのか?」

「うん。育った施設で。小さい頃から、剣の訓練をしてたんだ」


ガルは納得したように頷いた。


「なるほどな。どうりで剣の扱いには慣れてるわけだ」

「でも、実際に襲いかかられると、頭が真っ白になっちゃって。練習したことも、うまくできなくなる」


初陣で、目の前の魔族兵を見たときのことを思い出した。

何度も繰り返したはずの構えさえ、あのときはすぐに取れなかった。


「最初から全部できる奴なんて、そういないだろ」


ガルがこちらを見た。


「昨日はちゃんと周りを見て、俺たちに声もかけてたじゃねえか」

「……うん」

「なら、できることは増えてるってことだ」


そう言われると、少し気が楽になった。


「その施設じゃ、剣ばっかり習ってたのか?」

「いや、魔法も教わってたよ」


そう答えると、少し前を歩いていたリリアが振り返った。


「へえ、魔法も?」


歩調を緩め、僕の隣に並ぶ。


「じゃあ、光以外の魔法も使えるのね」

「うん。炎、水、風、土の基本的な魔法なら、ひと通り教わったよ」


「……4つとも?」


リリアが僕の顔を見た。


「うん。簡単なものばかりだけど」

「それでも、4属性全部を使える人はそういないわよ」

「そうなの?」

「そうなの、って……」


リリアは呆れたように言ってから、自分を指差した。


「私も使えるけど、誰でもできることじゃないんだからね」


施設では、毎日のように練習していた。

外では珍しいことだなんて、考えたこともなかった。


「今度、見せてくれる?」

「いいけど……リリアみたいにうまくは使えないと思うよ」

「まだ見てないんだから、分からないでしょ」


そう言うリリアの声は、少し弾んでいた。


「じゃあ、次に休憩するときにでも」

「約束よ」


僕が頷くと、隣で話を聞いていたセレネが口を開いた。


「剣も魔法も、たくさん練習されたんですね。施設では、ほかの方と一緒に訓練していたんですか?」

「うん。同じくらいの歳の子が何人かいて、一緒に教わってた」

「では、皆さんで競争したりも?」

「してたよ。誰が先に技を覚えるかとか、手合わせで何回勝てるかとか」


話しているうちに、昔の光景が浮かんできた。


「負けると、もう一度って何回も挑んでくる子もいたな」


僕は少し笑った。


「頑張り屋さんだったんですね」

「……うん。僕よりずっと、勇者になりたがってた」


彼が今の僕を見たら、何と言うだろう。

そんなことを考えながら、しばらく足元を見て歩いた。


「……アステル様?」


顔を上げると、セレネが僕を見ていた。


「あ、ごめん。少し、昔のことを思い出してた」

「いえ。お話ししてくださって、ありがとうございます」


その柔らかな声に、僕は小さく頷いた。


しばらく、誰も何も言わなかった。

僕は昔の光景を振り払うように、前へ目を向けた。


街道は、緩やかな坂の先へ続いていた。


——日が高くなる頃、街道の先に岩肌の露出した山が見えてきた。

道はその麓へと続き、斜面に沿って曲がりながら上っている。


「この先は登りね。今のうちに休んでおきましょ」


リリアが道の脇の木陰を指差した。

荷物を下ろして腰を落ち着けると、風が汗ばんだ首元を撫でた。


「それじゃ、見せてもらおうかしら」


リリアが早速こちらを向く。


「魔法のこと?」

「ええ。4属性使えるって言ってたでしょ。どれが一番得意なの?」

「炎かな。施設でも、一番うまく使えたから」


僕は草の生えていない地面へ向き直り、手を差し出した。

掌の上に、小さな炎が灯る。


少し力を込めると、炎は丸くまとまり、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。


リリアが身を乗り出す。


「そのまま、少し小さくできる?」


僕は頷き、火球を掌ほどの大きさから、指先に乗るくらいまで縮めた。


「……安定してるわね」

「炎は慣れてるから。ほかの属性だと、こうはいかないけど」


火を消すと、リリアは足元の小石を拾い上げた。


「じゃあ、次は土ね」


差し出された石を受け取り、僕は苦笑した。


「全部見るつもり?」

「せっかくだもの。お互いに何ができるか、知っておいた方がいいでしょ」


僕は小石を魔法で浮かせた。

その隣に水の球を作り、ゆっくりと形を整える。


リリアが身を屈め、浮かんだ石と水を見比べた。


「炎と風も、一緒に使える?」

「やってみるよ」


水と石から少し間隔を空け、再び小さな火を灯す。

さらに風を起こすと、足元の砂が舞い、炎が大きく揺れた。


「あっ」


慌てて風を弱める。

リリアが髪を押さえながら、僕を見た。


「風はもう少し弱くて十分よ」

「……難しいね。別々に使う方が楽だ」

「4つ一緒だもの。少しずつ慣らせばいいわ」


僕は石を地面へ下ろし、魔法を解いた。


今度はリリアが手を差し出す。

その上に生まれた小さな水の球が細く伸び、両端がつながって輪になった。


「こんなこともできるの?」


僕も水の球を作り、同じように伸ばそうとした。

けれど、輪になる前に途中で切れ、水が土へ落ちてしまう。


「……今の、どうやったの?」

「一度に全部動かそうとしないで。まずは、端を少しずつ」


言われたとおりに、もう一度水を集める。

今度は形を保ったまま、細く伸ばすことができた。


「そう。その調子」


曲げようとしたところで、横から声がかかった。


「お前ら、休憩するんじゃなかったのか?」


振り返ると、ガルが木の幹にもたれて僕たちを見ていた。

その隣から、セレネが水筒を差し出す。


「続きは、水を飲んでからにしませんか?」


僕は魔法を解き、礼を言って受け取った。

リリアも少し照れくさそうに手を下ろす。


「そういえば、ガルも魔法は使うの?」


水筒から口を離して尋ねると、ガルが片手を上げた。

指の間で、小さな光がぱちりと弾ける。


「雷ならな」

「……それ、訓練では使ってなかったよね?」

「そりゃ、槍と剣の練習だったからな」


ガルは何でもないことのように笑った。


毎朝相手をしてもらっていたのに、まだ知らないことがあった。

僕は水筒の蓋を閉めながら、次はどんな戦い方を見せてくれるのだろうと思った。


休憩を終え、僕たちは荷物を背負い直した。


さあ出発しようとした、そのとき。

不意に、足元が陰った。


雲が太陽を隠したのかと思って、顔を上げる。

けれど、頭上を横切ったのは、大きく翼を広げた何かだった。


「……今の、鳥?」


僕の問いに、ガルは答えなかった。

肩に担いでいた槍を下ろし、岩山の方へ遠ざかっていく翼を、じっと目で追っていた。

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