幕間 朔と美雨
ハサミを手にした朔の腕を、何者かが掴んでいる。
朔には、その人物に心当たりがある。
朔は、サッと振り返った。
「美雨」
「もー、朔ったら。工作用のハサミじゃ何も切れないよー。髪用のハサミ持ってるから、ボクが切ってあげる」
朔のハサミを取り上げて微笑むのは、相部屋の猫田美雨。
ふんわりとした癖っ毛が特徴的だ。
「朔、髪伸びたよねー」
ガサゴソと引き出しを探りつつ、美雨は口も動かしていた。
美雨の引き出しには、たくさんの物が入っている。
「よかったら、後ろ髪も切ってあげよっか?」
百パーセント善意の笑顔でそう言った美雨だが――。
「――駄目だ!」
朔が叫ぶ。
美雨は、少しだけ体を硬直させた。
朔がこんなに感情を出したのは、久しぶりではないか。
朔の目にあったのは、拒絶の意だ。
「俺は、髪を伸ばすんだ。切ったら駄目だ――目標に、達するまでは」
ものすごい剣幕でそう言い放つ朔に、美雨は呆れた顔をした。
そして、姿見の前に立つ朔のもとへと移動する。
「はいはい。目標っていうのは、ボクにはわからないけどさ。それを折ると、朔はすごく怒りそうだ」
優しく諭すように、美雨は朔の髪を梳いていく。
朔も、大人しくなされるがまま。
朔の黒髪が、照明が当たって艶を帯びる。
「朔はいつもそう。孤児院にいたときから、変わらない。いつもはクールな癖に、自分のやりたいことを歪められたら、めっちゃ怒って」
「……」
「ホント、ボクがいないとどうしようもないコだね」
くすくすと笑い声を漏らしながら、美雨はハサミを持つ腕を伸ばした。
美雨が手を動かしていくと、朔の視界も開けていく。
「ねえ、朔。朔は、何をしようとしているの?」
今度は、朔が硬直する番だった。
それを見ても、美雨は笑顔を絶やさない。
まるで、人形のように。
「髪を伸ばす先にやりたいことがあるなら、ボクも手伝う。ボクたちの間に、隠し事なんて似合わないでしょ?」
美雨は鏡に向かって、お茶目にウインクしてみせる。
「お前……」と呆れた顔をする朔だったが、すぐに笑顔を見せた。
それも、とびきりの悪だくみをするような顔で。
「これは、誰にも言っていないことだ。他言無用で頼むよ」
「了解」
それから朔は、美雨に洗いざらい話した。
手違いで派遣された任務で出会った、あの月の少女のことを。
話しているうちに、朔は気づいた。
(孤児院にいるときから、ずっと美雨には助けてもらっていた。そのおかげで、人とのコミュニケーションが下手な俺でも、周りに馴染めたんだ。やっぱりお前は、最高の相棒だよ)
朔の前髪を整えた美雨は、満足げに頷いた。
「うんうん、かわいい」
「かっ、かわいい?」
「女の子みたいになりたいんでしょ? それならなおさら、ボクに早く相談してよね。ボクが、かわいくプロデュースしてあげるから」
前言撤回、ただのやかましい相棒だ。
朔が「うぇー」と言っている間にも、美雨は再び引き出しを探った。
そして、出してきたものを使って、朔の髪をいじくる。
出来上がったのは――。
「はい、ひとつ結び。どうですか、姫?」
「姫じゃねぇ」
そう言って鏡を覗き込むと、そこには女子のような朔がいた。
美雨プロデューサーのもとでなら、いけるかもな。
朔と美雨。
どちらも、謎の闘志を燃やしていた。
「よーし、朔とボク、かわいくなって女子校の任務に潜入だー!」
「なんでお前もついてくるんだよ!」
そんな叫びは、いつしか笑い声に変わっていた。




