第6話
俺が人知れず戦慄していると、穏やかな時間の流れる執務室にノックの音が静かに響く。
「入りなさい」
扉を開けて入ってきた人物は皴一つない服を着こなし、靴音を高らかに立て、隙一つない洗練された礼を見せて、アルテの前で立つ。
「王よ、準備は出来たぞ。だが、なんだその様は。中にいるゴミを直ぐに消して力を取り戻せ」
眼鏡越しに見てくるその冷酷なまでに鋭い眼差しは、圧倒的な殺意の暴威を振りまき、俺の存在全てを消し去ろうとしてくる。
「王に対してその態度は何ですか、貴方らしくもない。いつもの冷静沈着に見せる余裕すら無いではないですか」
セラスの氷のような冷たい殺意が、エルトラの暴威に真正面からぶつかり、双方の殺意が室内を満たしていく。
俺はアルテの中で、あまりの恐怖にただひたすらに震える事しかできない。
「二人とも落ち着きなさい。エルトラは準備をしてくれてありがとうございます。ですが、説明を聞いてください。セラスも気にしてないですから」
アルテの言葉に室内に満ちた殺意が弱まるが、未だに俺が怯えて動けない位には渦巻いている。
「見苦しい振る舞い、失礼しました。ですが、説明次第ではこちらも引く訳にはいかない事はご承知おき下さい」
エルトラが深く頭を下げる。セラスも静かにそれに倣った。
「わかりました、謝罪と意見を受け取ります。
まず現状ですが、戦闘では2割ほどの力しか振るえないでしょう。
そして今、私の中にいる魂はこのまま、私が保護します」
アルテのその言葉の後、僅かに部屋が軋む音が響く。
「そして、この魂は禁術の失敗と考えています」
再度、殺意の嵐が巻き起こった。
だが、それは二人の殺意が激突するのではなく、共に全てを破壊しつくすほどの暴虐となり、室内に亀裂が入り始める。
「落ち着きなさい。気持ちは分かりますが、まだ説明の途中です。それに部屋が壊れたら直すのは貴方たちに任せますよ」
二人の殺意が少しずつ収まっていく。やがて二人は静かに頭を下げた。
「説明の続きですが、人間の国の動向を知るためと、私の力を取り戻す為にバルリアにて、冒険者として暫く活動するつもりです」
「お待ちください。人間の国の調査と力を取り戻すこと自体は納得しますが、王が向かう必要も、バルリアに向かう必要もありません。
おとなしく、この地で力を取り戻してください。
そも、元凶であるその魂を保護する意味が分かりません。禁術の失敗なら早急に殺すべきです」
死が満ちた。
音が死んだ。
光が死んだ。
あらゆる自然が死んだ。
俺も、死ン―――。
「私は保護をすると言いました。決定事項です。
バルリアに向かうこともそうです。
ですが、貴方の言うことも分かります。調査に関してはセラスの部下に任せましょう。
良いですか?」
「畏まりました」
死の気配は一瞬だった。だから、生きてた。
―――きっと俺が死ぬとしたら、アルテに殺されるのが原因なんだろう。
アルテが俺に優しくしてくれてるのは、無条件に無制限にじゃない。
俺はどこまで、アルテに価値を示し続ける事が出来るのかな。
「いいえ、納得できません。何を隠しているのですか?」
エルトラは先ほどの死を微塵も気にしていない。
アルテは少し不満そうに、あるいは面白がるように言葉を続ける。
「困りましたね、どうしましょうか」
「正直に言えばよろしいだけかと存じます」
セラスの軽口が聞こえてくる。
化け物ばかりかよ。
「仕方ありませんね。この魂、シンにこの世界を見せてあげようかと思いまして」
アルテの言葉の後、部屋が冷え込んだ錯覚を覚えた
「世界を見せる?それは、この魂は他の世界から来たと、王家が関わっていると、そう思ってよろしいのですか?」
「はい、そうですよ」
その言葉に、二人の殺意が漏れ出る。
俺は震える事すらできなかった。
その殺意の濃さは最初のエルトラの殺意を凌駕していた。
今の俺には恐怖で何も理解できなかった。




