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深夜の訪問者(1/3)

幾人かが、どうすれば今回の追跡をやり過ごせるかを考えていた、そのとき――


コン。


玄関の外で、ひどく小さなノックの音がした。


室内の全員の呼吸が、ぴたりと止まる。


誰もが同じことを思った。

――こんなに早いはずがない。


窓の外を走る白い走査光は、まだ遠い場所を彷徨っていた。


だが、その音は彼らに考える時間を与えないかのようだった。


コン、コン。


続けて二回。どちらも軽い。

音は大きくない。力ずくで踏み込もうとする気配でもなければ、安寧署の定例検査のような粗暴で事務的な叩き方でもない。

むしろ礼儀正しいとさえ言えた。まるで訪問者本人が、自分を深夜にやって来た紳士かなにかだと本気で思っているような、そんな響きだった。


だが、白石明と天城琉璃は同時に立ち上がった。

二人はもう、扉の外に立つ気配を感じ取っていた。普通の人間ではない。


その気配は――静かすぎた。


あまりに静かで、まるで精密に計算されて作られた存在のようだった。呼吸さえ、礼儀として真似ているだけに思えるほどに。


部屋は一瞬で、底の見えない静寂に沈んだ。


扉の向こうから、柔らかすぎる男の声が響く。


「夜更けにお訪ねするなど、まことに失礼」


どこか作り込まれた上品な抑揚。

古びた上流階級の録音を、劣化ひとつなく保存していたような声だった。整いすぎているがゆえに、かえってこの時代のものではない違和感を帯びている。


「ですが、白石紀惠様なら、お会いくださるのではないかと思いまして」


白石紀惠の身体が、びくりと震えた。


彼女は何も言わなかった。

けれどその声は、ひどく古く、ひどく冷たい記憶を、骨の奥から無理やり引きずり出したようだった。


明が彼女を見て、低く問う。


「母さん、知ってるのか?」


紀惠は首を横に振った。


コン。


三度目のノックが鳴る。


今度は催促というより、確認に近かった。


「どうかご安心を」と、外の男は静かに言った。

「私は君たちを捕まえに来たのではありません」

紀惠ひとりに向けた言い方ではなかった。

扉の向こうの男は、明と琉璃が中にいることまで、最初から知っていた。


琉璃の目の奥の冷気が、さらに深くなる。


そう言う者ほど、捕まえに来る者より危険だ。


明と琉璃が前に出ようとしたそのとき、紀惠が片手を上げて二人を制し、自分で先に扉の前へ歩いた。

鍵をそっと一段だけ外し、すぐには全開にしない。


細く開いた隙間の先に、まず見えたのはシルクハットだった。


黒い帽子。つばがわずかに反り返り、古い時代の舞台で手品師でも被っていそうな意匠。


次に現れたのは、ほとんど完璧な人間の顔だった。


整った目鼻立ち。柔らかな笑み。身なりは端正で、胸元には小さな銀のブローチまで留められている。

あの目があまりにも静かでなければ――結末のわかりきった芝居でも眺めるような、あまりに平穏な目でなければ――本当に育ちのいい夜の客に見えただろう。


男は帽子のつばに指を触れ、わずかに一礼した。


「再びお目にかかれて光栄です、白石紀惠様」


紀惠は相手を見つめたまま、上から下までじっと観察した。

そしてその目を見た瞬間、彼女の顔から血の気が少しずつ失せていく。


「……あなた。あの日の病室にいた人ね」


男の笑みが、ほんのわずかに深くなった。


「十六年も前のことを覚えていてくださるとは、光栄の極みです」

彼は姿勢を戻し、どこか心から楽しそうに言った。

「白石紀惠様の記憶は、たいていの人間よりずっと優れている」


一拍置き、なにか思い出したように付け加える。


「今の私は、ゾル=リンと名乗っています」


紀惠はただ、ぞっとした。

十六年が過ぎたというのに、この“ゾル=リン”と名乗る男は、派手な装いを除けば、外見にほとんど変化がない。

その瞬間、彼女は悟った。これが、明の言っていた異星人なのだと。


だが、明と琉璃の目つきも同時に沈んでいた。

二人にはわかっていた。


――ただの銀海星人ではない。

名前を持つ側の存在だ。


「こんな時間の訪問をお許しください」と卓林は言う。

「昼は静けさが足りません。余計な者に邪魔をされやすいので」


彼はやわらかく微笑んだ。


「中へ入れていただけますか。私はただ、真実をお届けしたいだけです。偉大なる母に贈るべき真実を。ほかに何かをするつもりはありません」


紀惠は明と琉璃を見た。

二人が小さくうなずくのを確認してから、ようやくゾルを部屋の中へ通した。


「寛大なお心に、重ねて感謝を」


ゾルは紳士然とした礼をした。


誰も答えなかった。


紀惠は扉を閉め、さらに補助錠まで掛けた。

まるでゾルよりほかの誰かが押し入ってくるのを警戒しているようだった。


ゾルは気にも留めない様子で、ゆっくりと室内を見渡す。

視線はまず明に向き、次に琉璃に落ち、最後に紀惠の顔へ戻った。


その順番は、あまりにもはっきりしていた。


「白石紀惠様。E-0の全貌をお知りになりたくはありませんか。あるいは、あなたのお子さんが我々に連れ去られていた三日間に、いったい何があったのか」


その表情は誠実で、声は柔らかい。

だがそこには、抗いがたい奇妙な魔力があった。


明が一歩前へ出て、母の前に立つ。


「何が目的だ」


ゾルは彼を見た。

その目には、ようやく成長した子どもを見る年長者のような色が、かすかに宿っていた。


「私は君に会いに来たのではない、E-0」


そのコードネームを口にする声音は、まるで本名を呼ぶように自然だった。


「少なくとも、主目的はね」


彼は紀惠に視線を戻し、また微笑んだ。


「私は偉大なる母にお会いしに来たのです。代用品をここまで育て上げたというのなら、この最後の時に、ぜひ自ら敬意を表したいと思いまして」


部屋の空気が、一気に重く沈む。


明の指先が瞬時に強く握り締められた。

「最後の時」という言葉の意味にはまだ気づかず、ただ勝者の宣告のようにしか聞こえなかった。


紀惠は「代用品」の三文字に胸を刺し貫かれたような顔になった。

顔色はさらに白くなる。それでも歯を食いしばり、問い返す。


「何を……言いたいの」


ゾルはすぐには答えなかった。


彼は本当にこの瞬間を楽しんでいるようだった。

真実が暴かれる直前、まだ誰も自分がどんな顔をするのか知らない、その刹那を。


「私が来たのは、真実をお伝えするためです。E-0が生まれた最初の瞬間を、あなたはご覧になっていないのですから」


「その子の名前は白石明よ。E-0じゃない」


紀惠は怒りを滲ませて言い返した。

自分の子どもを、冷たい番号で呼ばれ続けることに耐えられなかった。


「ええ、失礼しました。白石明」


ゾルは穏やかに詫びた。腹を立てる様子はまるでない。

それから興味深そうに明と琉璃へ視線を走らせ、こう続けた。


「ついでに、このお二人にもお伝えしておきましょう。フィル=レグナは、すでに十分すぎるほど寛大です」


明の目が冷たく細まる。


「フィル=レグナ?」


「フィルは言いました。君たちに少し時間を与えなさい、と」

ゾルは微笑んだ。

「人というのは、最終的には自分で納得しない限り、それが帰るべき場所だと認めたがらないものですから」


琉璃は彼を見据えたまま、低く問う。


「帰るべき場所?」


その声音には、露骨な軽蔑が混じっていた。


「もちろんです」とゾルは、ごく自然な理屈でも語るように言う。

「銀海文明こそが、あなた方が本当に戻るべき場所なのです」


その言葉が落ちた瞬間、明の胸元にある銀の紋様が、かすかに震えた。


彼の顔色が、たちまち悪くなる。


ゾルはそれに気づいた。

だが、満足のいく細部を見つけたとでもいうように、目をわずかに細めるだけだった。

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