挿話112 白起(ゼドラ国大将軍)
ズゥゥゥン。
激しい振動が隣の部屋から聞こえてくる。
3つ目の部屋。残り2つを行けば皇帝の寝室だ。
やはりあの岩石による足止めが致命的だった。さらに敵は待ち構える親衛隊に対し、1人を当てることで時間の短縮を図った。そしてそれは成功しかけている。
すでに2つの部屋で敵が勝利し、そして――
「……ここも、か」
部屋の中央。そこに巨大な岩が突き出ている。地面からではない。天井からのようだ。
宮殿の門を塞いだのと同じ。おそらくその異能の持ち主がやったのだろう。天上から落ちた岩石。そこから少し離れた位置に少女が倒れていた。おそらくこれが岩石の異能を持つ敵か。
ここに至るまで、戦いぬいたのも同じく少女だった。そしてイリスも少女。どうなっている。なぜ戦場に女がこんなにも……いや、それは巴や、あのクースの八重というのも見ればそれも当然なのか。
ともあれこれで3つ。残る部屋は1つ。
それもすでに突破されていたならば……。イリスたちはすでにゼドラ皇帝に対しているのか。
急がなければ。
なぜそう思うのか。
正直、あの自称皇帝には興味がない。かつての王(昭襄王)と比べて全てにおいて劣っている。尊敬する部分も、惹かれる部分もなにもない。
だがその命令に逆らえない自分がいた。
ただし、それは別にどうでもよかった。結局自分は命じられるまま、だが現場では好き勝手に戦えれば良かったのだ。
その戦いも別に好き好んでいたわけではない。ただ戦いというのは生まれた時にはもうすでにあって、そこにかかわらずにいられなかったため、自分も戦場に身を置いた。ただ、自分には戦の才能があったみたいで、いや、違う。他の者に才能がなさ過ぎたのだ。少し考えれば分かるような罠に簡単に引っかかり、少し待てば回避できる策にも突っ込んでいく。
もはや愚者どもが愚者の踊りをする愚者の祭典。それこそが戦で、自分はそれをうまく、効率的に操ることができたというだけのこと。
当然、自分も死にたくはないからそれを回避しているうちに、常勝将軍と呼ばれるようになった。効率的に敵を排除することが容易になっていった。
そして長平。そこでも効率的に敵を処するために40万を埋め殺した。それだけのことだ。
だがこの世界では違った。
この世界の敵は、誰もがそう愚者になることはなく、逆に私を愚者にしようとしてくる連中ばかりだった。
その筆頭が、あのイリスという少女。
たかが10代の小娘に、いいように手玉に取られるなど屈辱と思った者もいるだろう。だが自分はそうは思わない。自分もあの頃にはそれくらいのことはしていた。そう思えば、別にどうということもない。女という点も、今や目をつむれる。
だからあの自称皇帝のことなどどうでもよく、あのイリスが何をするのか。どこまで行くのか興味がある。それだけだった。
もはやこの部屋に勝者も敗者もない。
ならば先に進むだけだ。
そう思い、部屋の半ばを過ぎたところで、
「ぐぁぁぁぁぁ! くそがぁ! やりやがったな、あのアマ!!」
破壊音と共に、部屋の壁際にあった、天井から突き出した岩石が砕けた。
そこにいたのは異形の化け物。3つの顔と6本の腕。なんだこの化け物は。いや、これも異能か。そしておそらくこいつも親衛隊とやらの一員か。
興味が湧いて足を止める。
「負けたのか?」
「んぁ? 俺が負けるわけねーだろうが! 食うぞ、ごらぁ!!」
大音声ですごんでみるが、真ん中の顔が鼻血を出して目もあちらこちらに泳いでいる(おそらく顔面を強打されたのだろう)のだから、あまり迫力はない。
いや、むしろこの程度の化け物に、及び腰になる理由もない。
「あ? てか誰だ、あんた?」
「……白起」
「なに!? てめぇ、いや、てめぇが白起か!」
今、何のために言い直したのか。分からないがどうでもいい。
「負けたのだな。であれば倒れていろ。すぐに全てを終わらせる」
「あ? おい、てかてめぇ。さっきも言いやがったな。俺が負けたって」
「負けたのだろう? 勝者がいるかどうかは微妙だが」
「おい、取り消せ、コラ。俺はまだ立ってる。だから負けてねぇ! この女はくたばりやがった! だから俺の勝ちだ!」
頭が痛くなってくる。どんな原理で動いているのか。この男。
頭が単細胞すぎる。廉頗もここまで愚かではなかった。
「負けたのなら寝ていろと言っている」
「負けてねぇっつってんだろが! ぶっ殺すぞ、てかぶっ殺す! いいじゃねぇか! 伝説の白起! 俺がぶっ殺して、より伝説にしてやるよ! クソ雑魚ナメクジ野郎のチンカスが!」
胸がどこかざわついた。
これは……怒り? そんな感情。全ての国を亡ぼすと決めた時に捨てたのに。この男はそれすらもよみがえらせるか。救いがたい男だ。まったく。
「ぶっつぶしてやる!」
「……我が罪は天に通ず」
パリン、と何かが割れる音がした。
目の前の男。三面六臂の巨体、それが砕けたように一面二臂の普通の人間になった。大きさも一回り小さくなった、ただそれでも2メートルは超える巨体には変わらないが。
「な、なにしやがった、てめぇ」
「愚か者には教える理由はない」
「っ! てめぇ!!」
巨体の男が金砕棒を叩きつけてくる。速い。この巨体にこの速度。だからこその親衛隊ということか。
「貴様を殺れば、俺も――」
だが、三浦の声が途絶えた。
男の喉元。そこに私の抜いた剣が刺さっていたからだ。
確かに速い。
だが、期待するほどのものじゃない。
「己が罪を悔い、我が罪を数えろ」
剣を横に振った。
半ば断たれた男の首が、ぼとりと床に落ち、残された首の断面から血がほとばしった。
私はただ。
返り血を浴びたくないから、さっと身をひるがえして。そのまま次の部屋へと向かった。




