挿話111 本多小松(トンカイ軍将軍)
もともとそんな知能的ではなかったと自認している。
『がっはっは! そういう時は、ぶん殴ってやればだいたいけりがつく!』
……そもそも父上がそうだったし。
だから相手を引っかけるとか、そういうこととは無縁だった。
けど今はなりふり構っていられない。使えるものはなんでも使って生き延びる。それが全て。
そして試す。
そもそもが自分の異能をうまく認識できていなかった。土を操り岩を作り出す。それだけでしかないのだけれど、ここ数時間の間に連発することでもっと何かができるんじゃないかと、もっと違う使い方ができるんじゃないかと感じた。
それは創意工夫。
父上にはなく、どちらかというと上様(徳川家康)の方の義父上や、父上が蛇蝎のごとく嫌うもう一方の本多(正信)殿の方が得意だろう。
だから試す。
自分はすでに上様の義娘だし、何よりあの表裏比興と呼ばれた人も義父に持つのだから。
私だって少しは考えることだってできることを証明する。
「ははははは! 逃げろ、逃げろ!」
三浦の笑声がこだまする。
ただでさえ馬鹿でかい声なのに、それが3倍になるのだからもはや騒音だ。
それでも三浦が投げてくる岩を避けるため、私は部屋をぐるりと回りながら、時に異能で作った岩壁を防壁として逃げに徹する。
そんな私を、まるで蚊トンボを落とすかのように、三浦は投擲を楽しんでいる。
「そらそら! 逃げろ逃げろ! さもなきゃぺしゃんこだぞ!」
イラっとくる。
もうこのまま突撃してやろうか。
そう思うけど我慢。ですよね、信幸様。
今、無闇につっかかったところで、相手は三面六臂の化け物。たどり着く前に発見されて岩石の雨嵐を突破しても金砕棒で叩き潰されるのがオチだ。
だからまだ我慢。一瞬の隙。それを突くためだけに、たとえ面罵されようとも今は逃げに徹する。
「っ……」
あとは自分。体力がどれだけ持つか。
異能を使うたびに、頭痛がして体温が下がったように感じる。体も重い。このまま倒れてしまった方が楽になる。そんな気もしてくる。
けど、
『稲! いいか、辛いときこそ気合いだ! 気合いだ気合いだ気合いだ! どうだ、叫ぶと元気になるだろ!』
父上。いつもそうやって励ましてくれた。
そうだ。父上のため、信幸様のため、イリスのため。こんなところでへこたれるわけにはいかない……。
「気合ぃぃぃ!!」
叫び、異能を発動する。
それでも限界が近い。あとどれだけ我慢すればいいのか。
『限界などない! 限界など誰が決めた! 限界なんてものはな、限界と決めたその先にあると知れ!』
「はい! 父上!」
「そこかぁ!!」
岩が飛んできて、眼前で弾ける。まだ。まだ、行ける。限界はまだまだ先にある。
だってそうでしょう。異能なんてものを持っていないのに、あの子は……イリスは私や、色々な敵と渡り合ってきた。そこには、彼女が持つ武と、異能に囚われない彼女の自由な心があった。
自由。それが彼女の武器。そして私に足りないもの。
ならこの異能をどうすればいい。
地面から突き出す岩石。それだけ。それをぶつけても相手には勝てない。今は投擲の防壁としてなんとか防いでいるだけ。そこかしこに反り立った岩石と、破砕されたものが混ざり合いもはやこの部屋に入った時の整然とした様子はなく、瓦礫に埋もれた廃墟のごとく壮丁となってしまっている。
このままじり貧となるのか。いや、逆転の目はある。必ず。
「ちぃ、隠れてないで出てきやがれ! それともこそこそとしかできねぇのか!?」
三浦がこちらを見失ったらしくわめいている。
見失った。ってことは行ける? いや、あの三面六臂の攻略法がまだ。
私の手には、父上から鍛えられた武と、この異能だけ。それであの化け物を攻略できるのか。
くっ、どうすれば。父上。イリス。信幸様……!
『そなたは私の前に舞い降りた天女だ。そなたがいてくれるからこそ、私も元気になる。だからいつもそうであってくれ』
ふと、思い出した。
信幸様のもとに嫁いだ晩。あの人はそう言ってくれた。私を。筋肉ばかりでがさつで家事らしい家事も全くできない私に。
そもそもそんな私が天女だなんて……。
その時だ。
天啓とも言うべき発想が頭を貫く。
「信幸様!」
「男の名を叫ぶか、女だな!!」
声を出した私のもとに、三浦が次々と岩石を投げてくる。それでも飽き足らないのか、
「戦場で、連れの名を叫ぶなど、甘ったれた女子供のすることぉ!!」
ずしずし、と地面を踏みしめ揺るがす音、三浦の巨体がこちらに向かってくるらしい。いよいよその手でとどめを刺そうというのだろう。
どうする。どうするどうするどうする。岩。地面。天女。っ!!
「く、た、ば、れ!!」
高々と振り上げた金砕棒。それを私の潜む場所に叩きつけてくる。
その刹那。私は異能を発動した。視界が揺らぎ、一瞬の間があって浮遊感に包まれる。飛んでいた。真下から岩石を突き出させ、私の体を空へと押し上げさせる。わずか横を三浦の金砕棒がよぎった。風圧に鳥肌が立つ。けど抜けた。
三浦の頭部が見える。天井にさかさまに立つ三浦。違う。私が逆さになったんだ。岩石で押し上げられた私の体は、上下が逆になっている。つまり今、私は天井に足をつけている。逆立ちした状態。
「なにぃ!」
三浦が私の姿を見失っている。3つ顔があっても、真上は死角。腕が6本あっても天井までは届かない。
けどこのまま自由落下したところで、気づいた三浦に捕まり、それこそ地獄の悪鬼のように食い殺されるしかないだろう。
なら落ちればいい。加速して。天女のように。
私の異能。
地面から岩石を突き出させる異能。
なら今。こうして足をつけている天上。そこも地面。そう思い込む。だから出来る。ここから岩石を突き出すことが。
落下が加速した。地面、いえ、天井から岩石が突き出る。それに押し出されるようにして高速に落下する。相手の頭上に。
「上かっ!!」
気配に気づいた三浦がこちらを見上げてくる。
もう止まらない。行くしかない。
「はぁぁぁぁ!」
気合と共に薙刀の石突きを突き出す。刃の方を突き出さなかったのは、別に殺生を嫌ったわけじゃない。返り血を浴びるのが嫌だったからだ。
だからそのまま石突きを突き出し、三浦の中央の1つの顔面に叩き込んだ。
「ぐぇ!!」
蛙がつぶれたような悲鳴をあげて、三浦が倒れ――
「こざかしいわっ!」
横なぎが来た。
金砕棒。咄嗟に薙刀の刃の方を振る。金属音。そして衝撃。
横殴りにされた。直撃じゃない。けど薙刀の刃を砕かれた。ああ、私のお気に入り。よくも、と思う間にも、空中で受けた衝撃は私を横へと押しやる。幸いだったのは床に向けてのたたきつけじゃなかったこと。三浦との距離を強制的に離された。
「このクソアマがぁぁ!!」
三浦が怒り心頭に吼える。
決死の特攻が不発に終わった。武器も失った。あとはなぶり殺しにされるだけか。
そう三浦は思っただろう。
でも――
三浦を指さす。この次こそが本命。私の、ない頭を絞って放つ、最後の一撃。
「押し潰れなさい!」
「ん……なぁ!?」
私に視線を移した三浦が、再び頭上に気を取られて仰天する。
私を突きとばした天井からの岩石。それがそのまま制止せずに三浦の体を押しつぶす。
先ほど。真正面から来た岩石を、この男は悠然と回避した。だが今回は頭上から。しかも一番真ん中の頭には石突きを叩き込んでやった。
それで回避など、できるはずもない。
「くそったれぇ!!」
断末魔の悲鳴を上げ、頭上を襲った岩石が三浦を押しつぶし――
「勝った……信幸様、イリス……」
限界を超えた私の意識も。
同時に潰されるように消えていった。




