第141話 決着の地へ
ようやくここまで来た。
思えば今年の上旬。この帝都に来た時からすべてが始まった。
それから約半年。
それまでに一体どれだけの血が流れ、涙が流れ、悲しみが流れていったか。
想像もつかないし、想像したくもない。
けど忘れることはできない。これまで消えていった命、散っていった人たちのことを思えば。
それもこれも、全て原因は1人の人間に寄与するものだった。
1人の人間の野心が、罪もない人たちの命を奪うことになった。その中でのうのうと、その人物が、皇帝の部屋でぬくぬくと過ごしていることを考えれば、怒りではらわたが煮えくり返るのもやむなしだろう。
その元凶。
その根源。
その人物。
ゼドラ国の太守にして、現ゼドラ帝国の皇帝を僭称する男の寝室に今。僕たちは突入した。
突入。その表現は正確で、ただし僕らが先陣を切ったわけじゃない。
先頭はこの男。
「へ、陛下ぁ!」
情けない声をあげて、五人揃って四天王の自称最強が寝室のドアを蹴破るようにして転がり込んだ。
その先は豪奢な天蓋付きのベッド。そこに縮こまって眠る男。それがもぞもぞと動いて、上半身だけ少し起こす。
「……ふわぁ。なんだどうしたなにが起きた。こんな夜に。親衛隊の――」
「た、助け――むぎゅ」
アイリーンとマシューが男を踏みつけ、部屋の中へと入り込む。
男は背中と頭を踏みつけられ、動かなくなった。
……えっと、これで最後の四天王撃破ってことでいいのか?
じゃなく!
「ようやくここまで来たな」
皇帝が感慨深そうにつぶやく。
その周囲、アイリーンとマシューが前方の左右、ラスが背後。そして僕は左横を固めた。
ラスがバタン、と扉を閉め鍵も閉めた。そこに僕は近くにあった棚を動かして重しをする。
これでしばらくは時間が稼げる。
「……き、貴様ら! なんだ! この皇帝の寝室に立ち入るなど、許されることではないぞ! ここは私――皇帝であるゴーヨ・クダールの部屋だ、出ていけ!」
ようやく何が起きたか分かったのか、寝ぼけまなこをこすって上体を完全に起こしたゼドラ太守ことゴーヨが叫ぶ。
「ならばここは吾輩のものだろう」
「…………き、貴様は……まさか!」
「吾輩は99代、アカシャ帝国が皇帝。ユーキョ・アカシャである」
「あ、あなたさ……いや、き、貴様!」
一瞬、元の太守という皇帝の下位の顔が現れたが、すぐに取り繕うように威厳を正すゴーヨ。
「ふ、ふん。帝位を失った貴様など誰が恐れる者か!」
「帝位を失った覚えはない」
「帝都を失った時点で貴様の帝位は終わりを迎えた! 旧帝国軍を駆逐し、この世界の中心を抑えたこの私、余こそがふさわしいのだ!」
「なら、ここはもはや帝都ではない。この吾輩がいるところ。それがすなわち帝都だろう」
「減らず口を聞くな、ガキ! 貴様の時代は終わった! わた――余は新生ゼドラ帝国の皇帝であるぞ!」
10歳ながらも、威厳たっぷりに相手に対する皇帝。それはもともとの資質か。
……あるいは、相手があまりに小物過ぎて大人にならないといけないと感じたか。
さて。本来なら僕らの仕事はこれで終わりだ。
けどこれからどうなるんだろう。
皇帝とゼドラの太守が出会う場を作る。それで全てが収まるのかどうか、正直謎だった。
けど何かあって、この戦いを終わらせる秘策があるんだろうと思っていた。
まぁ僕としては、ここまで来たんだから太守を人質に取ってゼドラ軍を撤退させようくらいのことは考えていたけど。
当の皇帝がまだ対話を望んでいるようだからもう少し、皆が稼いでくれている時間を使わせてもらおう。
それから約5分ほど。皇帝とゼドラ太守のとりとめのない会話が続いた。
とりとめのないというと、どこか平和然としたやり取りに聞こえるけど、実際は子供と大人の口論といった感じか。子供が癇癪を起してわめきたてるのを、大人が受け流すというもの。
当然、大人であるゼドラ太守が子供で、子供であるアカシャ皇帝が大人の立場だけど。
「ふぅ……」
そして皇帝が深く、とても深くため息をつく。
「陛下、そろそろ」
僕は皇帝に決断を促した。
もはや話は平行線。いや、話し合いにすらなっていない。
この戦いのことや停戦のことなど何もない。ただただ、ゼドラ太守は自分のことをくっちゃべっただけだ。
だからもうこの話し合いに意味はない。
ならこの男を人質に取って戦いを終わらすべきだ。そう促した。
だが皇帝は首を横に振り、
「正直な。帝位など譲ってもいいと思っていた」
「陛下!?」
アイリーンが絶句する。
それもそうだ。
いきなり見も知らずの男に帝位という最上のものを譲るなど言われれば。これまで皇帝についてきたのも、多少なりとも打算があるわけで、それをいきなり放棄されるなんて言われれば困りもするだろう。
ただそのアイリーンの戸惑いを受け止めながらも、10歳皇帝は静かに諭すように言う。
「帝位などどうでもいいものだ。こんなくだらないもののために、誰もが目を血眼にして騙し合い殺し合う。こんなもの、吾輩には不要だとも言える」
「陛下……」
今度のアイリーンの言葉は湿ったものとなっていた。
ラスから聞いた。帝位を狙う叔父の存在。もちろんそれ以外にも魑魅魍魎がたくさんいたんだろう。それをこの10歳という、小学校5年生くらいの少年が味方もない状態で耐えきれるとは思えない。
逆によくも今まで、性格破綻までいかなかったと思うくらいだ。……まぁ少しのいたずらは多めに見ようじゃないか。
けどまさかと驚いた。
なぜ皇帝はここまで来ようとしたのか。何をもってこの戦いを止めようとしたのか。
それはつまり、禅譲。
皇帝の地位を捨て、今、新たに立ち上がった王朝に皇帝の権利を譲ること。
それをもってこの戦いを終わらせる。
それはある意味英断だ。
そうした瞬間に、僕ら連合軍の大義名分が失われ、この長くだらだらと続いた戦いが終わる。
皇帝が決めたことだ。それに逆らうのは逆賊となる。
だがそれは同時に最悪の愚行ともなる。
じゃあなんで僕らはここまで戦ってきたんだ。そもそっもが皇帝が帝都を奪われたから、それを奪還するために戦って、血を流して、命を落としてきたのに。その張本人が「めんどくさくなったんでやめまーす。今までやってきたことに意味はないでーす」なんてことを言い始めれば、
怒りが湧いてくる。
こんなことのために戦ってきたわけじゃない。
皆、死んでいったわけじゃない。
けどまだ一線のところで我慢した。
それでも何も言わずには済まない。
「陛下、それは……」
「分かってる、イリス」
皇帝はちいさく、だがはっきりと頷いた。
同時、自分を恥じた。
この少年皇帝は、それらを全てわかったうえで禅譲を考えたんだろう。
自分の身勝手で始めた戦争を、自分の身勝手で終わらせる。犠牲もなにもかも無駄な戦い。
まさに小牧長久手の戦いにおける織田信雄だ。
いや、それ以上。後世に最悪の愚帝となじられても仕方のない所業だ。
けど、このまま犠牲が増えるよりはいい。そう思っての善行。人を傷つける善行だが、何もしない偽善よりいい。
あるいは。自分の勝手に皆がここまで巻き込まれることを嫌った、ある意味、優しさの一環だったのかもしれない。
どうする。
自らの評判を
僕は――




