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挿話105 本多小松(トンカイ軍将軍)

 鐘の音が鳴る。

 何度も何度も。打ち付けるように、鳴り響く破壊の音響。


 真実。それは鐘ではない。

 私の薙刀と、三浦の扱う金砕棒によるもの。


 とはいえ、まともに打ち合って勝てる道理はない。

 長さはどっこいとはいえ、その質量は金砕棒の方が数倍、いや、十倍にはなっているだろう。

 それも当然で、私の薙刀は斬るためにある。

 対する相手の金砕棒は叩き潰すためにある。

 そうなれば必然的に質量は増大し、鉄でその質量を保とうとすれば当然頑丈さも跳ね上がる。


 だから真正面からいってもこちらの武器が叩き壊されるだけ。真正面ではなく横。横なぎに来れば上。相手の攻撃に対し、その横っ面を叩いてわずか軌道をずらさせる。父上との修行でもやったもので、それについてはそれなりに自信がある。

 軌道がずれれば被害がない。被害がなければ一歩前に進んで返す刀で相手を斬りつける。


 それができるはずだった。


 だがそれを不可能にするのが、今この目の前にいる男。


「ふはははっ! いい! いいぞ! 先よりも動きが良くなった! つまらないクソジジイとの戦いより、こう血沸き肉躍る戦いこそ、俺の求めるものだった! それがこんな場所、貴様のような女が相手とは!」


「よくしゃべる……!」


 舌打ちを我慢して吐き捨てる。

 そんな下品なこと。信幸様に見られたら終わりよ。


 けどそうしたい気持ちがいっぱいだ。

 なんせこの男。私の薙刀の十倍は質量のある金砕棒を、まるで木の棒でも振るように軽々と扱うのだ。

 相手の攻撃をずらし、一歩踏み出そうとしている時にはもう次の攻撃が来ている。だからそれをなんとかずらして進もうとしても、再び攻撃が来る。


 終わりのない、高速の連撃。


 まさに父上に匹敵する武。

 いや、そんなわけない。こんな無名のやつが、父上に勝るとも劣らずなんて。


 てか三浦なにがしって誰よ。三浦なんて吾妻鏡あずまかがみでしか見たことないし、その後も全然知らない。御浦みうら(三浦)の半島と縁でもあるのかしら。

 あったとしても、私がいたころにはもう北條ほうじょうが幅聞かせてたから三浦氏なんていなかったし、やっぱ滅んでんじゃない?


 だとしたら大したことないってこと!


 そう無理やり自分を納得させるように心中で強く願う。

 それでも現実は変わらない。圧倒的な速度で振り回される死の権化に、まさに手も足も出ない。


 このままだとじり貧。どっかで変化をつけないと。


 なんて思っていると、


「楽しいなぁ! そうだろう、女ぁ!」


「うるっ、さい!!」


 横なぎが来た。縦、縦、縦と来てここで横。

 先にやられた。感覚を狂わされた。

 けどどこかで変化をつけるのは私も狙ってたこと。ならここを活かして一気にケリをつける!


「ふっ」


 横なぎの破壊の塊。それを上から薙刀の石突きで捉えた。

 さらに腕に力を込めて、反発の力を得て空へ。


 いくら怪力の持ち主だろうと、神業の所持者であろうと、攻撃の最中に身を護るすべはない。


 体を縦にひねる。そこから生まれるのは薙刀の一閃。手を滑らせ石突きの方を持ち、さらに回転の力を持って振り下ろす。

 距離と力。どちらも相手より劣る私の、渾身の一撃。


「はぁっ!!」


「ちぃ!!」


 斬った。いや、浅い。咄嗟に後ろに跳ばれた。だが血が三浦の額から噴き出る。なら!


「うるりゃあああ!!」


 振り下ろした薙刀の刃。それを叩きつける。すでに距離を取られている。当たるはずがない。

 けどそれが私の狙い。叩きつけた刃から力が伝播し、地面を揺らす。

 そこから生み出されるのは、異能スキルによる力。盛り上がった土石が薙刀ごと私の体を押す。


「なっ!」


 三浦の顔に驚愕が浮かぶ。

 土石に押し出された格好の私は、放たれた矢のように三浦に向かって飛んだ。薙刀を引き戻している余裕はない。だからそのまま、突きだされるがままに足を、相手の顔面に叩き込んだ。


「ぶっ、がぁぁ!!」


 悲鳴を上げて後ろに吹っ飛ぶ三浦。その体は一方の壁に激突し、それでも勢いを殺せずに激しくヒビを壁に走らせめり込んだ。それでも金砕棒を手放さないのは武士の鏡というべきか。

 対する私は蹴りで衝撃が殺されたおかげで、それほど飛ばずに無事着地。

 ギリギリの駆け引きだったけど、なんとかうまくいったみたい。


 完璧に捉えた。

 手ごたえ……いや、やったのは足だけど、はある。

 てかあんだけ壁にめり込んで生きて……はいると思うけど、起き上がれるやつなんているわけがない。


 どれもこれも、父上のしごき、信幸様への想い、イリスへの気持ち。それが一体になっての勝利に違いない。


 とにかく、これでここは私の勝ちだろうから、さっさと奥に行ってイリスの手伝いを――


「はっ」


 刹那。


 笑声が、響いた。


 何が、と思うまでもない。

 この部屋には2人しかいなくて。1人は私で、もう1人は男。そして男の笑声が響くとなれば、もうそれは簡単な算術だ。


 振り返り、見た。


 ひび割れて崩壊寸前の壁。そこからゆらり、と男が起き上がる。

 笑声という割には乾いたもの。それを体現するかのように、三浦は無表情にこちらを睨むでもなくただ見つめてくる。

 額から流れる血。それが鼻にかかったところで、男は指で血をこする。それをそのまま舌へと持っていき、ぺろりと舐める。


 その何気ない仕草が、どこかおぞましいもののように見えて、体の自由が効かなくなる。


 そんな私の状況を知ってか、男は感情の籠らない声でぼそりと呟く。


阿修羅修羅あしゅらしゅら


 途端。三浦がの首がゴキっと曲がった。普通の人間では曲がらない確度。

 死んだ?

 そう思ったのは間違いない。それほどに、生きた人間がする角度じゃない。それほどに常軌を逸した光景だ。


 三浦の動きは止まらない。折れたはずの首、その上に乗る頭が、にやぁと大きく不気味に笑みを見せる。まさに背筋が凍る勢いだった。そこから首がぶるぶると震える。まるでキツネに憑かれたように尋常じゃない動きだ。

 さらに現象は頭だけにとどまらない。

 その背中。首の方向からどっちが背中か、一瞬迷うところだったが、その背中側がいきなり盛り上がった。それからボコボコと何かがうごめくように背中が蠢動しゅんどうを繰り返し、まるで別の生き物のように躍動を繰り返す。


「きしょっ!」


 苦手な多足の虫を思わせる奇妙すぎる動き。人智を越えた人外の挙動。

 今のうちに叩き斬るべきだ。

 そう思ったけど体が動かない。


 キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。キモい。


 頭はその言葉が埋め尽くし、体どころか指一本を動かすこともできない。攻撃するなら今。そう思っても動けない。

 だからこそ。固定された頭は、目は、その奇妙な変化を目を背けることもできずにただただ眺めるしかなかった。


「ぐぇぇぇぇ」


 三浦が奇妙なうめき声をあげる。

 それがもう人間を超越している感じて、そしてその頭が――


 パァン


 爆ぜた。


 爆ぜた?


 死んだ?


 と思ったのは一瞬。ぐったりと後ろに垂れた三浦の頭部。それがぐりんと勢いを持って、跳ね起きるようにこちらに向いた。その顔を見た時、


「い、いやぁぁぁ」


 情けない悲鳴。

 誰がこんな声を。


 私だ。自分自身だ。

 それはとても恥ずべきことで、今すぐにでも自分をぶん殴って情けない悲鳴を止めたい。だがそれができない。


 目から入る情報があまりに過多すぎて、何も考えられない。ただただ、相手の男の“変化”を見つめるしかない。


 悲鳴をあげた原因。

 それは男の顔だった。そこには目が3つあった。鼻も2つ。そして今、唇が大きく横に伸びて、そして分裂したのが見えた。さらに目が大きく伸びて、その限界のところで真っ二つに別れた。それがすぐに正常な目の形を作り、目は合計で4つになった。

 それだけで止まらない。目は再び分裂を繰り返し、鼻も3つ、口も3つに別れた。


 異変は顔だけじゃない。

 先ほどから躍動を繰り返す三浦の背中。それが大きさをどんどんと増し、まるで母衣ほろを背負ったかのように、背中が大きく膨らんでぼこぼこと動く。気味の悪さでは顔面以上だった。


 そしてその躍動が限界に察した途端、三浦の背中を突き破るように何かが出た。

 それは腕だった。

 右と左。それが2つずつで合計4つ。元の腕と合わせると6つだ。

 そして3つの顔――ああ、分かった。この男の異能いのうだ。これこそは、まさしく異能の中の異能。


 三面六臂さんめんろっぴ

 まさに阿修羅像そのものの、3つの顔、6つの腕を持った、2メートル越えの男がそこにいた。


「はは、はは。俺にこの力を遣わせるたぁなぁ。やるな、女。だが……お前、もう死んだぜ」


 3つの頭がそれぞれ同じ言葉を喋る。

 その同じ言葉なのに微妙にずれて、どこか不協和音を奏でるようで酷く頭に響く。


 これのどこが阿修羅なのか。神々しさもなにもない。ただの醜い化け物だ。

 化け物ならさっさと退治すべき。かの大ムカデを退治した、藤原秀郷ふじわらのひでさとのように。


 ……けど。


 こんな化け物。どうやって?

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