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挿話104 白起(ゼドラ国大将軍)

 周囲の喧騒が響く。


 反して自分の心は静まり返っていた。


 あれから――イリスらが宮殿に侵入してから10分あまり。

 未だに門を飛び出す土石をどかせないでいる。


 好機なのだ。


 あの娘、イリスを殺す絶好の機会。

 彼女を狙い撃ちにした強襲作戦は見事に失敗し、数千の犠牲と呂布と巴を失うという大失態を犯した。これほどの失敗はこれまでにないもので、少なからずの自戒を込めて次なる戦に備えるべき時だった。


 そこにあの娘が飛び込んできた。

 わずか数人で、数万がひしめき合うこの帝都に潜入してきた。

 何が目的か、おそらくゼドラの皇帝をどうにかしようというのだろうが、自分にとってはそれはどうでもよかった。とにもかくにも、自分の戦績に泥を塗ったあの娘を生かして返すわけにはいかなかった。


 何より、あの娘を殺せば、それだけで敵連合軍の士気は瓦解する。

 そうだ。それが狙いだ。決して個人的な鬱憤を晴らすために行おうとしているわけでは決してない。あれだけの犠牲を払って討ち果たせなかったあの娘を、こうして数万の兵で包囲できているのだから、これを活かさない手はない。


 そもそも、自分の戦績などどうでもいいのだ。

 ただ勝つべくして勝つ。そこに感傷や心情を入れる余地などない。味方が死んでも、ただ二度と使えないというだけのこと。


 なのに。


『お前は、死んで悲しい……人はいるか?』


 あの男。河井と言ったか。その男が散り際に発した言葉。


『独り、よがりの武、に、すがり……怯えて、泣く、臆病者、だ』


 違う。そうはっきりと否定した。

 それなのにあの男は言い切った。


『お前は、独り。天に、地に、見捨てられ、死ぬ』


 そんなはずはない。

 我が罪は天に通じている。つまり我は天と同一。そして地は私であり、私も地である。見捨てられるはずもない。


 所詮は死にぞこないの言う戯言たわごと


 そう聞き流していたが……。


『お前もそろそろ腹をくくれ。この戦い、ゼドラの負けだぜ。本来ならそうはならなかった。だがあいつが全てを変えた』


『どうか、勝ってくださいませ白起様!』


 為朝、項羽、呂布、そして巴。


 次々と自分の周りから人が去っていく。

 あの男の言う通りなのか。ふざけるな。そんな予言など。いや、予言と言うにも馬鹿らしい。


 私は私。

 天は天。


 ならば私が見捨てられるはずもない。


 それでもこの状況はどうしたものか。


 やはりあの娘。


『認めない! 僕は、お前を認めない!』


 あの時。燃えるような瞳をして打ちかかってきた。そして大怪我を負った。

 斬り落としたあの女に特別な感情をいだいていたのか。どうでもいい。感傷は戦場に邪魔なものでしかないのだ。


 それでもあの娘の激情。そして武威。

 その2つは混ざり合っているようで、それでいてそれぞれに確固として屹立としているようで、どうにも理解ができない。


 なぜああも感情を吐露できるのか。

 ああも生きることを発露できるのか。


 知りたい。

 知ったうえで、殺せばそれで終わり。この不毛な戦いにも幕が降りる。


 そう。それだけのこと。

 これまでの犠牲も、これからの犠牲もそれでしかない。


「もう一度。相見あいまみえる必要があるか」


「は? どうされましたか?」


 近くにいた副官が、声に反応して問いかけてくる。


 それに無言の答えを返して、歩を進めた。


「だ、大将軍!?」


「あとは任せる。撤去出来次第、兵を宮殿に送り込み、侵入者どもを抹殺しろ」


「は……ははっ!」


 指示はそれだけでいい。いや、それも蛇足。

 すべて自分が終わらせる。それだけのこと。


「通るぞ」


 それだけで道が開く。

 その先。宮殿の門に高々と突き出た土石。それはもう異能とは離れたものである以上、自分の異能で消すことはできない。それが忌々しい限り。

 だが、越えられない壁ではない。


「だ、大将軍。まだ門は……」


「問題ない」


 駆ける。

 兵たちを後ろに。速度をさらに上げる。


 そして土石が固める門にたどり着くと同時、地面を蹴った。その先は門の柱。そこを2歩、垂直に駆け上がり、3歩目で柱を蹴った。

 その向かいにある土石の突き出た部分をさらに蹴り、再び柱を蹴り、それを繰り返し徐々に上に上っていく。そして土石の上に出ると、両足でしっかりと頂上を踏みしめた。


 振り返る。

 唖然とした様子の兵たちが眼下に見える。その奥。今や兵たちの宿場となった上級区画ノーブルエリアが見渡せる。灯りはついていない。どこも騒ぎを恐れ寝静まっているのか。

 そんな光景だからといって、何かを感じるわけではない。ただ人々と軍の暮らしがあるだけ。そこに夜警を感じることはない。

 だがそれも、あの娘が見ると違うのだろうか。


 分からない。

 だから知りに行く。


 それだけのこと。


 それが終われば、いつもと同じ。首を刎ねるだけの作業が待つ。


 そこにどこか寂しさを覚えながらも、仕方ないと思いなおして土石を一気に滑り下った。

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