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挿話102 新島八重(クース国砲術師範)

 これまでどれだけの弾を撃ってきたか。

 すでに筋肉は痙攣し、腕は痺れ、火薬のにおいで鼻は馬鹿になってしまった。

 撃ち捨てられた銃はそこらへんに散乱していてまさに銃の墓場になってしまっている。これが本物だったら兄さに大目玉だった。異能スキルという力が、この銃を無限に産みだし、発射させているものの、これ以上はもう力も体も精神も限界だった。


 なのに――


 ビィィン


 壁に矢が突きたつ。


 相手も100以上の矢を放ってきた。むしろ矢の方が力を使うはず。なのにまだその力に衰えはなく、こうして必殺の一撃を放ってくるのだからとんでもない話だった。


「正直、驚いた。ここまで私に力を出させるなんて」


 板額御前の声。声はすれど姿は見えず。

 姿を見せれば撃ち抜かれる。それがもうお互いの共通認識。


「嬉しかね。源平の英雄にそう言われるなんて」


「まぁ、勝つのは私だけど」


「ふん」


 鼻で笑ってみた。

 けど半ばそうなりそうな気配がある。互いの力量。その全てを見ても、自分が相手に勝てるとは思えない。

 それすなわち、おらの死。死んで、いなくなって、終わる。


 それは嫌だった。ここまで来て。会津で生き延びて、ゼドラ国との戦いでも生き延びて、何もせずに何も成せずに死ぬ。それはどうしても容認できないこと。

 けど力の差は明らか。


「生意気。だからもう、これで終わらせるよ。最強の敵に対する敬意を評して、私の異能でとどめを刺す」


 異能スキル

 やはり相手もそれを持っていた。そしてそれが示すのは、これまでが全て自力だということ。こっちは常時から異能スキル頼りだったのに。


 冷や汗が出る。

 生存の確率がどんどんと低くなっていくことに。この戦いの果てが見えてきたことに。


「我が弓は月より出でし。我が矢は空より落ち。天をまたたく星々のきらめきに似たり。ゆえに我が矢は外れること能わず。すなわちそれ……一発必中也」


 祝詞のりとを唱えるように、板額御前の声が響く。

 何を、と思って目だけを出して見れば、反対側の長椅子の向こう。そこににょきっと生え出る弓が見えた。それは矢をつがえているものの、こちらに向けられてはおらず、それは天井を指していた。


「貫け。その心の臓を。壁に縫い付け、天下のさらし者とせよ!」


 そして言葉と同時、矢が放たれた。


 けど、その時まで自分は夢を見ているのかと思った。

 なにせその放たれた弓。当然、彼女の腕前なら1を数える前に天井に穴があく。そう思っていた。けど違った。


 放たれた矢。

 それは浮遊するように、まるでしゃぼん玉のようにふわふわと、ゆっくりゆっくり空を飛ぶ。

 ギリギリまで絞られて放たれた矢のはずなのに。まるで夢だと思ったのはその光景を見たから。


 けどそれが異能スキルだと分かれば、これが現実なのだと、頭に警鐘がガンガン鳴り響く。


 ゆっくりと上昇した矢は、途中でピタリとその動きを止める。

 そしてぐりん、と矢の先をこちらに向けると、これまでの動きが嘘だったかのように急加速してこちらに向かってきた。


「っ!!」


 これまでの矢の速度よりはるかに遅いとはいえ、こっちへと向かってくる死の誘いに乗る必要はない。

 今の隠れ場所を放棄して動く。相手の位置を把握しながら、絶好の狙撃地点へ。


 あの異能スキルがなんだったかは気になるけど、場所を移せば一直線の矢など――


 ゾクッとした。


 いつまでも壁を貫く矢の音がしないことに。


 振り返る。

 それでもう、背筋に氷を当てられたかのように寒気がした。鳥肌も存分に立った。


 丸い点。何かが宙に浮く。

 矢だ。

 矢が先をこちらに見せているから点のように見える。けど後ろの方に矢羽根がついて、その存在を示す。


 けど恐ろしいのはそこじゃない。

 さっき飛んできた矢だ。それが今、こうしてこちらを向いているってことは――


「逃げられないよ。一発必中。相手を串刺しにするまでは止まらない。完全追尾の矢」


 板額御前の声。そしてその言葉が意味すると考えた時だ。


 矢が飛んできた。

 同時、横に転がった。矢の軌道から逸れる。普通ならそれで避けられる。

 けど、それは無理だと半ば分かっていた。


 矢の軌道から離れた瞬間。飛来する矢がピタリと止まり、ぐりんと、まるで生き物が鎌首をもたげるようにしてこちらを向いた。そしてすぐに飛んでくるのだ。


「兄さ!」


 兄の名を呼んでいた。

 それは恐怖からか。それとも恐怖を打ち払う力を求めてか。


 答えたのは右手。ジャスポ―銃が顕現するとそのまま矢目掛けて発砲した。


 ギィン!


 まるで鉄にでも当たったかのような硬質な音を立てて、銃弾が矢に命中した。

 矢先は鉄とはいえ、銃弾を防ぐ鎧のような分厚さはない。命中すれば確実に破砕される。


 ――なのに。


「なんで!」


 矢先は何事もなかったかのように、綺麗な形を保ったままこちらに飛んでくる。

 それはまるで、避けられない死が形をもったかのようで、恐ろしさのあまり銃を連射する。いくらかは外れ、何発かは命中した。けど壊れない。軌道がぶれない。

 意思をもったかのように、確実にこちらに飛んでくる。


 その距離があと1メートルを切った時、右手の銃で矢を横殴りにした。

 それでも矢は一切、軌道をぶらさない。むしろ怒ったように加速して飛んでくる。


 咄嗟に銃を横にして盾代わりにした。

 それでも矢はそれを貫き、こちらに入って来る。


 けど一瞬の遅延はできた。

 銃を捨て、横っ飛びで矢の先から逃れる。それが一瞬の逃避だと知っても、そうやって一秒でも長く生き延びる。それが本能として行動に出ていた。


 矢は銃を貫き破壊すると、再びこちらに矢の先を向けてくる。


 逃げる。どこまでも。

 けどそれが失敗だった。


 後ろに下がろうとする。けど、そこで壁に当たった。自分の位置を見失っていた。逃げて転がってまた逃げて。いつの間にか壁際に追い詰められていた。後ろには逃げられない。左右に逃げようにも、完全追尾のことの矢から逃げられるとは思えない。


「く、そ!」


 矢が来る。意志を持ったかのように、こちらに鎌首を向ける。

 まるで蛇だ。このしつこさ。


 恐ろしい。こんなまるでいたぶるように、絶対に回避できない死が向かって来るなんて。


 ここで終わりなのか。いや、違う。まだだ。まだ私は戦える。戦わないと。河井殿、孫一殿、そして、気にくわないけどのあの薩摩もんのため。

 何より会津のため。


 ここで終わるわけにはいかない!


「会津魂!」


 叫び、矢が体に到達する。


 そして、血が舞った。

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