挿話100 本多小松(トンカイ軍将軍)
とんでもない男だった。
この部屋に入る時の一撃。中にいる人間は間違いなく圧死するだろう物量の土石を叩き込んだはずだった。
なのにこいつは平然として、傷1つ負わずにいた。
化け物なのは理解しつつも、こいつと戦うのは私しかいなかった。
逆にイリスにこいつの相手をさせなくて良かったと思う。
この馬鹿力に無手で挑むなんて馬鹿げている。距離を詰める前に叩き潰されるか、取りついた瞬間に握りつぶされるに違いない。
だからこの配置で正解だ。
今思えば、彼女との因縁も奇妙なものだった。
最初は敵だった。
ザウス国の謀反に呼応してイース国の制圧を目指すトンカイ太守に命じられ出陣した時のことだ。正直、あまり気乗りのするやり方じゃなかった。他国の騒乱に乗じてかすめ取るように兵を出すなんて、父上(本多忠勝)からすれば噴飯ものだろう。
それを言うと、大殿(徳川家康)はどうなんだって話になるけど、それはそれ。これはこれ。というか大殿がそういうことをするときは必ず本多佐渡(正信)のせいだって父上が言ってたからそうなんだろう。うん。
その時に負けに近しい引き分けに持ち込まれ、同世代の女の子に負けるはずがないと思ったから、引き分けた時点で衝撃的だった。それで興味を持った。
次はあの長尾景春の討伐についての時だ。
あの時は正直、正直迂闊だった。けど彼女とちゃんと話ができて、結果的に友好的な状態を作れたのは大きいと思った。共に旅した時も、別れとなる時も悲しいものだった。
そして今。
こうして完全に同盟国として共に戦う機会を得て、心は何とも愉快になったと思う。
彼女と共に戦える。そこに喜びを見いだす自分がいた。
だがそれも、ここまでかもしれない。
「う、ああああああ!!」
薙刀を回転させ、打ち据えればそのまま石突きへとつなげ、さらにそのまま回転させて再び斬撃を加える。
父上にも褒められた必殺の連撃だ。
「はっは! いい! いいぞ、女ぁ!」
だがそれを三浦は笑いながら捌く。さらにもっと、もっと攻撃を求めるように。
それで感じた。勝てない。この男はまだ本気じゃない。そして自分はかなりいっぱいいっぱいだと。
「ふはははははは! だが、まだまだだぁ!!」
三浦の反撃が来た。金砕棒。受ける、ことなどできない。薙刀が叩き折られ、腹ならば腹、頭なら頭の骨が砕け散って即座に絶命する。
それほどの破壊力を持った金砕棒。2メートルを超える巨大さにもかかわらず、男は箸の棒でも持つように軽く振るう。それは空を裂き、不吉な音を立てて向かって来る。
「っ!」
咄嗟に身を伏せ、地面を転がるようにして回避した。だがそこにわらじを履いた足が見える。その足が飛んできて、自分の腹を強打した。
「がっ!」
蹴飛ばされ、ごろごろと転がる。床が絨毯でよかった。道場での稽古ほど痛みは少ない。
ただそれは転がされた衝撃によるもの。蹴られた痛みはそれだで自分の動きを奪う。
ここを攻められたら防戦一方、そしていつかその防御ごと叩き割られただろう。
ただ相手は来なかった。
「どうした。もっと楽しませろ。俺を本気にさせてみろ」
にやにやと面白そうな、見下すような視線を投げてきて、左手の人差し指をくいくいと曲げて挑発してくる。
コノヤロウ。
そう、いつもなら熱くなるはずの頭も、今は冷え切っている。
このまま突っ込んで勝てるはずがない。勝つためには色々足りなさすぎる。
それは力だったり、経験だったり、距離だったり、足運びだったり、純粋な武だったり、技だったり。
思い返せば、自分は自分の力で勝ってこれたのか。
前の世界では、父上と大殿の父上(徳川家康)の庇護があったからこそ勝ってこれたのではないか。そしてこの世界では今の義父上(関羽)のおかげで。
あの巴だって、義父上がいなければ勝てなかった。
今ここには私しかいない。
誰の力も借りることができず、誰の知恵を当てにすることもできず、誰の応援も受けることはできない。
そんな人間が、よくもまぁ任せろだなんて大言壮語を吐けたものだ。
恥ずかしい。
恥さらしだ。
かくなる上は玉砕覚悟の一撃で一矢を――
『稲よ。なぜ俺がこれまで無敗にして無傷を誇っていたか分かるか?』
ふと頭に響いた。
父上の声だ。
『父上は何度か負けられたと聞きましたが』
『なっ、誰にだ!?』
『真田の義父上(昌幸)殿より』
『あいつの言うことは真に受けちゃいかん!』
『しかし、もう私の義父上なのですから』
『む、むむむ……いいか! 俺はこれまで負けておらん! すなわち徳川も負けておらん! 一言坂でも三方ヶ原でも殿が生きたから負けておらん! 小牧ではあの関白野郎にも勝った!』
『しかし上田では……』
『あれは彦右衛門(鳥居元忠)と七郎右衛門(大久保忠世)が負けたのじゃ!』
『あ、やっぱり負けたんですね』
『…………稲よ、俺は哀しい。そんな言葉遊びで親をからかうなど。さては真田に取り込まれて――』
あれ、これは関係ないな。もうちょっとあとか。
あの親なのに子供みたいに駄々をこねる父上をなだめて、話を元に戻してから。
『よいか。なぜ俺が殿の元、無傷で最強でいられたか』
『はぁ』
『その秘訣はな。命を捨て殿のために尽くすことだ』
『つまり不惜身命と』
『そう――ではない』
『え?』
『確かに我らは殿のために命を捨てることに一時も惜しまない。自分が死んで、殿が、徳川が生き延びるならそれでいい。だがな、そこに落とし穴がある』
『落とし穴?』
『そうだ。一度死んでしまえば、二度と殿のお役に立てないということだ』
その時は、この親は何を言っているんだ正気なのかと本気で疑った。
『稲、親にその目はいかん』
『ついに父上にも痴呆の症が出るかと思うと……』
『だからそうではない! いいか! どんな困難でも、殿のために戦うのは当然だ。だが諦めてしまえばそれまで! 二度と殿のお役に立てないし、他の誰かに功をかすめ取られる可能性だってある。むしろあの佐渡(本多正信)あたりは嬉々として俺の悪口を殿のお耳に入れるだろう! あぁムカつく!』
『つまり父上がこれまで生き延びたのは佐渡殿のおかげと?』
『ちがぁーう! 何を聞いておった! いいか! あの男はクソだ。武勇で役に立たず、殿のお傍で陰険なたくらみをしおってからに! あいつは本多ではない、本邪魔だ!』
『はぁ』
『と・に・か・く! 殿のために命は捨てる。だがそれでいて死なずに帰り、次にまた殿のために命を捨てる。その思いがあればこそ、俺は無傷にて常に勝ってきたのだ!』
…………あれ、結局なんだったんだろう。
秘訣を教えてやるというのに、結局はよくわからない精神論みたいなことで終わってしまった。
「ふっ」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、笑みが口をついた。
それは父上の会話の内容が馬鹿らしすぎておかしかったわけでは、あまりない。ちょっとはある。
笑いのほとんどは、そんなこと今更だと思ったからだ。
私は(真田)信幸様のためにいる。この命は信幸様のためだし、もし信幸様に危機が迫ればたとえ父上でも立ち向かってみせる。そこで命を捨てる戦いになったとしても、決して死を望むことはない。
生きて、再び信幸様と会って、抱きしめて、あのぬくもりを感じたい。
そう。だから当然なんだ。
父上が言っていたこと。それはもう、私の中にあって、だからこそ生きて帰れる。その思いがあるわけで。
無傷に、とはいかなかったけど。そこは不肖の娘ということで。
それに何より。この世界でもう1人。
生きて、再び会いたいと思う人がいるから。
だから――
薙刀を構える。
ふらつく足を叱咤してしっかり地面に根を張る。
対するは巨体の男。勝ちを確信しているのか、余裕しゃくしゃくでぶん殴りたくなってくる。
私と信幸様、そしてイリス。
その再会を妨げる愚者がいるなら――
「叩き潰す」




