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第140話 最後の部屋

 最後の部屋。

 そこは狭いながらも豪奢の限りを尽くした部屋だった。20畳はあるだろう部屋に、ふかふかの絨毯が部屋一面に敷き詰められている。壁には肖像画がいくつも掲げられていたり(直近の皇帝のだろう)、高価そうな壺や花瓶が景色を彩る。

 ランタンが等間隔で設置されており、中央の天井から光を放つのはきらきら光るシャンデリアだ。


 皇帝に聞いていた話だと、群臣を集めて会議などを行う謁見の間ではなく、皇帝が私的にごく少人数と密会するための部屋とのこと。

 つまり皇帝の私室も同然。ラスもここに来たことがあるという。


 その最後の部屋に立ちふさがるのは2人の人物。

 1人は袖に余裕のある拳法服にズボンという、この部屋にそぐわない格好の男。黄飛鴻ウォン・フェイホン


 そしてもう1人は……見覚えがない。

 ただ兵ではないのは見て分かる。甲冑はなく、礼装に申し訳程度の金属を当て防具としているが、そんな武の気配も男の体によって品位が下げられている。脂ぎった皮膚に、皮下脂肪がどれくらいあるのか分からない腹囲。それほど高くない身長にもかかわらず、こちらを見下してくる視線などもそれを助長させる。

 武官ではない。かといって文官でもない。

 あるいはイレギュラーかと思ったが、それにしては雰囲気がこの世界に染まりすぎている。第一、こんな不健康な格好のイレギュラーなどパッと思いつかない。政治家関連とかにいるのかもしれないけど。


 けどそうなると黄飛鴻ウォン・フェイホン、スパルタクス、板額御前、三浦義意で4人。そしてこの男で5人。

 まさか本気で5人揃って四天王とかって話!?


「ふん、来おったか……」


 黄飛鴻ウォン・フェイホンじゃない、肥満の男の方が尊大に告げる。


「我こそは皇帝親衛隊四天王のうち最強! それはすでに500年前より定められた運命さだめ。ゼドラ国にて最上の爵位を持っているだけでなく、帝国内でも有数の血筋を引く末裔の中の末裔! すなわち、我こそがアカシャ帝国建国の功臣にして最強の武を天下に知らしめた、大貴族の末裔! さらに200年前に起こった帝国最大の内乱において、愚かな反逆者どもを血祭りにあげ、自らが先頭に立って百数十もの敵兵を討ち取った豪勇を称された兵の中の兵と呼ばれたかの伝説の名将の子孫! すなわち我こそは偉大なる大荘園を有し、かの大飢饉には自らのくらを解放し、ゼドラ国だけでなく帝国をも救ったかの名宰相が祖父――」


「あのー」


 このままだらだらとつまらない家系自慢が続くと思うとげんなりして、思わず口を挟んでしまった。

 てかいつになったら自分の功績が来るんだ。きっと来ないんだろうな。うん。


「むっ、なんだ! 人が気分よく語っているところを! 貴様に発言を許した覚えはないぞ!」


「なんで四天王なのに5人?」


「ふん、そんなくだらない質問に答える私だと思うか。本来私は四天王の枠外にいる人間だ。おっと、勘違いするなよ。四天王より下というわけではない。四天王よりはるかに上。陛下の元で四天王を統括する人間である。四天王統括にして親衛隊筆頭! それこそが我が立場だ。だがそうなると四天王という響きの方が大きく出てしまってな。四天王の方が強いのでは、という疑念を払しょくするために、私も四天王を名乗るということだ!」


 いや、答えてる答えてる。

 しかも結構しょうもない理由! というか全然意味が分からない。四天王の方が響きがいいから四天王です。うん。分からん。


 ともかく、そんなどうでもいい話は今はスルーだ。


 今重要なのは、目の前のこの男、そして隣にいる黄飛鴻ウォン・フェイホンこそが最後の障害。この2人を突破すれば、もうそこは皇帝を名乗るゼドラ国太守。この戦争を引き起こした張本人だ。


「陛下。ここは自分たちにお任せを」


「うむ。頼んだ」


 あの自称四天王最強と黄飛鴻ウォン・フェイホン

 対するのは僕と千代女。あの自称四天王最強がイレギュラーなのかどうかは分からない以上、いや、仮にイレギュラーじゃないにしてもここまできて強カードを切らない理由はない。

 自分が自分で強カードって言うのもどうかと思うけど、ここまで来たら出し惜しみはない。


「ラス、陛下を頼む」


「分かった。イリスちゃんも気を付けて」


 視線を交わし、互いに頷く。

 ここが最後の別れになるかもしれない。そう思うと、彼女とのここまでの旅が思い起こされるようで、どこか感傷的になった。


 だが当然、相手も黙って見ているわけではない。


「貴様ら、まさか陛下のもとへと向かおうとしていないだろうな! 陛下の寝室は隣だ。うるさくしてはご就寝にある陛下に申し訳が立たん」


 そう言って自称四天王最強の男は腰から小ぶりの鞘を取り出すと、こちらに投げてきた。

 絨毯がその落下音を消すが、それは装飾のついた見事な短刀だった。


「自害せよ。ゼドラ国の8代前の大将軍より継がれてきた、この名刀で死ねることを光栄に思いながらな」


 あ、ダメだ。この男。徹底的に話が通じない。

 この場。この状況でどうしてそんな命令を聞くと思ってるんだろうか。さてはこいつ。イレギュラーでもなんでもない、ただの〇〇だな。一応、自粛してみた。


「イリス」


 千代女が目と声で訴えかけてくる。

 ここまでくれば彼女が何を考えてるかよくわかる。というか、たぶん自分と同じ意見だろう。


「ああ。けど殺しちゃダメだ」


「む……分かった」


 それだけで十分だった。


 隣にいた千代女。それが消えた。


 10メートル近くある距離。それをわずか数歩でゼロにする。最後は大きく跳躍し、一気に男の目のまえ、というかそのまま蹴りを食らわせようと跳ぶ。

 だが男は何が起きたか分からないまま、まだ得意満面に喋り通している。ある意味幸せなやつだ。


 千代女の蹴りが男の顔面をとらえる。


 だがその寸前。


「っ!!」


 千代女の体が弾けた。

 いや、何かにぶつかって弾かれるように後退、着地した。


「む、むむ!? な、なにが起きたぁ!!?」


 そこに至って、ようやく男にも事態が飲み込めたらしい。


 男の前に立つ男。黄飛鴻ウォン・フェイホン。彼が千代女の跳び蹴りを空中で迎撃し、男を守るように立ちふさがったのだ。


 やはり最強の武術家の一角。

 構えという構えはないのに、距離を置いて見ても隙がない。それに今の奇襲に対し、なんら動揺した様子もない。強敵だ。


 けどこれでいい。

 千代女VS黄飛鴻ウォン・フェイホン


 その構図ができれば、後は簡単だ。


「さて、残るはお前1人だけど」


 僕は無手だが、ラス、アイリーン、マシューが剣を抜く。このまま皇帝を守って突破する構えだ。


 それを見た男は、千代女と対峙する黄飛鴻ウォン・フェイホンを一瞥して、また僕らに視線を向ける。その顔は青ざめて、縦線が何本も入っているように見えた。


「5対1でも卑怯とは思わないよね。5人って言っても相手は女子供だし。ね、四天王最強様?」


「う……」


 引きつった顔で一歩たたらを踏む。

 そこからどう出る。何かスキルでも来るのか。そう思ったが。


「へ、陛下ぁ!!」


 ドタバタと大声を上げながら奥への扉へ突進する四天王筆頭。

 自ら騒がすなご就寝を妨げるなといいながら、皇帝の部屋へと向かうのはどんだけダブルスタンダードだ。

 ここまで来て、これが擬態だとは思わない。この男はイレギュラーでもなんでもない。ただの小心者だった。


「…………」


 僕は思わずラス、そしてアイリーン、マシューと視線を交わす。

 誰も何も言わない。

 拍子抜けというか、どこか緊張感が欠けた思い。


 けどこうなったなら、それはそれでいい。

 あとはもう行くしかない。


「陛下、行きましょう」


「うむ。これで全てを終わらせる」


 皇帝はそう言うと、ラス、アイリーン、マシューを連れて奥の部屋へと急ぐ。


 僕は最後尾で千代女の戦いを見ながら後に続く。


 最後の局面だ。

 連合軍対ゼドラ国の構図ができてから、いや、ゴサ国を出てから、いやいや、イース国をカタリアパパの妨害から抜け出してから、いやいやいや、僕らが帝都へ留学して、ゼドラ国により帝都を落とされてからおよそ半年。


 すべての決着が、つく。

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