挿話97 スパルタクス(ゼドラ皇帝親衛隊四天王)
女など眼中になかった。
それは脅威としてだ。
俺が知ってる女は、化粧に衣装で着飾って男に媚びへつらうただの娼婦。あるいは勝者の俺にまたがって腰を振るしか能がない淫売。
一番たちがわるいのが、自らの力で何も勝ち取っていないのに。ローマ人に生まれただけで、誰それの娘だったり妻であるだけで他者を見下すだけの屑。
勝者に与えられるのは金と名誉と女。つまりそれと同列に考えられるだけの、ただのもの。
女なんてそんなものだ。
この女も一緒だ。
この女もそうだ。
自らが傷つくのを恐れ、前に出ようとせず、困難なる壁を乗り越えようとしない、ただただ哀れな弱者。
そんなものは、たとえ命助かって負けたとしても、勇気ある者として認められずに処刑されるのみ。
当然ここにはそれを決める愚民の冠たるローマ人はいない。
ならば俺が裁く。
闘技場の勝者にはその権利がある。
「これで最期だ」
ステップを踏み始める。
ローマでの試合でも使っていた奥の手。相手の前で力を抜き、タイミングを計るかのようにステップを踏む。相手の視線を誘導するようにして敵の周囲をぐるりと回るようにして移動する。
その途中で跳躍のタイミングを外す。そうすると、相手はどうしたことか。まったく見当違いの方向を見たまま呆然とするのだ。そこを近づいて斬りつける。それで終わりだった。
それが俺の不敗伝説を作り上げる秘技。ゴースト。
それがあの死神とかいう男が改良した。その場でのステップ。それを意図的にタイミングをずらす。それによって相手は完全に俺のことを見失う。目の前にいるのに視界に入っていないかのように。
あの死神はスキルと呼んだ。名前などどうでもいい。ただそれによって楽に勝てすぎる。
今もそうだ。2回、防がれたのはなかなかのものだったが、次で終わる。この技は誰にも破れない。
ステップをずらした。
それで相手の視界から自分が消える。
不用意に近づいても、相手は何の反応もしない。両手を血に濡らしてだらんと垂らしている以上、何もできないのだからしょうがないのだが。
この女を殺し、そうすればもうあとはいいだろう。どのみち、あの女だらけのパーティでどうにかなるようなものじゃない。フェイも含めて、残り2人もバケモノだ。あの連中が勝てるわけがないのは当然だ。
そうなるとまた虚しくなる。自分に勝てるのはいないのか。いや、あるいは。あの白起とかいう男。あれの放つ気は、上級剣闘士にもなかなかいない。
あるいはあいつに勝負を挑もうか。その権利は俺にはあるはずだ。そうだ。そうしよう。
そのためにもこの女をさっさと処分する必要がある。
近づいて首を斬る。それだけで終わるはず。だがしぶとさは想定以上だった。
「雷、切っ!!」
ふたたび雷が落ちてくる、室内なのに雷とは、と思うが、きっとゴーストと同じ異能によるものなのだろう。どうでもいい。当たることのない攻撃に、そして二度と再発することのないものに気を使うことはない。
女の顔が酷く歪む。
その苦しさを表現するように、落下する雷の本数が極度に減った。
両手を斬られ、血を失ってもいる。その状態で気力を振り絞るがごとき行為。もはや限界か。
だがそれを好機として一気に近づくことはしない。乱れた前髪。痛みと疲労で滝のように流れる汗の中、俺を探して眼前を睨みつける瞳が、まだ死んでいないと分かったからだ。
「まだ、まだぁぁぁぁ!!」
叫び共に部屋に、再び幾本もの落雷が発生した。
最期の力を振り絞るがごとき行動に、少なからず驚いた。そして敬服した。
この女はあのローマの女とは違う。戦う者の瞳。最期まで敵の喉首を噛み切ってやろうとする、気高きオオカミだった。
だが悲しいかな。気持ちだけで変わる状況でもない。
やはり力。そしてそれに裏打ちされる経験、練習、肉体改造。それらの全てがこの女に不足している。そう思った。
近づく。女の周囲、雷が落ちない領域に。あとはその喉に剣をはわせれば――
「!?」
一瞬、身が硬くなった。
雷の落ちる位置。それが女の周囲にも入って来た。安全と思われた位置にも雷が落ちる。
どうやら自分に当たることもいとわないと思ったのか。
それでも直撃はない。すぐ近くに落ちた時、衝撃と熱が女を襲い、それによってより消耗していく。
もはやこの女は、力が消えるまで狂ったように雷を落とすだけの存在でしかない。
ただそれにしてはあまりに哀れ。せめて俺の手で葬ってやるべきだろう。
女の目のまえに立つ。
わずか1メートルもない。それでも女は気づかず、狂ったように雷を落とす。
見るに堪えない。
ならばやはり一刀のもと、斬り捨てる。
だがここでも当たる可能性はある。だから最後はきっちりと終わらせる。
跳躍した。
剣を振り上げ。
あとはそのまま、勢いのままに振り下ろす。それで終わり。
それですべてが終わる。
はずだった。
「舐めないでって、言ったでしょ!」
女の声。
なにを今更。
そう思った。
ただのあがき。
そう感じた。
そのまま剣を振り下ろせば終わりだ。頭からぱっくりと真っ二つになった女が転がる。
だが瞬間。
何かが体を貫いた。




