挿話95 新島八重(クース国砲術師範)
厄介すぎる相手だった。
この狭い部屋。この薄い防壁。
それであの百発百中の矢を避けるのは、まさに運を天任せた綱渡り。
なんとかこちらも狙いをつけることで膠着のような状況を作り出しているがあまりよろしくない。
何より相手にこちらの発射のタイミングを掴まれているようで、当たる気がしない。銃特有の、発射の際のカラクリの音を聞かれている。そんな気がしている。
それでも負けるわけにはいかない。
自分の命を救ってくれた彼女のため。
裏切り殺された河井殿のため。
こんな私を信じ、孫一殿や伊地知らを殺した連合軍に付き従ってくれた兵たちのため。
おらはもう。ゼドラ国を敵に戦うしかない。
たとえそれで、未来にどんな結末が待ってたとしても。
会津城での戦い。すでに列藩同盟は瓦解し、自称官軍の奴らが各所から会津盆地へなだれ込む状況。それと似ている気がする。
それでも後悔はない。意地とか義務とかそういうのじゃない。もっと根源的な何か。それがおらたちを戦いに駆り出した。
……それにしては、厄介すぎる相手なんだけど。
1対1。
銃は兄さに教わったものの、こういった状況は教わってない。というか、そもそも1対1になるような状況が想定されてないというべきか。
だってそう。襲い掛かる自称官軍の奴らを相手に、1人でどうこうするような状況はない。というより銃の命中率と装填を考えれば、銃を並べての掃射で敵を近づけないようにするのが普通だ。
こんな狭くて、障害物の多い中で撃ち合うことなんて想定されてない。そもそも兄さは目を患って過敏に動くこともできなかったからそれも仕方ない。
だから今ここにあるのは、おら自身があの血と硝煙と怒声と砲声の中で培った勘所と、
『八重ちゃんは綺麗に狙いすぎるな』
時代を超えて教えてくれた、あの人の教えだった。
『敵味方ともに銃を撃ちまくり、弾込めの時間に突き入られれば歩兵に蹂躙される戦場じゃあ、そんな上品なやり方はすぐ死ぬ』
『じゃあどうすれば?』
『撃ったらすぐ移動だ。それができないなら、竹束とか壁に隠れな。それでいて狙いは、まぁ8割がた当たる感覚で撃てばいい。2秒も3秒も身をさらしていたら、次の瞬間、額をぶち抜かれてあの世行きだ』
『でもそれじゃあ当たらないでしょう?』
『身を乗り出して1秒で狙いを決める。そして当たろうが当たるまいが撃つ。そうすりゃまぐれ当たりするかもしれんし、相手の反撃が一瞬遅れる。その間に味方がやってくれるさ。狙撃はまた別だがな。そっちは岡(吉正)の方が得意だな』
『ふぅん』
『なんだ。不満そうだな』
『不満、というか。意外で。雑賀孫一といえば、百発百中の狙撃手でしょう? だからそんな適当でいいって』
『百発百中は言いすぎだがな。ただ俺なら1秒で狙い撃つべき相手を判断して、8割の射線を確保できる。それでだいたい6割から8割当たるからだいたい百発百中だろ』
『うわ、ずる』
『はっはっは! これが才能だな。というかそうなりたいなら練習だ、練習!』
さすが織田信長と幾度も渡り合った、大坂の二大将ともなれば言い方も違う。
そしてその教えと、その後の練習が今に活きていることを考えると、やっぱり亡くなったのは惜しかった。聞けば、あのイリスらと戦い、その果てに敵将と相打ちになって死んだと聞かされたが……。
ううん。それでイリスたちを恨むのは違う。これは戦争。戦いの場のことを持ち込んで恨むなんて、武士道にも反する。何より、そう思うことは孫一殿のことを貶めるようで良くはないと思った。
とにかく今、大事なことは目の前の敵。
板額御前とかいったか。どういった人物かは知らない。けど、あの強弓を見る限りタダ者ではないのははっきりしている。
とにかく今はなんとかお互いに撃ち、撃たれるで膠着しているけど、それがどこで破れるかは分からない。
何より負けることは許されない。
ここでもし負ければ、板額御前とやらはイリスたちを追っていくだろう。前の部屋に戻って誾千代殿を討つかもしれない。そうなればイリスたちの命は風前の灯そのもの。
絶対に負けられない戦い。
それでいて相手の方が力量が上の戦い。
幸い、銃は故障どころか弾切れはない。相手も同様なのかはわからないが、異能というものだろう。
あとは――
ダァン!
真横の壁に矢が突き刺さる。
咄嗟に身を転がすと、さっきまで自分がいた位置に再び轟音がして壁に矢が突き刺さった。
転がりながらも、敵がいるだろう方向に向かって銃を構えると、目標もなしに引き金を引いた。
銃声が響く。椅子の板を貫いて弾丸が突き進む。だが手ごたえはない。こんな盲目撃ちで倒せる相手でもない。
そうだ。あとはいかにして相手を倒すか。
この状況。この相手。この力量。
それらを覆して、あの敵を葬り去らなければ未来はない。
そう、心に刻みつけた。




