挿話94 板額御前(ゼドラ皇帝親衛隊四天王)
殺意。
それを汲み取るのが昔からうまかった。
父親に徹底的にしごかれたからかもしれない。殺意を持った愛情表現。そう思うこともないことはないけど、やっぱりあれは極度なしごきだった。
越後平氏の優位性を示すとかなんとかって言われたけど、自分にはどうでもよかった。ただそれがなければ死んでいた。
私が生きたあの時代。誰が敵で、誰が味方か分からないほどに混乱して、隣国の人が敵か味方かも不明瞭なほどに誰もが神経をピリピリさせていた。
その中で私も研ぎ澄まされていった。
だから弓で狙う際も優先順位がはっきりわかる。
こちらを殺そうとしている者。その中で今、まさに射ようとする者。駆けだそうとする者。刀を振ろうとするもの。逆にのんびりしてる者。あくびをしている者。逃げ出そうとしている者。
それらすべてに殺すべき優先順位が即座につく。
そこに追加で、偉そうな者。強そうな者の差分が加わって、誰を先に殺すべきか。それがすぐに分かった。
それは今もそうだ。
殺意の方向から、明確な殺気が発せられる。
身をひるがえして、部屋に4本ある柱の陰に隠れる。その直後、耳を轟かす爆音と共にさっきまで自分がいたところが弾けた。
なるほど。これが鉄砲。
実物はゼドラ国に来てから知ったけど、実際に狙われることは当然なかった。
それが今、こうして狙われる身になって、その貫通力には目を見張るものがあったが、それほどでもないと思った。
まずそこまで連射性はない。命中率は、こっちがかわしつづけてるから分からないけど、それなりなんだろう。
何より音だ。こちらを狙う時のカチッという音がいただけない。
今から撃ちますよ、と教えているようなものじゃないか。そんなもの、特にこの広くもない室内で、一対一の状況では足かせでしかない。目を見開き、耳を澄まし、精神を集中させれば、相手の撃つより先に動ける。
だから鉄砲と言ってもそれほどでもない。
それにしても、まったく変な世界に来たものだ。
誰もかれもが異国の者らしく、顔かたちも髪の色も違う。
ただ変わらないのは、この世界も隣の者が敵か味方かもわからない状態ということ。飽きもせず、略奪と殺人にうつつを抜かしているということ。
そんな中で、同じ境遇の人間がいくらかいた。
彼らもこの世界ではない別の世界、たぶん自分のいた世界なんだろうけど、そこらへんはよくわからない。というのも、同じ国にいたのは2人、いや、実質的には1人だった。
三浦なんとかいうのは相模(神奈川県)の方って言ってたけど、越後(新潟県)からすれば、山脈を踏破してさらに何もない平地を永遠と歩いて行った先の先。もはや異国といってもいい別の世界だったから良く分からない。
ただ、近場の人間もいた。
いた……けど……顔も合わさなかった。
あのクソ木曾の側室、名は巴とか言ったっけ。
あれもここにいたみたいだけど、どうせ話は合わない。というか敗者が勝者に気安く話しかけるってどういうの? ありえないじゃない。あいつらのせいで、兄貴は「天下の恥」とかって不名誉な称号を受けたってのに。ああ、マジムカつく!
身をひるがえして柱から姿を現す。そして弓を構え、矢を引きながら狙うべき場所を探す。
先ほどの射撃地点。そこから動く先を読んで狙いを定める。
そしてあの巴へのムカつきを矢に乗せ――
「死ねっ!!」
放った。
空気を裂き、一直線に飛んだその矢は狙いに違うことなく長椅子を破壊した。
宙に舞う木片。だがそこに肉片が乗らない。手ごたえもない。
外した、と思ったらすぐにその場を移動する。長椅子は防御にはならないとはいえ、身を隠すには好都合だ。今のように外せば相手の位置がバレて狙い打たれる。
実際にすぐにカチッという音がして、爆発音が聞こえた。
当然、弾は当たることなく長椅子を破壊する。
さっきからこの繰り返し。
いい加減にしてという思いもあるけど、それ以上にあるのは歓喜だ。
これほどの狙撃手と撃ち合ったのは初めてだ。そもそもが自分が矢を放てば相手は死んでしまう。だから撃ち合いなどなかった。それがどこか心のしこりとなっていたのか。
あるいは、あの巴と干戈を交えて弓の応酬をしてみたかったのか。今や叶うこともないその願いを、この女で晴らそうというのか。
正直、どっちでもいい。
いや、どうでもいいわけじゃない。
どっちもいい。その両方が自分で。その動機こそが自分で。
越後平氏とかどうでもよかった。ただ戦いにいることが、兄貴をはじめとする家族と一緒にいるのが一番よかった。
今、この世界に家族はいないが、戦いはある。そして自分を必要としてくれる人たちがいる。だから戦える。相手を排除しようと思える。
それだけでいい。
それだけがいい。
だからもっと。
もっと私を楽しませて!
私に“奥の手”を使わせる前に。
名も知らぬ狙撃手よ!




