第138話 第3の男
空を切る矢羽の音と、激しく鼓膜を揺るがす銃声が部屋に響く。
その中を、被弾を恐れるように腰を落として一気に駆け抜ける。
今、八重が相手の板額御前を銃で抑えてくれている。
弓と銃の戦い。
普通なら銃の方が断然有利だ。射程、威力、貫通力すべてにおいて銃が勝っている。一応、装填の面と命中率の面では弓に軍配が上がるが、八重の持っている銃は戦国時代の火縄銃じゃない。
ミニエー銃以降のライフリングされた銃火器に、カードリッジによる装填速度の飛躍的向上によって、幕末の小銃は、現代でも通用するレベルの精度と連射性を実現させている。ましてや火縄銃なんて目じゃない。
だから全てにおいて八重の方が勝っているはずだった。
だがそれを板額御前はひっくり返す。
速射性と命中精度、そして破壊力。その全てが銃と同じに宙を切り裂くのだ。
この銃撃戦を行うには狭い部屋というのも板額御前に有利に動いている。つまり射程距離はわずか、身を隠す場所はあれど木製の長椅子は銃も弓矢も貫通するほどに薄い。円柱が立っているが、板額御前の弓はそれすらも貫く。
矢を放つにはしっかり上半身を固定し、身をさらさないといけないという欠点はあるものの、矢を引いた状態で高速で走る彼女はまさに移動砲台で、そう簡単に狙いもつけられるものではない。
いかに武器の差があっても、それを補って余りある技術と力は、時にその差をひっくり返す。
八重には荷が重い。
そう思うが、加勢はしない。
彼女がそれを望んでいないからで、もしそれをしてしまえば、今こうやって敵を引き付けている彼女の努力を踏みにじるも同然の行為だからだ。
だから身を低くして駆ける。
前には千代女。後ろに皇帝たち、殿が小松だ。
千代女が柱の陰から飛び出して、一気に扉へと走る。
そこを板額御前は体をひねって狙う。ちょうど八重が弾切れのタイミングだった。危険だ。
「千代女!」
「問題――」
叫ぶと同時、千代女の体が宙を舞った。
くるりと回転しながら、腕を素早く振る。
「ない」
そこから何かが飛んだ。黒く小さな塊は、板額御前に向かって一直線に飛ぶ。千代女を射ようとしていた板額御前は、迫る脅威に一瞬迷い、防御を優先した。背後の八重が、再装填完了した気配も感じ取ったのだろう。
体をひねり、飛来する何かを回避した。その黒い物体は、板額御前の脇にある長椅子に突き刺さる。
あれは……手裏剣じゃないか。さすが忍者?
などと思っているうちに、千代女はドアにとりつくと、一息に扉を開いた。
そして猫のように素早く奥へと消えた。
「イリス」
開いた扉を盾にした状態で千代女が呼びかけてくる。今のうちに来いということだろう。
「よし、行こう」
少し不安はあった。今のを見てしまえば、狙い撃たれる可能性はゼロじゃない。
けど再装填した八重と、千代女の手裏剣による援護があればどうにかなる。
そう思って一気に駆けた。
僕のうしろを5人が一気に駆ける。
千代女がドアから身を乗り出して手裏剣を投げる。銃声もひっきりなしに聞こえる。矢が空気を裂き、刹那、頭上十数センチのところを通過した時にはひやりとした。
「八重、頼んだ!」
「頼まれた!」
部屋に残って板額御前の相手をする八重にエールを送り、床に座り込む。へたり込むと言った方がいいか。
この数分の間に、どれだけ死線をくぐったのか。いつもの戦場とは違う。ただの宮殿の中。だがそこには戦場にも劣らずの死がすぐ隣に立っているのを感じてしまう。
まったく、なんて日だ。
「イリスちゃん……大丈夫?」
ラスが話しかけてきた。
その声には心配の色が見えたけど、ラス自身も肉体というより精神的に疲労しているようだ。
「ああ、大丈夫。あと少しだ。頑張ろう」
「ん」
大きくうなずくラス。
それを見て、少し元気が回復する。ラスも頑張ろうとしている。僕が負けるわけにはいかない。
「そう、その通り! あと少しだ! ここを抜ければ吾輩の部屋まですぐ! さぁ皆の者、行く――ぐぇ!」
意気揚々と扉に突進しようとした皇帝を、アイリーンとマシューが喉と関節を極めるようにして引き留める。
無茶な止め方だけど、まぁよしか。
この扉を開けた途端、また矢を打ちこまれる可能性だってある。
慎重に慎重を期すべきだろう。
じゃあどうやって入るか。それに思考を巡らそうとすると、
「イリス、私が」
小松が前に出てそう言った。
うん。彼女なら託せるか。
「ん、そうか。じゃあお願い」
そして前を譲った。
「はぁ!!」
気合と共に、こぶしを扉の手前。絨毯に振り下ろした。
何が、と思った次の瞬間。とてつもない破壊音が響いた。
床から飛び出した岩の塊が、扉を、いや、扉ごと壁を突き抜けて室内へと突入。しかもそれで収まることなく、天井までぶち抜くほどの巨大な岩の円柱となって、凄惨たる破壊を具現化していた。
こうなれば部屋に誰がいようと有無を言わさず先手必勝、一撃必殺だ。
誰もが呆気にとられるなか、
「開いたよ」
そう笑顔で振り向く小松に、僕は再び恐怖した。
本当に彼女が敵じゃなくてよかった。
僕は破壊された壁と岩の間をすり抜けるようにして、室内へと入った。
これまでの2つの部屋よりそこまで大きくはない。いや、それは室内にある小松の出現させた岩のせいかもしれない。それが体積の半分以上を覆いつくしてしまっていて、人が過ごせるスペースはほとんどないからだ。
これはもう、ここにいる四天王はブチ倒しちゃったかな。そのまま奥の扉に進んでも問題ないだろう。
などと思って千代女に目を向けた時だ。
「やーれやれ、ご挨拶だなぁ」
男の声。
当然、皇帝のような子供ボイスじゃない。がなり立てるような重くざらざらする声。それでいてよく通る声。戦場の声だ。
何が、と思ったが、正体不明でも僕は行動に移していた。
皇帝を守るようにしている少女3人。それを4人ごと押し倒す。
途端、背後で爆発が起きた。
別に火薬がどうこうというものじゃない。火を伴ったガス性の爆発ではなく、システムは単純。ただただ巨大なものを、より強い力で粉砕した。そんな爆発だ。
つまり小松がドアを蹴破り、室内を破壊しつくしたあの巨大な岩の円柱。それが部屋の中心部くらいのところで爆ぜた。
ありえない。
あの巨大な円柱の直撃を受けていて、それでいてたった一撃で破壊しつくすなんて。
人間業じゃない。
いや、だとしたら1つ説明のつく理由がある。
「やっときやがったか! 待ちくたびれたぜぇ!」
振り返ると土煙が舞う中、男が1人立っていた。
遠目でありながら、その体には傷1つついていない。あの最初の部屋の破壊でも、まったく傷ついていない。奥にいたのかと思うほどに時間があるわけじゃない。何よりその男は岩の中心部分からそれを一気に破壊してみせたのだ。後からやってきて、岩の中心部にいられるとは思えない。
男は最初からこの部屋の中央にいた。それで小松の攻撃を受け、受けながらも無傷で、その巨大な岩を砕いて見せたのだ。
それも1つの原因から来ている。
男の体は、すぐ横に比較対象がないから分からない。けど、彼我の距離から見る瞳に入る情報は、なんとかその男の情報を解析しようと頭を巡る。
そしてすぐに気づいた。
男の身長。それが僕らの身長をはるかに超え、2メートルはあるだろうということに。
縮尺が間違ったのかと思うほどに、その男は巨大だった。
それでいて、顔は丸顔。どこか童顔を思わせる、あどけない顔を笑顔で染めて、僕らに向かって叫ぶ。
「三浦弾正少弼義意、一発、勝負を願おうか!」




