挿話93 スパルタクス(ゼドラ皇帝親衛隊四天王)
強さが全てだった。
強さがなければ死んでいた。
強さが消えれば価値はなかった。
だからひたすらに自身を鍛え、技を磨き、ひたすらに勝利を積み重ねてきた。
負けとは死を意味し、仮に生き延びたとしても恩赦が得られないと殺される。
まったくもっての理不尽。
これ以上ないほど不条理。
ありえないほどの非常識。
だがそれを個人で思っても何もできない。
だからひたすらに技を磨き続けてきた。
力任せの戦いなど、クリクススやオエノマウスに任せればいい。
自分に課せられ、自ら課したのは当たらないこと。それでいて当てること。
相手の攻撃は当たらずに、こちらの攻撃は当てる。それに全てを終始させ、無傷で勝つ。それがこのスパルタクスの戦いだった。
そしてそれは世界が変わっても変わらない。
見も知らずの世界に来て、何の因果か皇帝を名乗る男の護衛の立ち位置に立たされた。
なぜ俺が皇帝ごときの護衛などしなければならないのか。
だがこいつらは何か違った。
皇帝といいつつ、俺には何も強要してこなかった。
あのローマ人と同じだと思った。だが違った。
高みから見下して自らは何もしない女の腐ったような性根のやつら。別に力が強いわけでも、技に秀でているわけでも、知能がずば抜けているわけでもない。ただローマに生まれ、ローマ人として成長し、ローマの臣民として生きているだけ。
ただそれだけだ。
ただそれだけなのに、なぜこうも格差が生じるのか。
生まれながらにして、未来を約束されたローマ人。
対し、祖国を蹂躙され、奴隷となっては逆らうことも許されず、ひたすらに主に忠誠を近い、不出来をなじられ失敗すれば鞭が飛んでくる。あるいは剣闘士として過酷な修練に身をゆだね、命を賭けた戦いに身を投じなければならない。
負けても生き延びることはあるが、勇気を示さなければ観客に死を求められ殺される。
この差はなんなのか。
ただ生まれた場所が違うだけなのか。
理不尽だ。あまりに理不尽すぎる。
なぜ俺たちは望んでもない殺し合いをしなければならないのか。勝って金と女を得たところでローマ人になれるわけじゃあない。剣闘士はどこまでいっても剣闘士であり奴隷だ。
仮に勝ち続けて生き延びて、無事に剣闘士を引退しても、次なる世代の剣闘士を育成する教官や興行主になれたとしても、奴隷であることには変わりはない。
そこに何の意味があるのだろうか。
その生に、何の未来があるのだろうか。
だから反乱を起こした。
剣闘士らを集い、隙を突いて脱走。生きるためにローマのものを奪っているうちに反乱軍として討伐軍が来た。
理不尽だ。
さんざんいたぶりものにしてきたくせに、ちょっと言うことを聞かないだけで命を狙ってくる。
不条理だ。
こちらの言い分も聞かずに全てを破壊しようとしてくる。
非常識だ。
暴力に訴えれば、なんでもいうことを聞くと思っている。
だから暴力で返した。
群がって来た雑魚どもを、徹底的に打ち破り、追い詰め、滅ぼしてきた。
何が理知的なローマ人だ。
何が世界最高のローマだ。
たかが弱者が権力とかいう目に見えない鎖で弱者を縛り、愉悦に浸っているだけじゃないか。
しかも暴力に訴えれば、野蛮な猿とみなして逆に暴力を振るってくる。
自らが一番の暴力を振るうものだということを分かりもせずに。
だから壊した。
全てを。世界さえも。
ここでも同じことだ。
壊すなら壊し返す。
それだけが全て。
「雷切!!」
目の前に雷が落ちた。
空は見えず、建物の中にもかかわらず。なのに雷が落ちる。
理不尽だ。
だがその理不尽を形にするもの。
異能、と他の奴らは呼んでいた。それを使えば人智を越えた力を手に入れることが出来ると。
この女もそうなのだろう。そしてそれは雷を呼ぶということに尽きる。
だが、それだけだ。
雷は俺を狙っているようだが、狙いが甘い。といっても雷を見て回避できるようなものではない。
ただ、ここに落ちるだろうという、どこか予測めいたものが自分の体を動かす。この予測で俺はこれまで何度も救われてきた。勘とも言っていいのかもしれない。それは馬鹿にできないほどに、自分の力の一端を担っていた。
「なんで!!」
女がイラついたように声を荒げる。
なんで当たらないのか。
そんなこと、自分も知らない。
そこに来るだろうと勘が働くから避ける。ただそれだけのこと。
そして雷を防ぐのに一番適した方法を実行する。
それは――
「っ!」
女の顔が驚愕にゆがむ。
その顔が一気に大きくなった。違う。この俺が女に一足飛びに近づいたのだ。
今やその小さな顔が目の前にある。
いや、近づいてみればすべてが小さい。顔も、背も、手も、何もかも。頭を片手で握って、捻りつぶすことができそうなくらいに小型だ。
「撃ってみろ、雷を」
「なに」
「撃てないだろう、この距離では」
「ふざけ――がっ!」
膝蹴りを入れた。
女の体がくの字に折れ曲がる。
加減があるな、と我ながら呆れる。
闘技場においても、なるだけ相手を殺さずに済む方法を実行していた。なぜなら一部を除いて、相手は同じ奴隷の剣闘士だ。俺と同じ境遇にあるものだ。
それを一方的に痛めつけて殺すなど、俺の誇りが許さない。
なぶって、踏みつけて殺す。そんなローマ人どもが喜びそうなシナリオをなぜ俺が演出しなければならない。
あるのは同じ境遇の仲間を救いたい。かといって手は抜けない。だからいたぶるように見えるが、一撃では決めずに相手に反撃の余地を残す。
そこで反撃して勇気を示せば、たとえ試合で死ななくても、その後に助命される可能性は高まる。
その癖が、いつまでも抜けない。
この俺と対等以上の勝負をする相手など、そうそういなかったからだ。
別に女だからと手を抜いたわけではない。加減をしたといっても、普通の男なら悶絶するほどの威力は込めた。女子供のような脆い相手なら、骨が砕けたはずだ。
だが――
「いっったいでしょう、がっ!!」
頭突きが来た。
身長差を覆すように、地面を蹴って顔面に下から飛んでくる。咄嗟に額を突き出して頭突きに耐える。
ガンっと骨と骨が当たる音がして、一瞬目がくらむ。
さらに距離を取った。頭突きと同時に剣が下から突き出される。それを横なぎにした剣で払った。腕から剣を吹き飛ばすような力を込めたつもりだったが、途中から抵抗が消えた。
相手の女は受けた力に逆らうことなく、自らを回転させるようにしてこちらの剣をいなした。
「ちっ!」
まさかこの女がそこまでの技量を持っていたとは思わず、体が流れる。
そこを相手が体を回転させて、剣を叩き込んでくる。
流れた体。そのまま斬られるか。いや、そうはならない。流れた体のまま、地面に飛び込むように前転する。逆さになった視界、その足元を相手の剣が薙ぐ。
一転、もう一転して体を大きく振るようにして膝立ちに起き上がり、剣を突き出す。
「…………」
「…………」
刹那の攻防だった。だがそれだけで相手の力量はよくわかった。
この女。女にもかかわらず、一級剣闘士のごとき力を持っている。あの異能らしき雷というものを除いても、剣術と体さばきは群を抜いて卓越している。
「面白い」
口がゆがむ。
これ以上ない喜悦に体が熱くなる。久々の強敵だ。やはり戦いだ。この俺が置くべき場所。ローマだろうが奴隷だろうが関係のない闘争の世界。
ならばこそ、全力を尽くす。
「俺の異能をくらうがいい」
あの死神とかいう奴にもらった力。過ぎた力だと思った。だがここで使うべきだ。それほどの敵に出会えたことに感謝しよう。
だから――
「ゴースト」




