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第137話 神弓

 スパルタクスのいた部屋の外は再び廊下だった。それも十数メートル。すぐ向こうにまた扉。


「陛下、謁見の間まであと?」


「ああ、2つの部屋がある。そして広間があって、その奥が吾輩の寝室だ」


 となるとその2つには別のイレギュラーがいるに違いない。そしてその広間にはあの男がいる。


 くそ。四天王とか。ゲームかよ、これは。

 ゲーム、と考えてあの自称死神が頭に浮かぶ。あの男はここをゲームとして見ていなかったか。実験場とも。

 そこに様々な英雄を産み落として、もともとの騒乱の時代に拍車をかけている。

 その果てがこれだ。


 てか白起、項羽、呂布、源為朝、巴御前と、脳き……武力偏重だったゼドラ国だったわけだけど。

 ここでさらにスパルタクスに黄飛鴻ウォン・フェイホンという、武力に秀でたイレギュラーも出てきたわけだ。そしてこの人選で行くと、残る2人もおそらくそうだろう。

 どれだけ武力特化だよ。

 てか合計9人もいるってこと? 卑怯じゃね? ゲームバランスぶっ壊してんだよ、あの自称死神。今度会ったらグーで殴る。


 などとくだらないことを考えていたのは一種の現実逃避か。

 十数メートルの距離なんてほんの数秒。それでもそう思わなければやってられないことの連続で、心が摩耗まもうしていく。


「よし、次だな!」


 と、前方を行く皇帝が無遠慮に次の部屋へと続く扉を開けようとしている。


 そのことに、別の方向へと思考を飛ばしていたため反応が遅れる。


「え、ちょ――」


 馬鹿。その言葉が出ない。

 それ以上に、皇帝の身を守るべきだ。だが遅い。


 勢いよく開かれた扉の音。

 そして何か風を切る音が同時に響く。


「え?」


 呆けた皇帝の頭。そこに室内から飛来した何かが貫き――


「っ!!」


 横からの何かに吹っ飛ばされた。


 同時、僕も咄嗟に身をかがめた。


 その刹那の後に頭上をかすめ通った何か――いや、矢だ。矢が後方、スパルタクスの部屋の閉じたドアに突き刺さる。ビィィンと反動で矢羽が揺れる。てかあれ、矢が半分しかないんだけど。半分、突き抜けてるんだけど。


 その強弓ごうきゅう

 まさか再び為朝!?


 そう思ってしまうほどに、今の僕は頭が混乱していた。けれどやるべきことはやる。

 体を転がせてドアの脇、部屋から死角に身を寄せる。あのまま廊下に突っ立ってたら、確実に額を撃ち抜かれていた。


 僕は這った状態で、皇帝――そして彼を守った八重に近づく。


「八重、助かった」


「なんとなく。気がしたから」


 勘だったとしてもそれで救われた命がある。八重のファインプレイだ。


 それにしても皇帝が迂闊すぎる。


「この馬鹿皇帝! さっきの今で学ばなかったの!」


「イリス、馬鹿皇帝とはなんだ! 反省はする、けど後悔はしない! それが吾輩の生き方だ」


 あー、ダメだ、こりゃ。何言っても響かないやつ。


「ラス、アイリーン。これから皇帝に何もさせないで。喋ること以外」


「おい! 吾輩は喋る物置か!」


「分かった、イリスちゃん」


「ま、仕方ないですわね」


「吾輩に味方はいないの!?」


 さすがのラスとアイリーンも今のには肝を冷やしたのだろう。知らぬ存ぜぬは本人だけか。


 ダァン!!


 と、そんな会話の流れをぶった切るように、矢が部屋から飛んできた。

 一応、扉の脇という死角にいることもあり、また室内から角度をつけられないためか床に斜めに突き刺さるだけだった。ただ、床にも矢じりが埋まって見えないほどになっている。


 スパルタクスの次は弓か。

 それほどの弓の使い手と言えば……為朝はもういないとして、あとは平教経たいらののりつね那須与一なすのよいち大島光義おおしまみつよしとか。まさか誾千代の夫の立花宗茂たちばなむねしげじゃないよな。

 海外だと三国志の黄忠こうちゅう、百発百中の語源とも言われる養由基ようゆうき。あと岳飛将軍も得意だったよな。あと前漢の李広りこうとその名をもじった渾名を持つ、林冲りんちゅうの盟友の梁山泊第九位、小李広しょうりこう花栄かえい

 それから西洋にいくと、ロビン・フッドにウィリアム・テルとか。


 それくらいしか思いつかないけど、誰にしても強敵すぎる。というかこの出入り口のところで待ち伏せされている以上、これ以上ない危機だ。

 突入するにもその瞬間に狙い打たれる。かといってここで時間をかければ、後ろから白起が来る。


 チラと中を見る。

 そこもまた広い空間。ただ雑多に置かれるのは教会にあるような長椅子だ。だがそれはこっちのメリットにならない。あんな薄い木の板でしかないもの。隠れても矢が貫通して串刺しにされる。そもそもここから身を乗り出せば、その瞬間に僅か数十センチしかない1つの出入り口だ。狙い打たれて即死だろう。


 くそ、結構ヤバいな。この状況。


「ちょっと、そこから出て来てくれない? 大人しく眉間を撃ち抜かせてもらいたいんだけど」


 女性の声。

 知らない声だ。


 そしてその声のした方向を考えれば、それは部屋の中から発せられたものだと分かる。


 けど誰だ。さっきまで考えてた弓の名手は全員当然ながら男性だ。

 なのに中からは女性の声。女性で弓? 分からない。アルテミスとか神話ってありなのか? あるいは男女2人いて、男が弓を射ってるとか? 2人1組とかあり?


「そこに男はいないの? 私こそは、桓武平氏の流れを継ぐ越後平氏たる城資国じょうすけくにが娘。まぁ板額はんがくで通ってるからそう呼べばいいわ!」


 板額はんがく御前か!

 巴御前と同時期の武将で、何より実在を疑われる巴御前とは違って実際にいて、実際に戦場に立って、実際に武器を使って敵を討ち取っている女性だ。

 その弓の腕前は百発百中。しかも当たれば死ぬという強弓。

 スパルタクスに勝るとも劣らない、これまた強力な敵が出てきたものだ。


 となればどうする。

 生半可な弓じゃないのは分かったけど、分かったところでどうしようもない。ここに釘付けにされたまま時間が過ぎるのを待つしかないのか。


 そう爪を噛めるものなら噛みたいほどに追い詰められたこの状況。


「イリス、私が突破口を作る。全員、後に続いて」


 口を開いたのは新参の八重だった。


「でも……」


「時間がない。そうでしょう?」


 まだ彼女のことを全部知ったわけじゃない。それほど長い時間も密な時間も過ごしていたわけじゃない。

 けどこの眼は。覚悟を決めた瞳は。これまで幾度と見ていた、信頼していい人の眼だった。


「分かった、お願いする」


「任された」


 それだけ言うと、彼女は自らの銃を手にする。それをどうするのかと思ったが、不意にその銃をドアから姿を出した。


 途端、矢が風を切る音が響く。そして八重の銃口、まさにそのピンポイントを矢が穿うがつ。

 わずか数センチの銃口を射抜くとかどんな神業だよ。


「今!」


 悪態をつく暇もない。

 八重が部屋に躍り込む。その時にはすでに別の銃が握られていた。それを部屋に向かって無造作に放つ。銃声が木霊する。

 恐怖に囚われている暇はなかった。


 八重が先に入って囮になった。ならば今のうちに突入して、あわよくばこの部屋を突破する。あたるならあたれ。

 自暴自棄にも等しいその思いで、ひたすらに部屋の中を駆け抜け、走った。

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