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挿話92 立花誾千代(キタカ国将軍)

 さてさて。イリスたちを先に行かせたものの、どうしたものか。

 目の前の男。それなりに見た目は悪くない。

 それに異国人のためか、見たことのない顔立ちながらもどこか惹かれるものがある。府内や博多には多くの異国人が来ているというが会ったことも見たこともなかった。基本、城の奥にいるばかりだから、そんな機会はそうそうない。

 そう思えばこの世界での暮らしは刺激ばかりだった。何もかもが新しく、何もかもが革新的で、何もかもが不思議そのものだった。


 うん。それにしてもいい。

 旦那とはまた違った、こうしゅぱっというか、ぐりんって感じの。あとやっぱり筋肉がいい。旦那とは違う、猫を思わす俊敏性をもった引き締まっていながら柔らかい筋肉だ。

 顔もよくて筋肉もいい。こんな輩は、旦那以外は立花家にはいなかった。どれも物足りない。あの立花の双璧と言われた雪下せっか和泉いずみも武と智にすぐれた名家老だ。けどどこか違う。ゴツイ。旦那に比べれば、ごつごつと角ばったばかりで柔らかみがない。うん。やっぱ男は筋肉と、それでありながら包容力だと思うの。私より強いのは気にくわないけど、それでも私をちゃんと守ってくれるというかそれでいて優しく包み込んでくれるのがいいっていうかそれでもちゃんと私のことを考えてくれてしっかり理解してくれるのこそ大事なわけでだって私が本来の立花の城督じょうとくなわけで私への敬意もちゃんとないとダメなんだけどそれを考えるとあの馬鹿旦那はそこらへんが足りてないのよねけどそこがまたイイっていうか何物にも侵されない孤高というかそんなことだったら私をちゃんと見てほしいんだけど――


「もうそろそろいいか」


 ふと、目が覚めたような気分で意識を取りもどす。いけないいけない。敵の目のまえで考え事なんて。

 いや今のはどちらかというと、


「あんた、良い男ね。不意打ちはしないってわけ」


剣闘士グラディエーターは主に一対一の試合を望む。ここにいるのは俺とお前、2人だけだ。だから試合が始まるまでは傷をつける理由がない」


 驚いた。

 この男。本気でそんな甘いことを考えているのか。


 これは試合ではない。殺し合いだ。戦争だ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際。そこに潔さは不要だし、何より大切なのは勝つということ。歴史は勝者が作って来た。敗者には一片の言い訳も許されず、ただ作れた歴史を甘んじて受け入れるしかない。


 だから今、この男は何も言わずに近づいて私の首を斬ればよかったのだ。

 なのにそれをしなかった。それを潔さと見るべきなのかもしれないけど、和足しにとっては甘さだった。


 まぁその甘さも、時と場合によれば利点になるんだけど。うちの旦那みたいに。


「だが、できれば帰ってくれないか。俺は女に振るう剣はもたん」


「あら優しいのね。けどそれ、舐めてるって言ってもいいわよね」


「舐めているわけではない。事実だ。それでも立ち向かうのであれば容赦はしない。お前を片付けて、あとの全員も殺す。それですべてが終わる」


「ちょっとかっちーんってきちゃうよね。それって私は相手にならず、イリスたちにも余裕で勝てるって自慢だよね。ちょっとムカつくけど、美男子だから許しちゃおうかな。ま、旦那には負けるけど」


「見た目などどうでもいい。強いか弱いか。それだけだ」


「はぁ。あんたもその手合い? 旦那もそうだったわ。弓が強いか鉄砲が強いかで、黒田のせがれと言い争ったって、それで自分が勝ったって得意そうに。まぁその時のキラキラと輝いてたあの人の笑顔は本当にステキだった……って何言わすのよ!」


「俺は何も言ってない」


「ぐっ……なんか調子狂うわ」


 てかこいつ。本当に強いの?

 筋肉はそれなりにありそうだけど、あれくらいなら旦那も凄いから別にって感じ。そうあの人の筋肉も硬いのよね。それでいてしなやかで、夜の時には……。


「って何言わすのよ!」


「だから俺は何も言ってない」


「……本当に調子狂うわ」


 これが異国人との違いなのかしら。


 ま、正直どうでもよかった。今はこいつを倒して、イリスたちに追いつく。そしてもっと活躍すれば、きっとイリスの心は私に傾くはず。ふっふ。イリスの好感度爆上げ計画。その一歩に踏み出させてもらおうかしら。


 剣を抜く。

 すると相手も剣を構えた。


「あくまでも相手するか」


「私は奥に皆を追いたい。あんたは私を奥に行かせたくない。対立した2つの主張が揃った場合、どちらかの主張は引っ込めるか、あるいは折れて妥協点を探すかするしかない。生憎、私は妥協する性質たちじゃないから」


 そしてどちらが折れるかといえば、私じゃないと言い切る。


 それに対しスパルタクスと呼ばれた男は口を大きく広げて笑った。

 これまでの爽やかな印象から一転。猛禽もうきんを思わすその表情は、地獄の閻魔さながらの凶悪な笑みだった。


「俺も妥協点など不要。あるのは勝者と敗者。それだけだ」


 身震いする。

 それは恐怖か、あるいは武者震いか。


 どちらでもいい。

 また旦那に出会うまで。私は死ぬわけにはいかないのだから。


 そもそもこんなイイ感じのお兄ちゃんに、私が負けるはずないじゃない。


 そう念じ、一歩、前に出る。


「じゃあ、やりましょうか」

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