挿話79 中沢琴(新徴組・組士)
「呂布。その2人を任せた」
「なに?」
「異能を使いすぎた。これ以上は戦えん。ゆえに指揮に戻り、逃げ出したネズミどもを撃滅する」
「はっ。そういうことかよ。いいぜ、なら俺はこの2人と遊んでやる」
「頼んだ」
白起が僕から背を向けて自軍に合流しようとする。
「逃がさない」
それを遮るために動く。だがそこに身の危険を感じた。
咄嗟に横なぎに薙刀を振る。金属の激突する音。重い。耐えられない。
弾き飛ばされた。
たたらを踏んで堪える。
両手が痺れて動きが鈍る。なんとか両断されずに済んだのは運がいいのかどうなのか。
「悪いがこちらもいかせるわけにはいかないな。俺が白起に怒られる」
冗談のような巨馬と馬鹿みたいに巨大な男。
僕もそれなりの身長をしているのに、やはりこの男は別格だ。
呂布。
僕を一度殺し、僕を助けた男。
三国志とかいう昔の大陸で最強をほしいままにした男だというが、その強さは一度受けて、そしてこの男と共に戦場を駆けてよく分かった。
全てが速く、全てが力強く、全てが重い。
かといって短絡的ではなく、どこか理知的な部分も見せる。彼が言っていた、前は文官だという。
僕らにある印象と激しく乖離した呂布という男。
あるいは冷静な部分があるだけ、項羽なんかより格段に厄介だったのかもしれない。
「裏切ったのか、琴」
呂布が淡々と訪ねてくる。
裏切り。それは確かに心苦しい。命を助けてもらった。それ以上に、どこか逆らえない気持ちが胸の中で重くのしかかる。
それでも――
「恩は返した。それに、弱者の命を軽視する魑魅魍魎の親玉にこれ以上付き合えない」
「死ぬのは弱いからだ。それ以外の何がある」
「力ある者が弱者を虐げる。そこのどこに正義がある」
思えば。浪士組に参加して、失意のうちに江戸に戻った。そこで新徴組として府内(江戸)の守りを任された。
府内(江戸)に住む人々は温かかった。田舎生まれの僕を、優しく受け入れてくれた。夜盗や盗賊らを懲らしめた時には、皆で酒盛りをしたものだった。楽しかった。土方殿と別れざるを得なかった心の傷も、そこで少し癒えた気がする。
だがその幸せを奪った者がいる。
薩摩。
あの異国のごとき天竺より遠い愚者どもの住む魔境。所詮は人語を解しない魑魅魍魎どもが、あろうことか府内(江戸)で暴れ始めた。喧嘩、強盗、果てには放火。
許されるはずもなかった。
なんでも幕軍を引きずり出し、賊軍として討ち果たすための工作だとか兄上は言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
ただ僕たち新徴組が助けた街の人たちを、彼らの幸せで平穏な日々を、彼らは私欲のために奪ったのだ。力ある者が、己のために力なき者を傷つけたのだ。
それは許されることではない。
たとえ賊軍と呼ばれようとも、薩摩は不俱戴天の仇となりおおせた。
白起も、似たようなものだ。
己の国のため、他国などどうでもいいと踏みつぶし、情け容赦なく攻め滅ぼす。そこに義はなく、心というものもないように思えた。そもそも、このような騒乱が発生したのは、ゼドラ国が帝都に攻め寄せたからではないか。
もちろん、命を救ってもらったことには恩がある。
それでも。だからといって。それを許容してしまったら、僕はすなわち薩摩と同じになる。あの大義も正義もなにもない、天外魔境に住む魍魎たちのちっぽけな人外に。
対するイリスは違う。
彼女は、確かにこれまで多くの人たちと戦ってきた。だがそれは彼女から攻めた結果ではなく、振りかかる火の粉を払った上での結果だ。つまり市中警備のため不逞浪士を狩る土方殿たちと同じ。
そう。だから僕は彼らには心底から怒張しない。受け入れるはずもない。
だから僕がやることは1つ。
「なら、無理やり押し通る!」
走る。数メートル先にいる僕の馬。飛び乗った。同時、呂布が来た。
「疾風煉獄破山暗黒剣・改!」
薙刀を斬り上げる。だが重い。風の力が弱い。
あの白起の異能。そのせいか。
そのわずかな遅れが命取り。
呂布が両手で振り上げたその戟を、今まさに振り下ろさん時。
「琴さん!」
イリスだ。イリスが呂布の背後から彼女の目印である赤い鉄棒が目に映る。その先を呂布の背中に向ける。
「ふんっ!」
呂布は戟を右手だけで操ると、ぐるりと背中側で一回転させた。それでイリスの突きを弾いた。
なんて曲芸。背中に目でもついているのか。
しかもその回転を利用して、今度は横に薙いできた。狙いは当然僕だ。
けどそのわずかな時間。イリスが稼いだほんの2秒。その間に僕は危機範囲から逃げおおせた。
「琴さん、行くよ!」
ああ。やはりイリスはいい。
彼女と共になら、なんだってできる。どこへだって行ける。
たとえその先にあるのが破滅だったとしても。
僕らなら――




