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第120話 飛将襲来

 白起1人に僕、琴さん、誾千代。そして配下の1千の騎馬が迫る。

 対する白起は1人。背後に1万、そいて3方向に1万ちょいだが、今、ここにおいては、わずか1分足らずの間は1千対1だ。


 今が白起を討つ最大のチャンス。


「はぁ!!」


 琴さんが薙刀を振り回す。異能を消されても、僕と違ってもともと力のある人だ。素の武技でも白起と良い勝負をしている。

 さらにそこに誾千代の雷が、援護射撃のように天から降り注ぐ。琴さんが白起に近づけば雷は敵軍の方に振り分けられ、白起が琴さんから距離を取ろうとすればそこへ雷が落ちて動きを封じる。

 見事な援護射撃だ。


 けど敵軍1万が近づくにつれ、誾千代の雷はそちらに集中していくのは仕方ない。心なしか、雷の本数が減ったのは、おそらくそう乱発できないからだろう。最初に感情的に白起の周囲に無駄うちしたのは少し悔やまれるが仕方ないことだ。


 それでも白起を圧倒できない。やはりそれほどに白起は強いのか。

 それもあるだろうけど、1つこちらのマイナスがある。


 それは――


「イリス、離れて」


「イリス! うろちょろしないで! 雷切が当たるでしょ!」


 そう、僕だ。


 白起に軍神スキルを封印されてしまえば、僕の能力は凡人並み。ただの女子高生だ。

 それが戦場にいて役に立つはずもなく、逆に足を引っ張っている始末。


 ここで白起を、と思ったのに、力になれないのが悔しい。


 それでも徐々に、という感じで力は戻ってきている気はする。白起のスキルでの無効化もそれほど長い時間じゃないのだろう。誾千代はもう普通にスキル使ってるし。


 それでも敵の大軍が来る1分かそこらでどうなるかは分からない。

 なら僕がすべきこと。それは撤退路を確保すること。それと撤退のタイミングを見計らうこと。

 白起を討つことが最優先とはいえ、それで僕らが全滅したら意味はない。白起の討伐を最優先事項とするなら、僕らが全員生存するのは最上優先事項だ。

 だから一旦は白起の相手を2人に任せ、僕は馬に飛び乗って周囲に気を配る。


 敵の進撃は急速だけど、それぞれが僕らに気づかれないよう大きく回ってきているからだろう。こちらにたどり着くまでにはもう少し時間がかかる。やはり白起自身が連れてきていた1万をどうするか次第だ。


 と、そこで何かを見つけた。

 それは1つの点。澄み渡る青空。そのキャンパスについた1つの染み。

 だがそれは動きをもっていて、その染みは徐々に大きくなり、それは馬とそれに乗った人の形をとる。


 見間違いか。なんてったって馬がそんなところにいるわけがない。空を跳ぶ、いや飛ぶ馬だなんてどこの幻獣ペガサスだ。

 頭を振ってその幻覚を追い払おうとして――


 ゾクッとした。


 今、この世界。魔法や幻獣といった類はない。

 けどそれに近いものがある。そして、それを僕は知っている。いや、聞かされた。先日のローカーク門での戦い。そこで起きた、奇跡とも言える一騎討ちの結末。


 すなわち、


「全軍、逃げるぞ!」


「イリス!?」


「何言ってんの、あとちょっとじゃない!」


「違うんだ誾千代! 奴が来る」


「奴?」


「呂布だ!」


 次の瞬間。地面が爆ぜた。


 土煙がもうもうと立ち込める中。悲鳴が上がった。煙の中から飛び散る赤い絵具。違う。血だ。一体あの土煙の中で何が起きているか。そこにいたのは部下の兵たち。そのど真ん中に呂布が降り立ったのなら、そこで行われることは簡単に想像がつく。


 圧倒的な武による殺戮。


 それが悲鳴と流血によって証明される。


「くっ、雷切!!」


 誾千代の声が響き、雷が周辺に問答無用で落下した。その光と衝撃に一瞬意識がくらむ。


 それでも土煙が晴れた。そこにいたのは間違いなく赤兎馬と呂布。


 同時に僕は手綱を引き絞って馬を前に進めた。

 右手で何度か赤煌しゃっこうの握りを確かめる。いける。まだ全快じゃないけど、呂布と真正面から行かないのであれば勝機はある。


「ふっ!」


「イリスか!」


 歓喜に満ちた呂布の顔。怖い。確実に僕を殺そうと全力の方天画戟が来る。僕は馬を疾駆させて身を低くした。というより半ば落馬寸前の曲芸乗り。呂布の戟が僕の首があったところを薙ぐ。空気を刈り取るような、ゾッとする轟音。僕は呂布の脇を抜けて、そのまま通り過ぎた。


 そこにいた誾千代に馬を寄せる。


「無事か、誾千代!」


「イリス……」


 誾千代の顔色が悪い。さっきから雷切スキルを連発している。イェロ河での戦いの時も使いすぎてぶっ倒れたのを考えれば、今は気力でもたせているのだろう。ここで気絶でもすれば、待つのは確実な死だと分かっているはずだ。


「皆を率いて離脱を! 東南が脱出口だ! そっちでラスと合流を!」


「わ、分かった。イリスは」


「あの2人を放ってはおけない」


「大丈夫なの?」


「大丈夫だ」


 嘘を言った。この2人が揃った状態で勝てる人間は1人もいない。いかに武神・関羽さんでも2人相手にはどうしようもない。

 それにスキルを半ば無効化された僕だけで抑えられるはずもない。


 けど何もしないよりはいい。


「僕も残るぞ、イリス」


 琴さんだ。

 白起から距離を取ったのか、こちらに身を寄せてきた。


「あんたは……」


 誾千代が琴さんに厳しい視線を向ける。

 ほんの先まで敵だった相手だ。それを殿軍に使っていいのか、と思ったのだろう。


「誾千代。琴さんは大丈夫だ。僕を信じてくれ」


 もう問答している時間はない。だから突き放すように誾千代に告げる。


「分かった。必ず戻ってきなさい」


「ああ」


 それですべてが動き出した。

 誾千代が兵たちを連れて僕の指示した方向に走り出す。そして僕たちは当然。


「逃がすかよ」


「おっと、お前の相手は僕だ」


 呂布の前に立ちはだかる。三国志では死亡フラグともいえるそれをやってのける。辛いところだよ。


「いいのか。お前は逃げなくて」


「いいとか悪いとかはない。それぞれがやるべきことをやるだけだ」


「…………いい覚悟だ」


 そうニッと呂布は笑う。それだけで何かが変わった。そんな気がした。

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