第119話 白起に挑む
琴さんの薙刀が――地面を叩いた。
同時、ばねのように膝を伸ばして立ち上がる。いや、跳ぶ。琴さんとすれ違うように。
一瞬。目が合った。その目が「行け」と言ってくれているようで、ともすれば心地よい高揚に満たされた。
琴さんは分かってくれた。それだけでこれまでの確執が溶けていくよう。
ココロが解き放たれれば、体も軽くなる。動きも良くなる。
何より、目的が明確にすぎる。
白起。
こいつだけは僕の手でケリをつける。
半年ほどの因縁でしかないが、そこに横たわるのは数多くの人の無念。想い。願い。
たとえ僕の手を汚してでも。こいつだけは。
白起は今、琴さんの背後、5メートルの位置に近づいてきている。
跳躍にすれば1つ。呼吸にすれば3つ。
完全な奇襲になっていた。
白起は琴さんが僕を殺すと信じているし、仮に疑っていても僕と白起の間に入った琴さんの体が壁になって僕の行動への反応が僅かに遅れる。
その僅かがどれくらいか。けど跳躍1つ、呼吸3つの中に納まるか――
「っ!」
気づかれた。白起、やっぱりとんでもない。あるいは琴さんを少し疑っていたか。
それでもここまでやったんだ。このまま行くしかない。
叫び声は要らない。そのまま、白起の頭に――
「我罪天通」
途端、体が重くなった。いや、軍神の力が無くなったんだ。白起のスキル。スキル無効化。
赤煌。重い。いや、このまま振る。いけ。
「小癪な」
「っっ!!」
白起。反応早すぎだろ。すでに剣を抜いてこちらに剣先を向けている。
白起より先に。無理だ。なら避ける。無理だ。なら防ぐ。ギリギリ。軍神の力が無効化されたのが辛い。間に合え。間に合え!
「ぐっ!!」
赤煌でなんとか白起の突きの軌道を変えた。けどそれが僕の左腕をかする。血が舞う。
「よく防ぐ! だがっ!」
「あっ!」
蹴りが来た。さすがにそこまでは反応できずもろに食らった。その場に叩きつけられる。
「ぐっ……はっ……」
立て。立たないと殺される。動け動け動け!
地面を転がってとどめの斬撃を回避。だが完全に態勢を崩した今、白起には勝てる余地がない。
それでも命ある限り、チャンスは来る。そう信じて。
そしてそれはすぐに起きた。
「全軍、こいつらを殺せ」
「させない!」
「琴さん!」
白起の命令に対し、琴さんが飛び込んだ。
薙刀を袈裟に斬り下ろす。それを白起が剣で受けた。
「裏切るか……っ!」
「僕の魂はイリスと共にあり! 舞え、月華乱舞疾風陣!」
「邪魔だ、我罪天通」
風が舞い、そして凪と消えた。
琴さんが風のスキルを使って、白起が無効化したようだ。
いやいや。なんだよそれ。無敵すぎだろ。
これで本体がスキルなしでも呂布クラスのチートなんだからゲームバランスが狂ってるとしか思えない。あの自称死神め。今度会ったら小一時間問い詰めてやる。
それでも僕にとっては千載一遇、琴さんの作ってくれた好機。
その間に態勢を立て直す。膝立ちになって状況の把握に1秒かける。
白起の命令で敵軍が動いている。白起たちがいた、南の軍。およそ1万。今動いているのはそれだけ。そこからさらに東と西、そして北の呂布も白起の動きを見て動いているはずだ。
完全な包囲。
けどそうなるには時間がかかる。白起の命令が瞬時に全軍に伝わるはずもない。ここには無線も魔法もない世界だからだ。スキルがあっても、白起のスキルはその限りではない。
だから完全包囲になるまでには時間がかかる。
つまりこちらの5千。それであの1万を抜ければ、この状況から逃げられる。
そしてそれを成すには不可能ではないはず。
「あんたたちぃぃぃ!! 雷神!!」
雷が落ちた。
誾千代自身の、そして実際に。
白起の周囲。そしてその向こうに幾本もの雷が次々に落ちては地面を焼く。
ナイスタイミングだ。
白起もさすがに自然現象にはひるむしかない。ただその手を天に掲げ、
「新たな異能か……! 我罪……っ!!」
途端、時間が止まった。
いや、止まらなかった。白起の動きが刹那止まり、誾千代の雷は依然天から落ちてくる。
なんだ。なんだったんだ。
おそらく今のセリフはスキル発動とリンクしている。これまで何度も聞いた。その後には必ずスキルが消えてなくなっていた。今も、さっきも、以前も。
なのにそれがなかった。
むしろ無効化するスキルを無効化したような……つまり失敗? あるいはそれがこのスキルの弱点なのか。あまりに強すぎるスキル。だからそれに制限をつけていた? たとえば条件があるとか、連続で使えないとか、使用回数があるとか。
くそっ、絶妙なところでバランスとりやがって、あのクソ自称死神め。
「好機っ!」
これをチャンスと見た琴さんが白起に斬りかかる。
なんとか剣で受けるも、白起はバランスを崩す。
確かに好機だ。
これは紛れもない、白起を討つチャンス。今、この時を置いて、それは永遠にありえないと知る。
だから前に出た。
白起。全てにおける敵。それを討つために。
だが――
背後から最強が来た。




