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第110話 合流しての後

 それから2日は特に何も起こらなかった。

 いや、何もというのは語弊がある。“僕らの命を脅かすレベルのことは何も”というべきか。


 つまりそれ以外は色々起こった。


 まずゼドラ軍が帝都に入った。これにより帝都の防備が強化されただけでなく、僕がこうして後ろを荒らしまわって挟撃するという策は完全に崩壊した。

 まさか彼らが早々に全軍脱出し、帝都に入るだなんて思ってもみなかった。それには土方さんらも気づかなかったという。


「すまん。完全にしくじった」


 と、合流してきた土方さんが謝って来た。どうやらゼドラ軍がローカーク門を脱出したことにすぐ気づけなかったことを申し訳なく思っているらしい。

 下手すると腹を切るとか言い出しそうだったので、それはもう済んだこととして終えた。


 そう。僕らは結局無事に土方さんらと合流した。

 そこらに跋扈ばっこしていたゼドラ軍は帝都およびその周囲に集まったので、僕らを妨害する連中はいなかったわけだけど。


「それで、イリス。お主はどうしてこんなところにおる?」


 と、疑問を投げてきたのはスキピオだ。


 こんなところ、というのは帝都からかなり離れた南東の森の中の一画。それも隠れるようにして野営していれば気になるのはもっとも。


「退避してたんだよ。ゼドラ軍が帝都に入るのを監視しながら」


「なーんだ、つまり逃げたってこと」


「戦略的撤退と言ってほしいんだけど、誾千代」


「冗談よ。その人数で3万に勝てるわけないじゃない。分かってるわよ、それくらい」


 それはその通りなんだけど、素直に頷きにくいなあ。

 言いつくろってみたものの、逃げたことには変わりはないわけで。少しでも足止めとか何かしておきたかったのはある。


 けどそれをしたところで、あの白起と呂布のコンビにかかれば、1千ちょいの人数なんて瞬殺だっただろう。


 そう、これが“僕らの命を脅かすレベルではない”が、それなりに起きた色々起こったことの1つ。

 土方さんらと合流する前までに、僕らが率いていた軍はすでに1千ちょいまで減っていた。

 別にあの後、呂布にやられたわけでも無謀な突撃をして犠牲になったわけでもない。


 目が覚めたら志願兵の大半が消えていたのだ。


「まさかの集団脱走たぁな」


「うむ。義にもとる連中である」


 土方さんがやれやれといった風に、関羽が憮然とした様子で言い放つ。


 そう。消えた。つまり逃げたのだ。

 ゼドラ軍数万が帝国の土地を堂々と横切って帝都に入ったのを見た連中は、ゼドラ軍未だ強しとみて、僕らの協力を打ち切ったのだ。そして自らの領地に戻って事態を静観している。

 その見事なまでの保身の行為に、僕はもう唖然とするしかなかった。


 まぁ彼らが僕らを見限った原因の1つに、呂布の奇襲に対する僕への不信感というのがあったのだろうから、あんま強いこと言えないんだけどね……。


「まったく。地元住民の慰撫いぶすらできないとは。お前も軍神たりうると見込んでいた我にとっては、見損なっていたな」


 上杉謙信が鼻を鳴らしてそう言った。


 いやいや、それはあなたにだけは言われたくないんだけど!?

 越後をまとめるためによいしょされまくって、自分勝手好き放題ムーブかまして、出家までしてやりたい放題だった軍神様に!?


「ま、まぁまぁ。イリスも頑張ってたみたいだし」


 うぅ。小松のフォローが嬉しくとも痛ましい……。


戦場いくさばでは結果が全てだ。頑張ったからといって、それで首になってしまえば意味はない」


 それもその通り!

 くっそー、言い返せないのが悲しい。結果出しまくってる越後の軍神とは比べられないものなぁ。


「イリスちゃん、大丈夫だよ! イリスちゃんの凄さは皆が知ってるからね!」


「うん、ありがとうラス。でもこれ以上傷に塩を塗らないで……」


「ふっ、ははは! 案ずるなイリス。あとは僕がやってやろうじゃあないか!」


「さすが高杉様! ああ、でも苦悩に打ちひしがれるイリス様も尊い……」


「高杉さんと菊は黙ってて!」


「なんというか、イリスは大変だな……」


 八重の同情まじりの視線も少しこたえた。


「それじゃあ状況をまとめておこうか」


 と、そんな僕を無視するかのように、そう言ってスキピオは地図を取り出す。帝都周辺の地図で、そこかしこに村や街が書き込まれた精巧なものだ。


「我々の位置はここだ。兵数にしておよそ4万といったところだ」


 帝都の東南に丸を書いて4と数字を入れるスキピオ。


「対する帝都は、確か3万だったか」


「違うぞヒジカタ。敵はここらの治安維持部隊を吸収してその数は増えている。その数は2万はいるということだな、イリス?」


「あ……ああ、うん。そう聞いてる」


「5万ってこと? なにそれ、減ったと思ったらまた増えるとか。詐欺じゃないの」


「うん、まぁその気持ちはわかるけど誾千代。一応、相手には穴があって」


「弱兵が増えたところで軍の質は増えぬ、ということか」


「さすが軍神様、その通り」


 そう。治安維持部隊とはいえ、僕が1千で追い払えたレベルの敵ということ。


「だが狼が率いれば羊も勇猛になるという。呂布は考え足らずで猪突で自己中心的で女に目がない思慮不足なやつだが、武だけは突出している。奴が率いれば、羊も化けるぞ」


 関羽さんや……呂布に対して辛辣すぎないか? まぁ彼らの演義での関係を考えれば仕方ないのか。


「そうかもだけど、関羽さんには分かるんじゃないかな。呂布奉先の部隊は、何をもって強力とされているのか」


「……速さ、か」


「そういうこと」


「? どういうこと、イリスちゃん?」


「簡単だよ、ラス。弱兵が猛将に率いられたからといって、身体能力が向上するわけじゃない。ましてや馬の質が揃うわけがない。その中で呂布奉先が率いる騎馬隊の最大の武器は速度。つまりそれについていけない弱兵が混ざったら、それだけで呂布軍の最大の武器が死ぬ。そうなれば狼が率いる羊どころじゃない。足を封じられた狼がいかに獰猛でも討てるってことさ」


 じゃあ歩兵で使えば、といっても呂布といえば騎馬隊だ。この世界でも歩兵を率いている様子はなかった。だから歩兵に対する扱いというのがそれほど上手いとは思えない。

 つまり呂布にあの弱兵らは使えないということ。


「となると一番の問題は――」


 そう高杉さんはトントンと指で地図を叩く。地図の中心。帝都。そこに誰がいるか。


「白起、か」


 白起なら十万規模の大軍を動かすほどの男だ。そのすべてが騎馬隊ではないから、歩兵も十分に動かすだろう。

 何よりあの男なら死兵しへい(死なせることを前提とした兵。囮)として扱うことも、眉一つ動かさずにやるだろう。それはやられる側にとっては脅威以外の何物でもない。


 結局、この戦いは僕と白起。どちらかが死ぬまで終わることはない。

 そういう戦いになっているのだろう。


 それは決して自意識過剰でも誇大妄想でもない。

 そう、思ってしまった。

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