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挿話77 巴御前(ゼドラ国将軍)

「おおおお! 来たか、ハクキ! 待っていた! わし、いや、余は待っていたぞ!」


 豪奢な椅子に座った、小太りの中年オヤジが気色悪い喜色を満面に表してはしゃぐ。

 子供か。そう思ったが顔には出さない。


 対する白起様は感情を排したまま、丁寧に答える。


「はっ。陛下のお心を乱したこと、誠に申し訳ありません」


「うむ。よい。よいぞ。ハクキはわし……余を守るためにここまで駆けてくれたのだからな!」


「はっ」


 ここは帝都の中心の中の中心。皇帝区画インペリアルエリアと呼ばれる壁に囲まれた地区の最深部。皇帝がいたという宮城。その謁見の前に私と白起様はいる。


 ローカーク門を捨て、はや4日。反乱分子の拠点を次々と潰していくのだから、そのままあのイリスという娘の首を取りに行くのかと思いきや、あっさりと通り過ぎてこの帝都へと向かったのだ。

 呂布がちょっとちょっかいを出したらしいけど、敵が逃げ去ったとかで壊滅させるには至らなかったらしい。


 そういうわけで、わずかな平穏の時を得た兵たちは休ませ、白起様はゼドラ国太守――いや、今やゼドラ帝国皇帝陛下へ報告に参上したのだ。

 本来なら呂布もここにいるべきなんだけど、


『ん、めんど……いや、次の決戦に向けて準備があるからな。任せた』


 絶対めんどくさいって言おうとしてた。あの男め……。


 もう1人、琴については残念ながらゼドラの臣ではなかったから、連れていけるわけもなく。こうして私と白起様のみが参上することになった。


 けどなんだろう。

 この猿芝居というか。どこかそらぞらしい白起様と皇帝の会話は。

 外側だけ聞けば皇帝と忠臣の会話なんだけど、どこか空虚に感じるのは私の感覚が間違っているからか。

 あるいは、


「ちっ。外様の異邦人が。よく取り入ったものだ」


「ふん。どうせすぐに化けの皮がはがれる。陛下の前で負ければ終わりよ」


「いや、もう負けも同然だろう。陛下からいただいた兵をあんなに死なせて。よく平然といられる」


 そうぼそぼそと聞こえてくるのは、皇帝と向き合って会話をしている白起様。その斜め後ろに私が控えているわけだけど、その左右には、広い謁見の間を取り囲むようにゼドラ国の重臣が並んでいる。文官も武官も関係なく並ぶその様は、壮観といえば壮観。

 ただ、その眼差しが妬みとか警戒の色を持っていなければよかったのだけど。


 どうやらこのゼドラ国は代々の世襲で地位が決まって来るらしい。

 そこに外からやってきた白起様が活躍して皇帝の覚えがめでたいとなれば、面白くないのは当然だろう。


 それに白起様には前科がある。

 いや、白起様自体に前科があるわけじゃなく、まぁこれは……そう。私たちの問題。私と呂布。それと今は亡き項羽と為朝様で、帝都制圧の直後。讒言ざんげんにより軟禁された白起様を助けるために、なんとか言った馬鹿たちを斬り殺した一件。

 当然、私たちが殺したという風には報告しなかったが、それによって白起様に権利が戻ったことを見れば、私たちのせい――もとい白起様のせいと考える馬鹿どもがいてもおかしくはないということ。


 そんなわけで白起様の風当たりは冷たいのだけど、当の本人はまったく気にしていない模様。

 まるで小鳥のさえずりなど気にするのも無駄とばかりに、完全に無視している。


「ではハクキよ。お主の力で我が新たなる都を守ってくれ。そしてこの大陸全土にゼドラの旗を立てるのだ」


「はっ。逆賊どもを討ち果たし、天下一統の未来をこの国にもたらしてみせましょう」


 そう白起様が、舞台の上に立つ演者のように大仰に頭を下げた時だ。


「ぷっ、連合軍に負けて逃げ延びたくせに」


「負け犬風情が。大仰なことを言うわ」


 そう、静まり返った広間に、白起様を侮蔑する言葉が響く。

 左手の中ほどに立つ、40代の鎧姿の男2人。武官か。だが知らない顔。私たちの軍ではないのだろう。


 ところどころでくすくすと笑い声が響く。それを皇帝は不快そうに視線を走らせながらも、責めるような言葉は発しない。彼とて皇帝として絶対の権力を有しているわけではないと聞く。位階制度はあるものの、豪族たちの権力も強く皇帝が全権力を握っているまではいかないこのゼドラ国では、皇帝といえど力づくで諸侯を黙らせることはまだできなかった。


 だから広間の中央で頭を下げて跪く白起様を嘲笑する声は止まず、まるで白起様が吊るしものにされているようで腸が煮えくり返って来る。


 ただ、対する白起様は何事もなかったかのように、その能面のような表情のない顔を上げて立ち上がり、


「では、陛下。私はこれにて」


「う、うむ。頼むぞ」


 困惑した様子の皇帝に背を向ける白起様。

 こちらを向くその視線は私をとらえず、そのまま退室しようとする姿に。どこか寂しさを感じてしまった。


「ああ、その前に。1つ処分をしなければならないな」


 と、白起様が足を止める。そして私の方を見て、


「巴、貸してくれ」


「! はっ!」


 白起様が何を求めているか。すぐに分かった。

 というか視線が合っただけで、それだけで嬉しかった。


 白起様が求めるもの。

 それは私が手にしている薙刀――を模した鉄の棒だ。ここは皇帝のいる場所ということで、何人なんびとも武器の携行は不可とされていた。

 とはいえ、衛兵たちは武器を持っているわけで、それが皇帝以外の連中の命で白起様のお命を狙わない保証はなかった。

 だからせめて杖としてここになんとか持ち込んだわけだけど、それを白起様が求めるということは――


「トゥー・ボウエン、マイク・エイン。貴様らを処罰する」


「え?」「は?」


 今しがた白起様を侮蔑した2人が首をかしげる。


 その刹那に白起様は動いた。私から受け取った棒を、そのまま思いきり、叩きつけるように投げた。

 風を切る激しい音と共に飛翔した鉄棒は、一直線に男2人に向かって飛ぶ。


 ドォォン!


 爆薬でも破裂したのかと思うほどの爆音。見れば鉄棒は男2人の頭部の間に突き刺さっていた。あと十センチずつ左右にずれれば、それぞれ頭部を破裂させていたというのに。惜しい。って違う。それはマズい。ちょうど狙った白起様はさすがだ。

 その白起様の動きはそれだけで終わらない。

 投げ終わると同時に床を蹴り、そのまま長い足を蹴って一気に男2人との距離を詰める。


 そして鉄棒が刺さって驚愕に満ちた顔で固まった2人の前に立つと、両手を伸ばし、その2人の喉元を加え込むと、そのまま壁に押し付けてじりじりと持ち上げ始めた。


「罪状。不敬罪、皇帝侮辱罪、軍令違反。陛下に敵のせん滅を任されたのはこの私だ。その私を侮辱するのは陛下を侮辱するということ。ゆえにその罪をもってお前たちを裁く」


「あ、がっ……ぐ……」


「じ……じぬ……」


 あまりに唐突な白起様の所業と、男2人の瀕死に迫るその声が響くと、周囲が騒然とし始めた。

 わずかな人数が白起様を止めようとするものの、それで止まる白起様ではない。そしてその他が怯えたように逃げ惑うのだから、中には武官もいるというのに情けない。

 絵家兵も人質を取られた状況と見て迂闊に手出しできない。


 白起様はそんな状況でも眉一つ変えず、逆に腕に力を込めもする。

 まさか白起様。ここでその男2人を……? いけません。そのようなくだらない人間を殺しても意味はありません。やるなら私が首をねじ切りますから。

 そう言いたかった。けど、白起様の尋常ならざる迫力に一瞬の躊躇が出る。


 そんな時だ。


「ハ、ハクキ! よ、よせ! それ以上は死んでしまう!」


 悲鳴に近い皇帝の叫びが響く。


 その声に反応したかのように、白起様は腕から力を抜く。すると首を絞められていた男2人はその場に崩れ落ち、ひどくむせることになる。


「陛下より許しが出た。命拾いしたな」


 それだけ言うと、白起様は男2人には関心を失ったかのようにすたすたと広間の扉へと向かって歩き出す。

 皆が呆気にとられる中、私はその後に続いた。


 廊下に出る。

 そこには誰もおらず、白起様は悠然とした態度を崩すことなく歩いている。


 ふとその背中を見ていると、つい口が開く。


「白起様」


「なんだ?」


「よろしかったのですか。奴らを野放しにして」


「無用だ。囀るしかできない無能に割く時間はない。あれくらいの脅しで十分だろう」


「そうですか…」


「…………」


 再び沈黙。

 それがどうも心に辛く、私はこれまで聴きたかったことをつい口にした。


「なぜ、あのような俗物に仕えるのです? 白起様ならあの男に成り代わって天下に号令をかけることもできるはずです」


「滅多なことを言うな」


「しかし!」


「私はあくまで矛だ。盾だ。それ以上でもそれ以下でもない。私は天下を収めるため、“今度こそ”失敗せずに陛下のもとで戦う。それだけだ」


 白起様の過去。

 数多の戦いに勝ち、あるいは足の引っ張りがなければ彼の代で天下統一は成ったとも言われる名将。


 その白起様が、果たせなかった夢を今ここで果たそうとしている。

 それだけなのか。それだけで、あのようなことができるのか。


 分からない。

 分からないけど、それだからこそついていきたい。

 そう思わせる何かが、このお方にはある。


 それで今は良いではないか。


「巴。行くぞ。次の戦場が待っている」


「はい!」


 そう答え、私は次なる戦場へと向かうのだ。

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