第108話 異変
その報告が入って来たのは、翌日の朝だった。
「ドーレ村のやつらがやられた! ドーレ村は壊滅だ!」
そう飛び込んできたのは、ドーレ村の付近に住んでいたという志願兵の1人。馬に慣れるため偵察を兼ねた調練をしていたところで、その凶報を聞きつけて飛んで戻ってきたらしい。
「ドーレ村……って、どこだ?」
「えと、確かこっちの方に……」
ラスが地図を広げて指を指す。それは僕らがいる帝都と北の港町の間から東へ100キロ近く離れた場所。ここから約5日分、騎兵で3日の距離だ。
「だいぶ遠いな」
でもなんでそんなところが襲われるんだ? いや、帝都から離れた僻地だから守備が薄いと見られたか。報告を聞く限り、20人ばかりの志願兵しかいなかったというから、仕方ない。
ただ言い方は悪いけど、20人がいなくなったからといって今この状況ではそう大局に影響はない。逆にそれによって敵の動きがこちらに筒抜けになるというメリットの方が大きい。
「それで、敵は?」
「いえ、それが残っていたのは焼けた村で……」
「消えた、か」
それもそうか。僕が敵ならそんなところに長居はしない。周囲がことごとく反ゼドラになびいている中で、1つ村を壊滅させれば怒り狂った民衆がわんさか集まって来るからだ。
だから敵がいなくなるのは分かる。
ここで考える必要があるのは、その敵の行動が一過性のものなのか、そうじゃないのかだ。
一過性のものなら問題ない。各所に警戒を呼び掛けて見張りを強化すればいい。
問題はそうでない場合。
ここからさらに他のところに行くようなことがあるなら、今後の対策を打つ必要が出てくる。
けど僕らは動かない。情報を集めつつ、敵の動きに合わせてカウンターを仕掛ける。そこで勝てばもう敵に兵力はない。
そのはずだった。
「ミルファ村も壊滅!」
「ソラン地区、陥とされました!」
「シード郡を敵が占領!」
「なにが、なにが起きてる……」
半日とたたないうちに続報が次々と入って来る。
しかもそのすべてが敗報。村レベルならまだ1千規模の軍が集まってと考えたが、地区やそれが集まった郡が落ちるとなるとただごとではない。広域の地区の制圧、またこの帝都の周辺には帝都ほどではないものの周囲を防壁で囲っている。それをわずか1日、いや半日、いやいや数時間で陥とすなんてありえない。
少なくとも1千とかの兵では不可能だ。正規の、歩兵を中心とした攻城兵器を持っている数千以上の部隊でないと無理だろう。
仮にそんな精鋭があったとしても、半日でこの敗報は異常だ。
普通の軍じゃない。まるでイレギュラーな――
「まさか……」
「イリスちゃん?」
「ラス、陥とされた地区を書き込んでいってくれ」
「え、えっと最初がミルファ村。で、その後がソラン地区ならここらへん。で、そのシード郡は……」
ラスが地図に次々と書き入れをしていく。
そしてそのことにはすぐに判明した。
「こっちに近づいてきてる……!?」
昨夜から今まで。敵の動きは壊滅した集落の位置が物語っている。
徐々にこちらに近づいてきている。まるで目標がここにあるように。いや、違う。帝都だ。帝都に向かっている。
つまり帝都に合流するためにこちらに向かってきているのだ。そしてそもそもが敵の現れた位置だ。敵が来る方向。東。シード郡よりソラン地区よりミルファ村よりドーレ村より先。そこにあるもの。
ローカーク門。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。
これまで何度も経験した。軍神の直感、軍師の見切り。
「部隊をまとめる!」
「イリスちゃん!?」
「敵の狙いはここだ! すぐに部隊をまとめて迎撃の準備!」
「わ、分かった!」
「八重! 鉄砲隊を率いて東方向に向かって警戒!」
「了解」
間に合うか。分からない。
けどもう日が傾き始めてきているころ。距離と、相手の進軍速度を考えると……ギリギリか。
陣幕の外に出る。
通達がすぐに行き届いたのか、慌ただしく皆が動いている。
ラスには敵の狙いはここだと言ったけど、あれは少し嘘だ。
おそらく敵――白起の狙いは僕だ。
あの時。姉さんが守ってくれたけど、白起は皇帝を餌にして僕を狙い撃とうとしていた。それは間違いない。
つまりあの白起に厄介な敵と認識されたということ。
それは武将冥利に尽きるとも言えるけど、寒気の方が強い。
殺される。あの時感じた恐怖。それが今後、永久に付きまとうのか。あの白起が生きている限り。
白起が来る。
いや、そんなわけがない。
だって白起の両腕を叩き折ったのは僕だ。あの骨を砕く感触はまだ手に残っている。だから動けるはずがない。たった1週間で骨折が完治するなんて。
それにローカーク門は土方さんたちがしっかり見張っているはず。敵の脱出を見逃すなんてことは……ないと信じたい。
けど僕のそんな淡い願いは、儚い希望は。
「敵襲!!」
その言葉に呆気なく打ち砕かれた。




